月曜日。
「それで、したの?」
「してねえっっ!!」
さらりと問いかけた雲雀に、獄寺は力いっぱい否定した。
「ふうん。よく山本が我慢したね」
「いや……あいつ、まだオレが無理だと思ってるみてーで、キス以上のことはしてこねーから」
「もう隼人から誘ってみるしかないんじゃない?」
「ででで出来るわけねーだろ、そんなこと!!そ、それにオレは、別にやりてーわけじゃ……」
「そんなこと言ってると、他の女に寝取られてもしらないよ。ずいぶんもてるみたいじゃない?」
「………っ!」
その頃、教室。
「山本!誰だよ昨日の女の子!」
入るなりクラスメイトに詰め寄られて、山本は目を丸くした。
「へ?」
「とぼけんなって!外人っぽい女の子と腕組んで歩いてたじゃねーか!彼女か!?」
「あ…あーーー…見てたのか」
まさか獄寺だとは思うはずもなく、クラスメイトたちは山本の謎の彼女に興奮している。
「ウチの学校にあんな子いねーよな!どこの子だ!?」
「いーよなー、巨乳なんだって!?」
「いや、はは……ナイショ」
言えるはずもなく、山本は笑って誤魔化す。
と、一人の男子がこそこそと耳打ちしてきた。
「で、どーなんだよ、もーヤッたのか?」
表情に笑顔を貼り付けたまま、山本が固まる。
そんな山本の様子に気づかず、周りにいた男子たちがげらげらと笑い出した。
「んなのヤッてんに決まってんじゃん」
「そうそう。あんな巨乳の彼女がいてやってねーはずねーってー」
「ちょ、ちょっとみんな、声大きいよ。女子に聞こえるから…」
そう言ってみんなをなだめに入ったのはツナだった。
ツナはしゅーんとうな垂れている山本を見やり、気の毒にと苦笑する。
みんなの前で堂々と彼女だとも言えず、いまだキス以上の進展も許してもらっていない。
女子に大人気の野球部エースのこんな状態、誰も予想していないだろう。
夜。野球部の練習が終わった後、獄寺と山本はいつものように揃って竹寿司の戸を開けた。
「ただいまー。…あれ?オヤジ出かけてんのか?」
家の中も店の中ももぬけの殻。と、ちゃぶ台の上に一枚の紙切れが置かれていた。
「えーと……商店街の飲み会に行ってくる。夕飯は冷蔵庫に用意してあるから二人で食いな。武、獄寺くんに妙なことすんじゃねえぞ!……だってさ」
剛の書置きを読んで、山本は獄寺に顔を振り向けた。
「とりあえず、メシにすっか」
「へっ?あ、ああ」
びくりとしてから、獄寺は冷蔵庫の扉を開ける。
剛が用意しておいてくれた料理を取り出すと、それをそのまま電子レンジに押し込んだ。
重苦しい空気の中、二人は黙々と夕飯を口に運ぶ。
獄寺がちら、と視線を向けると、たまたま視線を向けた山本と目が合った。
「な、なんだよっ」
「獄寺こそ、なに?」
「別になんでもねえっ!」
「ならいーけど…」
ずず、と貝汁をすすり、山本は獄寺の様子を窺う。
「なんか今日様子変じゃねえ?」
「…っ、てめーこそ、さっきからおかしいじゃねえか!」
「んー…そりゃーやっぱ、オヤジいなくて二人っきりなんて久しぶりだし…。あっ!でもよ、妙なことしねーから安心しろな!?オヤジにも釘刺されてっしよ!」
ずきん、と獄寺の胸が痛んだ。
カタリと獄寺は持っていた茶碗を下に置く。
「獄寺?どーし…」
したくないわけない。本当はオレ、山本と―――。
ぶわっ、と獄寺の目の淵に熱いものがこみ上げて来た。
そんな恥ずかしいこと自分から言い出せるはずが無い。
けれど、自分から言わない限り山本は遠慮し続けるんだろう。
「ごくでら…?」
山本の腕が伸び、その指先が獄寺の目の淵に溜まっていた涙をすくった。
「なんかあったのか?」
獄寺は首を横に振って否定する。
「オレ、なんかした?」
繰り返し、獄寺は首を横に振った。
「じゃあなんで泣いてんの?」
ぎゅう、と拳を握り、獄寺は声を張り上げた。
「てめぇが…なんもしねーからだろっ!!」
「………え?」
ぽかん、として山本は獄寺を見つめる。
ぼろぼろと泣き出して、獄寺は言葉を続けた。
「いつまで我慢してんだよテメェはっ!んなのっ…オ、オレから言えるワケねーだろがっ!!」
嗚咽を漏らしながら、獄寺は溢れてくる涙を必死に拭う。
「えーっと……獄寺…」
山本は、そうっと窺うように獄寺の顔を覗きこみ。
「………いいの?」
恐る恐るといった感じで、それだけ問いかけてきた。
その問いに、獄寺はいったん息を呑み。
それから次の瞬間、小さくこくりと頷いた。
山本は席を立ち、獄寺の傍へと歩みって来る。
「ほんとに?」
山本が確認すると、獄寺は涙に塗れた瞳で山本の顔を見上げた。
答える代わりに腕を伸ばし、山本にしがみつきながらキスを贈る。
そのまま、山本は獄寺の細い体を抱え上げた。
それからとっぷりと夜は更けて、深夜。
「武ぃぃーーーーっ!!!」
ベッドで仲良くまったりしていた二人は、突如響いた怒声に飛び起きた。
「わっ!オヤジ!!」
「オヤジさんっ!?」
山本の後ろに隠れて、獄寺が顔を赤くする。
剛は鬼のような形相で、山本を睨んでいた。
「何考えてんだ!嫁入り前の娘さんに手ぇ出すなってあれほど…」
「けど、オヤジ…!オレたちいー加減な気持ちで付き合ってるわけじゃねーんだ!だから…」
「中学生のくせに責任取れるってのかテメェは!ああ!?」
「待てって、オヤジさん!」
と、山本の背中から顔を出し、獄寺が声を上げた。
恥ずかしさのため真っ赤になっている顔で、必死に剛を見つめる。
「山本が悪いわけじゃねーんだよ!オレだって…その……」
そこで言葉に詰まり、ごにょごにょと言葉を濁す。
「獄寺くん……すまねえなあ、武にはきっちり責任取らせるからよ」
獄寺から顔を逸らしつつ、剛は頭を掻いた。
「ったりめーだよ!オレはちゃんと責任取るつもりで…」
「おめーは黙ってろい!」
山本の言葉を遮ると、剛は獄寺に向かって頭を下げた。
「獄寺くん、野球しか能のねえバカ息子だが、こんなヤツでよければ嫁に来てやっちゃくんねえか?」
「はっ……?」
獄寺はびっくりした顔で、剛をまじまじと見つめ。
それから、山本に顔を向けた。
「ったく、なんでオヤジがプロポーズしてんだよ…」
山本はぼやきながら頭を掻く。
「獄寺、オレからもお願い。嫁に来てくんね?」
そう言って、山本は優しく笑いかけてきた。
獄寺は赤くなった顔を逸らし。
「てめーら親子、オレなんかがいいなんて…趣味悪すぎるぜ…っ」
「えー、趣味いいよなあ?」
「おうともよ!」
「たく……あーもう!オレで良けりゃ嫁でもなんでも好きにしやがれ!」
半ば自棄になって獄寺が言うと、山本親子は顔を見合わせて。
「「やったーーー!!」」と揃って万歳した。
「なんって目出てぇんだ!母ちゃんの仏前に報告だ!」
慌しく剛が階下に降りていってしまうと、山本と獄寺は顔を見合わせ。
それから、二人揃って噴き出した。
「なんだよお前ら親子、ありえねー…」
「ごめんな、なんか勢いみたいになっちまって。でもオレ、本気だし。獄寺も本気で考えてくれてっと嬉しーんだけど」
「オレだって本気だっての…。でなきゃヤらせたりしねーし…」
「獄寺、体辛くねえ?動けなかったら今日はこのままオレの部屋で寝ていーから」
「……ん」
大きな手のひらが、さらりと獄寺の前髪を撫でる。
まどろみながら、獄寺はそうっと瞳を閉じた。