日曜日の午後。
映画を観終わったオレたちは、本当に腕を組んで町を歩いていた。
オレは言われたとおりにデニムのスカートをはいて女の格好。
恭弥はといえば、さすがに制服では来なかったが、黒いシャツに黒いズボンでどう見ても男だった。
オレたち、見た目にはカップルに見えるんだろーな…。
ていうか恭弥はそのつもりか?
ま、いーか…。
わざと遠い映画館に来たから、知り合いに会う可能性はほとんどねーし。
「喉乾いたね。どこか入ろうか」
「ああ」
喫茶店に入り、恭弥はコーヒー、オレはホワイトチョコラテなるものを注文する。
男のナリじゃこういうの頼めねーからな。
甘くて美味いそれをご機嫌で飲んでいると、背後でカランカランと来客を告げるベルの音。
「わりーな、こんなとこまで付き合ってもらって」
「いいよ。おじさんの包丁、キレイになってて良かったね」
「ああ。オヤジの一番気に入ってる包丁だからな!直してもらえて助かったぜ〜!腕のいい職人なんだけどなんたって頑固だからさ〜」
……なんかすげえ聞き慣れた声なんだけど。
「お、あそこ開いてる。あっち座ろうぜ、ツナ!」
ありえない事態に、一気に全身から血の気が引く。
間違いなく、10代目と野球バカ。
なんだってよりによってこの二人がいるんだ!
とっさに、着ていたパーカーのフードを頭に被って身をかがめた。
見つかりませんように、と心の中で祈る。
ふと前に目を向けると、恭弥は涼しい顔でコーヒーをすすっていた。
と、恭弥がひらりと手を上げて。
「やあ、奇遇だね」
ぎゃーーーーー!!!
「わっ!ヒバリさん!こ、ここここんにちは!」
「ヒバリ!珍しいヤツに会うもんだな。…連れか?お前が誰かと一緒にいるなんて珍し…」
「デートだからね」
「ええええ!?ヒバリさんが!?」
恭弥のヤツ、余計なことを…っ!!
10代目と山本の視線を感じる。
いつまでもフード被ったままじゃ怪しまれるだろう。
このままじゃ絶対にバレる…!
思い切って立ち上がり、顔を隠したままオレはドアの方へと駆け出した。
恭弥も席を立ち、急ぎ足で追いかけてくる。
ちょっと待て、お前はちゃんと代金払ってから出て来い。
と、前をよく見ていなかったオレは、通路の段差につまずいた。
そのまま前のめりにすっ転ぶ。
「いってえ!!」
「え?今の声…」
「まさか…」
10代目と山本の声。
やべえ、とあたふたと体を起こしたところで、被っていたフードが肩に落ちた。
誤魔化しようのない銀の髪が広がる。
「獄寺!」
「獄寺くん!」
ぺたんと座り込んだまま、オレはまだどうにか誤魔化す方法を探していた。
ていうか、もうオレが獄寺隼人だということはバレバレなんだ。
あと残されてんのは、スカートはいてるこの事実をどう誤魔化すかってことしかねえ。
と、横にやって来た恭弥がオレの腕を掴んだ。
「隼人、大丈夫?」
そう言いながら、オレの腕を引っ張って立ち上がらせる。
立ち上がったオレは、足をふらつかせて恭弥の胸に寄り添うように倒れ掛かった。
そこでようやく、10代目と山本の方に恐る恐る目を向ける。
10代目はぽかんとしたご様子で………たぶん呆れていらっしゃるんだろう。
そりゃそうだ、ご自分の右腕がスカートはいてこんな醜態さらしてんじゃ…。
と、射るような視線を感じてビクリとした。
なんだってんだ、山本のヤツ。なんでそんな怖い顔してんだよ。
そりゃオレもお前もヒバリには何度もひでえ目に合わされてっから、面白くないのかもしんねーけど。
「ねえ、ケンカ売ってるの?」
恭弥も山本の視線を感じたのだろう。
オレの肩を抱きながら、山本を睨みつけた。
すると、山本も負けじと恭弥を睨みながら口を開く。
「獄寺、ヒバリとデートってほんとに?わざわざ女装までして?」
あ、女だとは思われてねーんだ…。
って、女装だと思うのも失礼じゃねーか、このバカ!
「デートとかじゃねーよ!ただ一緒に出かけただけだ!てめーだってダチと出かけることくらいあんだろ?」
「ただのダチだってんなら、女装の理由は何なんだよ」
「〜〜〜ほっとけよ!オレの自由だろがっ!」
あーーーもう、こうなったら女装趣味だと思われようが構わねえ!
「10代目!スイマセンが失礼します!行くぞ、恭弥!」
くるりと身を翻し、恭弥の手を引っ張った。
そのまま二人で逃げるように店を出る。
しばらく走ったところで、恭弥がぴたりと立ち止まった。
「まったく、無粋な男だね。デートだって言ってるのに」
不機嫌な声でそう言って、トンファーを出す。
オレたちの後ろから山本が追いかけてきていた。
「獄寺!お前、ほんとにヒバリと付き合ってんのか!?」
「付き合ってねー!いつそんな話になったよ!」
「だってデートしてんじゃねーか!」
「だーもう!てめーには関係ねーだろ!」
「関係なくなんてねーよ!!」
一際大きな声で叫ばれて、びくんとした。
なんだよ、なんでこんなマジになってんだよ、コイツ。
と、山本はオレの傍にいる恭弥に目を向けた。
「こないだの朝の続き、しよーぜ」
「…へえ、面白い。いいよ」
恭弥は薄く笑って、トンファーを構えた。
山本もどこに持っていたのか、山本のバットを構える。
「ちょ、ちょっと待て!何考えてんだよ、てめーら!」
「大丈夫だよ、すぐに咬み殺すから」
と、山本が真剣な表情でオレに顔を向けた。
「獄寺…オレ、獄寺がヒバリと付き合ってるってんなら、黙ってらんねーよ。男同士だし拒否られるだろーと思って言えなかったけど、オレだって獄寺のことすげー好きなんだぜ?獄寺がほんとにヒバリに惚れてるならしょーがねーけど、もしオレにも望みがあるなら……オレ、ヒバリからだってお前を奪い取ってみせっから」
………。
……………。
……………………へ?
「行くぜ!」
「待て、山本!」
ざっと踏み込んだ山本の懐に飛び込み、オレはその体を引き止めた。
「獄寺!?離し…」
オレは山本にぎゅうとしがみついたまま、声を荒げる。
「離さねえぞ!離さねーからな!」
「……そんなに、ヒバリがいーのかよ?」
山本が腕を下ろし、沈んだ声で問いかけてくる。勢い良く首を左右に振った。
「勝手に誤解してんじゃねーよ!付き合ってねーって言ってんだろが!それに望みも何も、オレはっ、お前のことが……」
そこまで言って言葉に詰まった。湯気が出そうなほどに顔が熱くなる。
と、山本が妙な表情で遠慮がちに口を開いた。
「あのさ、獄寺…、なんかすげーおっぱい気持ちいーんだけど…。本物みてーな…」
「ぎゃあああ!このエロ野郎!」
途端に山本の体を突き飛ばすように身を離した。
そうして、胸を庇うように両手で自分の体を抱きしめる。
「獄寺、お前、ひょっとして……」
「〜〜〜女だよ!女装なんかじゃなくて、ほんっとーに女なんだよ、オレはっ!!」
「え…じゃあ、ヒバリとは…」
戸惑った様子で山本がオレと恭弥を見比べる。
「お前が思ってるような関係じゃねーからな!だってコイツは……」
オレの言葉の途中で、恭弥がふうっと息をついた。
「なんだ、両想いなんじゃない」
それから、オレに目を向けて微笑む。
「おめでとう、隼人。……咬み殺してやりたかったけど、隼人に嫌われるから止めておくよ」
「恭弥…」
「隼人の一番になれなかったのは残念だけどね」
そう言って、恭弥はひどく寂しそうに笑った。
なんだか捨てられた子犬のようで良心が痛む。
「一番じゃなくても、オレはお前のこと、大事なダチだと思ってるぜ?それに……きっとお前だっていつか男に惚れる。オレなんかに執着してんのも今だけだ」
「そんな日は来ないよ。男なんて嫌いだ」
そう言うと、恭弥は拗ねたように顔を逸らした。
苦笑してその背中を叩いてやる。
「まっ、そん時は応援してやっからよ!ろくでもないヤローだったらオレがシメてやるし!」
「獄寺、さっきから話が見えねーんだけど…。ひょっとして、ヒバリも…?」
それまで黙っていた山本が、不思議そうな声で問いかけてきた。
くるりと向き直り、その間抜け面を見つめる。
「いーか、一回しか言わねーからよく聞けよ」
そこで言葉を切り、オレは大切なその一言を口にする。
「山本、お前が好きだ」
恭弥への好きとも、10代目への好きとも違う。
だってオレは女だから、特別に好きな男はたった一人しかいちゃいけない。
ごめんな恭弥、置いてっちまって。
でもお前だって、いつか特別な男に出会うから。
恭弥が惚れるほどの男なんて想像つかねーけど。
でも、お前が惚れるなんて相当スゲーヤツなんだろーな。
ソイツに会う日が今から楽しみだぜ―――。
思春期の女の子同士で友人の方が先に恋愛を知っちゃうと寂しいよね、っていう話でした。
そんなわけで次は恭弥の番です。Precious Darlinに続きます。
(2008.1.18UP)
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