「おねーさん!お待たせっ!」

部活の後制服に着替えた山本は、門のところで待っていた獄寺に駆け寄った。
結局獄寺はヒマだからと言いつつ、毎日部活を観に来ている。
今日はまた夕飯を食べていけと言われたので、山本の部活が終わるまでこうして待っていた。

並んで竹寿司への道を歩きながら、獄寺が口を開く。

「試合、明日だな」
「うん。おねーさんが応援に来てくれっから頑張るのな!」

そう答えてから、山本は顔を曇らせた。

「獄寺、まだ戻ってこねーのかなあ」
「………会いたいか?」
「そりゃ、だって……オレ、獄寺のこと大好きなのな」

そう言って、山本は照れくさそうに笑った。
獄寺は動揺を悟られまいとして、平静を装う。

「ヤロー相手にあんまそーいうこと言ってっと、周りが変な誤解すっぞ」
「オレはそれでも構わねえんだけど……あ、でも、獄寺は嫌がるよなあ」
「別に……そうとは限らねえだろ」
「そーだって。いつも嫌いだって言われてっし」
「ば…っ、そんなん、本気で言ってるワケじゃ…」

言いかけた言葉を飲み込み、獄寺はぷいと顔を逸らした。

「テメーがどう思おうが、隼人はテメーのこと嫌ってねえからな」
「ほんと?ほんとにそう思う?」
「ああ…保証してやる」
「そっか。ならオレ、頑張ってみるのな!」
「?」














試合当日。

一生懸命応援するツナの隣で、獄寺は珍しく静かに野球を観戦していた。
服装は一応女物にしてみたが、この間ディーノに買ってもらったセクシーな服はやはり抵抗があったので、多少子どもっぽいかとは思ったが黒のタートルネックとチェックのミニスカートにしておいた。

「山本、調子いいみたいだね」
「そうっすね」
「………試合までに元に戻れたら良かったのにね」
「はあ…」

ツナに言われて、獄寺はあいまいに頷いた。
確かに、獄寺自身もそう思っていたはずだった。
けれど、もし14歳に戻れたところで、男の格好をしているのであれば、所詮山本の前で自分を偽っていることに変わりはないのだ。
思いも伝えず、性別も隠したままで………それでも山本を好きだと思う自分のなんと不甲斐ないことか。

「あっ!ほら、山本が打ったよ!」

ツナの声に顔を上げると、確かに山本の打った球が大きく弧を描いて宙を飛んでいた。

「やったあ!ホームランだ!」

横ではしゃぐツナの声を聞きながら、獄寺は山本の姿を目で追っていた。
打席の終わった山本が応援席に目を向け、獄寺に視線を止める。
ブイサインを出して、山本が満面の笑みを向けた。
周囲にいた女の子たちが自分に向けられたと勘違いして一斉に騒ぎ立てる。

「………10代目」
「うん?」
「試合って、あとどのくらいで終わるんすかね?」

観戦していればあとどのくらいで終わるのかある程度判断がつくはずだが、
ルールを知らない獄寺にはわからないらしい。

「えっと……今ので点差が開いたからあと…」

言いながら、ツナはそろりと獄寺の顔を見やる。

「ひょっとして、飽きちゃった?」

元々獄寺が野球の試合を楽しそうに見ていたことはないし、気が短く飽きっぽいのでそう思ったのだったが、獄寺はいいえと首を振った。

そういうことではない。
そういうことではなくて、これ以上あんなふうに活躍する山本を見ていたら身がもたないと言うのが正直な気持ちだった。

同時に、思い知る。

ああ、やはり自分は山本が好きなのだ。
この試合が終わったら正直に自分の正体を話そう。そうして、好きだと伝えよう。
騙していたことで嫌われてしまったとしても、これ以上山本の前で自分を偽るよりはずっといい。








試合が終わると、案の定山本はファンの女の子たちに取り囲まれた。
山本のもとに行こうとしていた獄寺は、その光景を目にしてむかっとする。

獄寺がひそかに嫉妬の炎を燃やしていると、獄寺がいるのに気づいた山本が女の子たちに断りこちらへ駆けてきた。

「おねーさん!来てくれてありがとーなのな!」
「いや……元々隼人が約束してたし……」

女の子たちの妬みの視線が突き刺さる。
負けじとそれを睨み返した後で、獄寺は山本に向かって声を潜めた。

「話があるんだ。場所、変えていいか?」











「おねーさん、話って?」

屋上へ出て、山本は後ろから着いてくる獄寺を振り返ってそう問いかけた。

「その……オレの、つうか…じゃなくて、隼人の、ことなんだけど……」
「獄寺の?なあ、アイツいつ帰ってくんの?」
「……帰ってこねえよ」
「え………」
「だって隼人は……」
「何だよそれ!!?」

ここにいるオレなんだから―――と続けようとしていたところで、怒鳴るような山本の声がそれを遮った。
山本は怖いくらい真剣な瞳で、思わずたじろいだ獄寺に詰め寄る。

「獄寺が帰ってこないってどーいうことなんだ!?獄寺の身に何かあったのか!?オレ、もうアイツに会えねえの!?」

そんなのイヤだ、と山本は泣きそうな顔で叫ぶ。
たまらなくなって、獄寺は山本の体に腕を伸ばした。
そのまま抱きつくと、山本がびくりと身をすくめる。

「お、おねーさん?」
「山本、オレ…オレは、お前のことが…」

だが次の瞬間、山本の腕が獄寺の体を突き放していた。
山本は明らかに困惑した様子で、首を振っている。

「ダメなのな。オレ、おねーさんのこと好きだと思うけど……でもそれはきっと、オレの一番好きなヤツにおねーさんが似てっからで……。ごめん、おねーさん。オレ、獄寺が好きなんだ」

うな垂れた様子で山本が告げた言葉に、獄寺は一瞬ぽかんとして。
それから、顔を赤く染めた。

「……お前、本気で言ってんのか?」
「冗談でこんなこと言えねえよ。そりゃ男同士だし、告白したところで振られるに決まってっけど……それでもオレは獄寺が……」

山本の言葉の途中で、再び獄寺が山本に抱きついた。

「おねーさん!?だからその、こーいうことされたら、オレ…」

困る、と続けてその体を離そうとした山本だったが、今度はがっちりとしがみついていて簡単には離せそうもなかった。
あまり力づくで突き放す気にもなれず、山本は困惑しながらもおとなしくしている。

けれど、本当に困るのだ。
こうして触れ合って感じる空気すら、このお姉さんは獄寺に似すぎていて。
まるで獄寺本人だと錯覚しそうになるから。

と、しがみついたままの獄寺が山本の胸に顔を埋めて、口を開いた。

「隼人はお前が好きだ」
「え…?」

聞き間違いかと思いお姉さんを見下ろす。
だって今このお姉さんは、隼人は、と言った。
そんなのは自分の都合のいい幻聴に決まっている。

「………?」

その時、山本の眼に映る彼女の姿がその輪郭を変えた。
長かった髪が短くなり、背丈だけでなく全体的に体が小さくなったように感じる。
幻聴だけでなく幻覚まで起こったのだろうか、これでは本当に獄寺本人だ、と山本は目を瞬いた。

すると、それまで顔を埋めていた彼女が顔を上げて、山本を見上げた。

「隼人は……お前のこと好きなんだ」

その顔は先ほどまでのお姉さんの面影を残しつつも、山本の知っている獄寺本人に間違いなかった。
けれどくっついている体の柔らかさは確かに女の子のもので、山本は混乱しながらもその心地良さを手放したくなくてそっと腕を回す。

「ほんとに?オレのこと、好きなの?」
「だからそう言ってんだろ。隼人はお前が好きなんだって…」

まだ正体を明かせていないことに決まりの悪さを感じつつも、獄寺はそう繰り返した。
そこで、山本が獄寺を抱きしめる腕に力がこもる。

「獄寺………」

まっすぐに見つめ、山本がそう呼んだ。
自分の名前を呼ばれたことに、そこで初めて獄寺は違和感を感じる。
山本の瞳に映る自分の姿を見て、ようやく獄寺は自分の体が戻っていることに気がついた。

「………っ!!!」

元に戻っていることに気づかずに何度も告白を繰り返してしまったことに、獄寺の顔が赤く染まる。

「あ、あの、山本、これは……っ」
「なあ、獄寺があのおねーさんだったの?」
「う……」

言葉に詰まり、獄寺はこくりと頷いた。

「でもおねーさんは女だったよな?それに、今の獄寺も……なんか、女の子みてえに柔らけえし」
「だから…っ、オレは元々女なんだよ!ずっと騙してて、その……悪かった。嫌われてもしょうがねえけど……」

すると、山本は「なんで?」ときょとんとする。

「なんでって、だってオレ、ずっと男のふりしてお前に本当のこと言ってなかったんだぞ!?」
「んー、じゃあ、さっきのもう一回言ってくれたら許してやるのな」
「さっきのって…」

言いかけた獄寺の顔がいっそう赤くなった。

「そ、そんなの何度も言えるかっ!!」

すでに何度も言ったあとにも関わらず、獄寺はそう言って山本を睨んだ。

「だって聞きてえのな。なあ、言って?オレも獄寺のこと好きだからさ」
「〜〜〜〜っ!!」

恥ずかしさに耐え切れず獄寺はわなわなと顔を震わせている。
やがて、下を向きながら獄寺が口を開いた。

「テメェのそーいう恥ずかしいトコ、嫌い、だけど…っ!それでも…っ!」

少し間を置いてから「好きだ」と続けられた言葉に、山本は満足そうに微笑んだ。

「なあ獄寺、もっかい言ってくんね?」
「なっ…!二度と言うかバカッ!!」

獄寺が真っ赤な顔で怒鳴ると、山本はちょっと考え。

「じゃあ代わりにオレが何度だって言うのなー」

と笑顔を浮かべてから、獄寺の耳元に口を寄せた。

「好きだよ、獄寺」

そう囁くと、返事の変わりに獄寺はいっそう強くしがみついてくる。
幸せを噛み締めつつ、山本は自分からもしっかりとその体を抱きしめた。




ああ、あのお姉さんの正体が獄寺でよかった。
だって、ほんの少しだけ恋をしかけていたから。

何時でも、どんな姿でも。
惹かれるのは、それが獄寺だから。

それが自分にとってただ一つの、恋愛条件。

 


ちなみに10年後でも24歳の獄寺が体だけ14歳という状態になってます。
そうすると、24歳の山本は恋人と一緒にいるのに何もできないという生殺し状態(笑)
24歳同士は元に戻った後存分にイチャイチャすればいいよ。
(2008.12.1UP)

 

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