「あ………?」
「……ひょっとして、獄寺…くん?」

もうもうと煙の立ち込めるツナの部屋で、ツナは目の前の人物を見上げた。
ランボのバズーカが暴発して獄寺がいなくなり、代わりに目の前に現れたのは銀髪で緑の瞳をした年上の美人とくれば、その正体は考えるまでもない。

「すごいや……」

ツナは大人になった獄寺の姿を眺めて思わずため息を漏らした。
獄寺が男のフリをしていても実は女であることは、本人の口から聞かされていた。
けれど14歳の獄寺は外見も中味も素行の悪い少年そのもので、本当に女の子なんだろうかとツナはいつも思っていたのだ。
それなのに、今目の前にいる24歳になった獄寺はその滑らかな体のラインも長い髪の先端までも全てが女を現していて、匂い立つような色香を放っていた。
服装は黒のパンツスーツだが、それもまた女性らしい体の線を強調しているように思える。

ふと、それまでぼんやりしていた様子の獄寺の目に精気が宿り、ぱちくりと瞬きをしながら自らの体を見下ろした。

「あのう、10代目……なんかオレ、でかくなった気がするんすけど」

そう言いながら、獄寺は落ち着かなげに手を動かしたり足を動かしたりしてみている。
確かに身長も伸びているなぁ、なんてぼんやり思ったツナだったが、次の瞬間頭に疑問符を浮かべた。
24歳の獄寺自身が自分が大きくなったなんて思うだろうか。

「あ?なんでオレ、スーツなんか……ってうわっ!?なんだこの髪!?いつの間にこんなに伸びやがった!?」

背中まである長い髪を掴み、獄寺が声を上げる。
もしかして、とツナの頭に一つの可能性が浮かんだ瞬間、
いつの間にか部屋にいたリボーンが肩に飛び乗ってきて口を開いた。

「どーやら体だけ10年後と入れ替わっちまったみてーだな」
「やっぱり…」

そういえば前、体だけ子どもになってしまったこともあったっけ…とツナは遠い目をした。

「また10年バズーカ壊れたのかよ〜」
「しかし、いい女になったもんだな。獄寺、オレの愛人にしてやろーか?」
「ハ、ハァ?」

まだ状況の把握できていない獄寺は、きょとんとしてこちらに顔を向けた。

「リボーン!そんなこと言ってる場合じゃないぞ!前みたいに2週間も元に戻らないなんてことになったら…」
「別に子どもになっちまった時と違って困らねーだろ」

確かに子どもの姿になってしまった時には色々な不便も生じていたが、大人の姿になったからといって不便なことはあまりないだろう。
とりあえずツナは混乱している獄寺に状況を説明することにした。




「そうですか……またアホ牛の10年バズーカで……」

説明を聞いた獄寺は、一瞬うな垂れてから部屋の隅にいたランボに腕を伸ばした。

「このヤロー!今度と言う今度は…」

だが、獄寺に抱えあげられたランボはいつものように暴れるでもなく、ぽかーんとした様子で獄寺の顔を見上げている。

「う…っ、な、なんだよ」

熱い視線を向けられ、獄寺は殴ろうとした手を下ろしてたじろいだ。

「獄寺くんがあんまりキレイだから見とれてるんだよ」
「なっ…!何をおっしゃるんですか、10代目!」

ツナの言葉に赤くなって、とんでもないと獄寺は恐縮する。

「だってホントに凄くキレイなんだよ。ほら見て」

そう言って、ツナは獄寺に鏡を差し出した。
おずおずとそれを受け取り、獄寺は鏡面の中の自身の姿に目を向ける。
瞬間、獄寺が瞳を見開いて息を呑んだ。

「おふくろ…」
「え?」
「あ!い、いえ、なんでもないっす!ちょっと、その……昔知ってた人に似てただけで」

一瞬悲しげに瞳を伏せた獄寺だったが、すぐに顔を上げて誤魔化すように笑った。

「それで、これからどうするつもり?」
「ま、リボーンさんのおっしゃるとおり大人の姿なら不便はありませんし、なんとかなりますよ!」

そう言っていた獄寺の表情が、ふいに止まった。

「どうかした?学校なら、イタリアに帰ってることにしとけば…」
「あ、いえ、その…」
「…ああ、ひょっとして山本?」

ツナが言うと、獄寺は気まずそうに頷いた。

「その…応援行くって言っちまったんです。アイツがあんまりしつこいからしょーがなく、なんすけど…」

数日後に控えた野球部の試合。
もちろんツナは応援に行くつもりだったが、山本が獄寺に応援に来てくれとしつこく食い下がって頼んでいるのも見ていた。

「そっか。でも今回はしょうがないね。オレからも山本に言っとくからさ」
「……ハイ」

大人になっただけならば山本に説明することもできるが、今の獄寺はどうやったって男には見えない。
獄寺が女だと知らない山本に正体をばらすわけにはいかなかった。

「じゃあ、オレそろそろおいとまします。お邪魔しました」
「うん。気をつけて」
「へーきっすよ。むしろ中学生の姿よりやりやすいんじゃないっすか?」

そう言って、獄寺は変わらぬ笑顔でニカッと笑った。
そうして、ツナの部屋のドアを開けようと―――。




「わ!?」

ドアを開けた途端に、廊下に立っていた相手が驚いて声を上げた。
今まさに外側からドアを開けようとしていたのは、他でもない山本。
そういえば、部活が早く終わったら寄ると言っていたことをツナは思い出した。

24歳の姿でも中学生の山本より少々身長は劣るようだが、
いつもより目線が近いことに獄寺の心臓が跳ねる。
山本の方は、ぽかんとした顔で獄寺を見つめ。

「ごくでら……?」

その視線が顔から下へと移動し、豊満なバストの上で止まった。

「じゃ、ねえよな…。お姉さん、誰?獄寺によく似てっけど…」

すると、獄寺の横にやって来たツナが慌てて口を挟む。

「いとこだよ、いとこ!イタリアから遊びに来たんだ!」
「ふーん。いとこってこんなに似るもんなのなー」

山本は感心したような声を上げて、じろじろと獄寺を眺めている。

「それで、獄寺は?」
「アイツは…その、ついさっきイタリアに帰っちまったんだ。急な用事で…しばらく戻ってこねえかも…」

そう言うと、山本の顔に明らかな落胆の色が浮かんだ。

「そっか……獄寺いねえのか……」
「あ、あの、山…」

獄寺が言い訳の言葉もなく困っていると、ツナが「そうだ」と手を叩いた。

「山本、来週の試合、代わりにこのお姉さんに応援してもらいなよ」
「え?」
「はっ?」

ツナが目配せすると、獄寺は戸惑いながらも山本に顔を向けた。
山本も困惑気味に獄寺と視線を合わせる。

「えっと……?」
「ま、まあ、そーいうことだ!は…隼人の代わりに応援してやるよ!」
「はあ、ありがとーございます…?」















翌日。
放課後になり帰宅部の生徒たちが連れ立って校門から出て行く中、挙動不審な様子で学校の中を覗いている人間がいた。
24歳の姿になってしまった獄寺である。
授業に出れないので昼間はマンションでおとなしくしていたが、どうにも落ち着かずに出てきてしまったのだ。

「べ、別に山本が気になってるわけじゃねえぞ!オレは10代目の身に危険が迫ってたりしねえか心配だから…」

自分自身に言い訳をしつつ、獄寺はそろそろと門を潜る。
さすがに黒スーツで動いては目立つので、家にあった私服の中で大人の女性が着てもおかしくなさそうな物を選んで着替えてきた。
男物ではあるが、活動的な女性といった感じでそこまでおかしくはないはずだ。

だが、やけに生徒たちの視線を感じる。

やはりどこかおかしいのだろうか―――そう獄寺が不安に感じていたところで、校舎の中から出てきた相手が獄寺の姿に気づいた。

「あれ?獄寺くん、どうしたの?」
「10代目!」

ほっとして、獄寺はツナに駆け寄る。

「お元気そうで何よりです!何か困ったことはありませんか?何かあれば遠慮なくこの右腕に…」
「昨日もあったじゃない、大げさだよ。それより…」

そこで言葉を切り、ツナは辺りに目を遣った。

「やっぱりみんな獄寺くんのこと見てるね」
「はぁ…やっぱ、どっかおかしいんすかね?」

言いながら、獄寺は自身の体を見下ろした。

「え?違う違う、おかしいんじゃなくて、綺麗だから見てるんだよ」
「は?」
「わかってないんだね。獄寺くん、すっごい美人なんだよ」
「オレが…ですか?」

やはりわかっていなかった獄寺は、きょとんとしている。

「そうだ、せっかく来たんなら野球部の練習見ていったら?もう始まる頃だよ」








「なあ、見ろよあそこ!」
「すっげー美人がいるぜ!」

野球部の部員たちがざわついているのに気づいて、山本もそちらに視線を向けた。

「あ、昨日のおねーさん!」

山本がぶんぶんと手を振ると、フェンスの向こうから野球部の様子を眺めていた獄寺がびくりとした。

「どーしたんすか?学校に何か用事でも?」

山本は駆け寄っていき、フェンス越しにその顔を覗き込む。

「その……ヒマでぶらぶらしてたらここに辿り着いちまったから……ついでに見学でもしていこーかと思ってよ」

獄寺が視線を逸らしながら言うと、山本がぶっと噴き出した。

「ははははは!」
「なっ…何笑ってやがるテメェ!」
「だっておねーさん、獄寺とおんなじこと言ってるのな!」
「……!」
「獄寺もたまに見学に来てくれた時、そーやって素直じゃないこと言うのなー。言い方までそっくりなんだもん、ほんとに獄寺みてえ」

素直じゃない、と見透かされていたことに決まりの悪い思いをしながら、獄寺は口をつぐんだ。

だって、そうやって素直じゃない言い方で誤魔化す他なかった。
せっかく人が目立たないところで見ていても、この野球バカはすぐに自分の姿を見つけてしまうのだから。
試合を見に来て欲しいと言われた時にしぶしぶ応じたのも演技だったのだと、もしかしたらばれていたのかもしれない。

「そーだ、おねーさん、今日の夜時間ある?」
「へ?」
「オヤジにさ、いいマグロが入ったから獄寺連れて来いって言われたんだけど、アイツいねえから……代わりに食いに来てくれねえかな」
「え?マグロっ?行く行く、もちろん行くぜっ!」

マグロと聞いて、獄寺は思わずフェンスに手をかけて身を乗り出した。

「はははっ!マグロ好きなとこまで獄寺そっくりなのな!」










「さー、たんと食っとくれよ!」
「サンキュー!いただきますっ!」

山本の部活が終わるまで待って、獄寺は山本に連れられて竹寿司にやって来ていた。
カウンターに座るなり、目の前に美味そうなマグロの握りが置かれて目を輝かせる。

「いやー、しっかしほんとに獄寺くんそっくりな美人さんだなあ」
「だろー?いとこってこんなに似るもんなのなー」

獄寺に似ているからか、美人だからか、山本の父親はいとこと名乗った獄寺を気に入った様子でにこにこしながら眺めている。

「うーん、悪かねえよなあ」
「オヤジ、何がだ?」

一人で満足げに頷いている剛に山本が問いかけると、剛は山本と獄寺を交互に見比べ。

「いやあ、おめえら二人、なかなかお似合いだと思ってな」
「ぶっっ!!」
「オヤジっ!!?」

唐突に言われた言葉に、獄寺はゲホゲホとむせこんだ。

「わっ!おねーさんしっかり!ほら、お茶飲めって!」

山本の差し出した湯飲みを受け取り、お茶でシャリを流し込む。
どうにか落ち着いた獄寺だったが、そこで山本と顔を見合わせてお互いに赤くなった。

「オヤジ、妙なこと言うなよな〜。こんなキレイなおねーさんにオレみたいなガキじゃ失礼だって」
「はは、違いねえや。武には獄寺くんの方が似合ってらあ」
「っっっ!!!」

そこで自分の名前を出され、いっそう獄寺の顔が赤く染まった。

「って、なんでそこで獄寺が出てくんだよ!」

気のせいか山本も顔を赤くして、上ずった声で父親に反論している。

「なんでってそら、お前がいつも獄寺くんの話ばっかだからじゃねえか」
「そ、そりゃそーだけど…っ」

獄寺が唸りながら口ごもってしまった山本をしげしげと眺めていると、剛が獄寺に向かって口を開く。

「普通は好きな女の子の一人もいたっておかしくねえのに、武のヤツ、女の子の話はちーっともしねえんだよ。今の武にゃ獄寺くんが一番なんだろうねえ」

獄寺自身は普通の家庭で育っていないので、好きな子ができたからといって親に報告するものかどうかはよくわからない。
ましてや、それが男親であればなかなかそういう話をする機会すらない気がする。
けれど、おそらくこの親子の仲の良さならそういうことも含め全て話すのが当たり前なのだろう。

どうやら山本に好きな女の子はいないらしいということと、自分が一番なのだろうと言われたことにこっそりと幸せな気持ちを感じつつ、獄寺は早く元の体に戻れたらいいのにと、そう思った。













翌日も授業が終わる時間を見計らって学校へと向かっていた獄寺の横に、見覚えのある車が止まった。

「よっ!お前、獄寺だよな?」
「…跳ね馬か」

運転席の窓を開けてそう声をかけてきたのは、ディーノだった。
助手席にはロマーリオの姿も見える。
リボーンあたりから獄寺が大人の姿になっていることを聞いていたのだろう。

「いやー、こうして見るとお前本当に女だったんだな!見違えたぜ!どーだ、もう山本はオトせたのか?」
「なっ…!!」

真っ赤になり、獄寺は口をパクパクさせている。

「なんだなんだ、その様子じゃまだなのか?リボーンもいい加減にじれったいっつってたぞ?」

というかなんでそんなに自分の気持ちが知れ渡っているのか、と獄寺は目眩がする。

「せっかく大人になってんだし、もっとこー山本がグラッとくるような色っぽい格好してみたらどーだ?」
「お、大きなお世話だ!!」

体が大人になったとはいえ中味は変わっていないのだ。
いまだ女物を着ることにすら抵抗がある。
だが、ディーノはまったく意に介していない様子でニカッと笑みを浮かべて。

「まーまー、そう言わずにオレに任せろって」

言うが早いか、助手席から降りてきたロマーリオが獄寺の腕を掴んだ。
そうしてそのまま強引に車の中に押し込まれる。

「ぎゃあああ!テメェら、オレをどうするつもりだっ!?」
「おし、出発するぜ」
「話を聞きやがれ、この人攫いーーーっ!!」












今日はお姉さん来てくんねーのかな…?

そんなことを考えつつ、山本はグラウンドを見回した。
昨夜は「ヒマだったら来てやる」と言っていたのに、何か用事ができたのだろうか。

思わずため息をついた後で、山本はぶんぶんと首を振った。
外見だけでなく中身まで獄寺にそっくりなのだから惹かれるのも当然だ。
けれど、自分が好きな相手は別にいることを忘れちゃいけない。
野球の試合を観に来ると約束してくれたのに薄情にもイタリアに行ってしまっている相手だけれど、それでも自分は好きなのだから。

「…ま、獄寺が薄情なのは今に始まったことじゃねーし」

そう、例え男同士で、向こうはそんな気がないとしても―――。




その時、視界の端に見覚えのある姿が映った。
山本が顔を向けると、相手は咄嗟に背中を向けて立ち去ろうとする。

「え…?おねーさん!?」

山本も思わず駆け出し、グラウンドの端にいたその相手の腕を掴んだ。

「来てくれたんだ!」

嬉しそうに声を弾ませてから、山本は首を傾げる。

「なんでこっち向かねえの?」

そう問いかけると、背中を向けていた獄寺が山本の方に体を向けた。
落ち着かなげに視線をさまよわせている獄寺は、昨日の男のような格好とは違い、タイトなシルエットのワンピースを着ていた。
胸の谷間と裾に入ったスリットがなんとも言えずセクシーだ。

「今日はお姉さんめかしこんでるのなー。これからどっか出かけんの?」
「バッ、バカ!オレはテメェのために…」
「へ?」
「……っなんでもねえ!」

ぷいっと顔を背けてしまった獄寺を見やりながら、山本は照れくさそうに頭を掻く。

「ひょっとして、オレに見せに来てくれたの?」
「………!!!」

そう言った瞬間、獄寺の顔が赤く染まった。長い髪の間から覗く耳まで真っ赤になっている。
それを見た途端に胸がとくんと高鳴り、山本は思わず胸を押さえた。

あ、あれ?オレ……なんでこのお姉さんに?

 


2は別CPの話になります。山獄の続きだけでいいんじゃー!という方は3に飛んでください。そのまま続きになりますよ。

まあ別CPっていうか……言うまでもなくDHです(やっぱりか)

 

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