「……で、なんでWデートとかいう話になってるの?」
「だ、だってよ、二人きりでデートなんてどーしたらいーかわかんねーし…」
「何を今さら。二人きりになる機会なんて今までいくらでもあったでしょ?」
「それはアイツがオレのことを男だと思ってて付き合う前だったから…フツーにできたけど……」
獄寺は困り果てた顔で、「頼む」と雲雀に手を合わせた。
上目遣いにそんな風にお願いされては、雲雀としても断りづらい。
いや、これが獄寺以外の人間だったら容赦なく非道なまでに断るのだが、どうも獄寺には甘くなってしまう。
「はあ…わかったよ」
「ほんとかっ!?」
「ディーノの予定がつけば、の話だよ。あの人妙に忙しいから」
「わりーな、恩に着るぜっ!」
「ところで」
「ん?」
「女の子の格好で、って言われたんでしょ。何着ていく気?」
「う゛ーーーん…それが問題なんだよなあ。女物の服なんて持ってねーし、アネキに借りようにも山本とデートだなんて言えねえし…」
ビアンキに知れようものなら、デートを邪魔されるどころか山本を亡き者にしようとするかもしれない。
「仕方ないね、服は風紀委員でなんとかするよ」
日曜日の朝。
獄寺のマンションで用意された服に着替えた獄寺と雲雀は、呆然と鏡の前に立ち尽くしていた。
「恭弥……ほんっとーにこの格好で行くのか…?」
「仕方ないんじゃない?今さら他にどうしようもないし…」
二人が着ているのは、雲雀が風紀副委員長の草壁に頼んで用意してもらった女物だ。
だが、雲雀にとって想定外だったのは、草壁のセンス。
まともに考えれば、草壁の時代錯誤な髪型から予想できそうなものなのだが、その辺雲雀自身も流行とは無縁な人間であるので致し方ない。
それはつまり、ピンクハウス系のフリルやリボンが一杯ついたワンピースだった。
ただでさえ女物を着るのに抵抗のある二人は、お人形のように着飾った自らの姿を鏡で見て何度目かわからない溜め息をつく。
「ぜってーーー引かれる…」
「……そうかもね…」
珍しく雲雀まで遠い目をして、うつろに笑った。
しかし女の格好でデートをするという約束である以上、これで行くしか他にない。
「よお、山本!」
駅前にいる山本を見つけて、ディーノは手を振った。
山本の方もすぐにディーノに気づいて手を振り返してくる。
「おはよーございます、ディーノさん」
「わりーな、ちっと遅れた。恭弥たちはまだか?」
「なんも連絡ねーし、もう来ると思うんですけど…」
そう言って、山本は辺りをきょろきょろと見回した。
「おい、山本、あれ…」
「え?」
ディーノが指差した方に目を向けて、二人は目を見張った。
人ごみの中を、俯き加減に歩いてくる二人の少女。
ひらひらした服を着てまるでお人形のようだが、それはどう見ても雲雀と獄寺だった。
ぽかん、と間抜けな顔で立ち尽くす男二人。
近づいてきた雲雀と獄寺は気まずそうに視線を逸らしながら、それぞれの彼氏の前に立った。
「わ、わりーな、ちょっと遅れた」
「…お待たせ、ディーノ」
黙りこくって何も言わない彼氏たちに、二人は俯いていた顔をそろりと上げる。
「なんだよ、笑いたきゃ笑えよ…っ」
「言っておくけど、僕の趣味じゃないからね。これは…その…」
「「かわいいっっ」」
ぎゅう、と二人は同時に抱きしめられた。
「ちょ、こら離せ!こんなとこでみっともねーだろ!」
「すっげー可愛いよ獄寺!」
「ディーノ、苦しいんだけど」
「くうう〜〜〜、可愛いぜ恭弥っ!」
雲雀と獄寺は顔を見合わせて、苦笑した。
あんまりセンスがいいとは思えないのだが……気に入ったのならまあいいかと肩をすくめる。
「へー、けっこう色々あんだな」
四人は最近出来たばかりのテーマパークへとやって来ていた。
入り口でもらったパンフレットを見て、催し物をチェックする。
「あんま絶叫系のねーじゃん」
「しょーがねえって。ここって確か、おとぎの国がテーマなんだろ?」
ぼやく獄寺をなだめるように、そう言って山本が笑った。
確かに、建物を見てもキャラクターを見てもパーク内全体がファンタジーな雰囲気に包まれている。
そして、フリフリの雲雀と獄寺は妙にこの空間にマッチしていた。
決して本人たちは狙ったわけではないのだが。
いくつかアトラクションを終えた後で、四人はベンチに腰掛ける。
「オレ、なんか飲み物買ってきます」
「オレも行くぜ。持ちきれねーだろ」
山本と獄寺が飲み物を調達しに行ってしまうと、雲雀は思わず息をついた。
慣れないことにいささか疲れたらしい。
こんな風に人と過ごすことなんて、以前の自分なら絶対にあり得ないことだったのに。
「恭弥ーっ!」
と、どこに行っていたのかディーノが浮き浮きした様子で戻ってきた。
その手には、赤や黄色の色とりどりの風船が握られている。
「あっちで配ってたんだ」
「…普通こういうのって、子どもにしかくれないんじゃないの?」
「そっか?挨拶したらくれたぜ?」
そう言って、ディーノは広場の方に顔を向けた。
子どもたちに囲まれて、妖精みたいな服を着た女性が風船を配っている。
彼女はディーノに気づくと、赤くなって小さく頭を下げた。
本人にそのつもりがなくとも、この綺麗な顔で笑いかければ大抵の女は落とされてしまうのだろう。
綺麗すぎるのも考えものだ、と雲雀は息をついた。
「恭弥、これ持ってみて」
「……?」
雲雀は首をかしげながら差し出された風船を受け取った。
と、そんな雲雀を見つめてディーノがしまりの無い顔で笑う。
「へへ、やっぱ可愛いや。風船似合ってるぜ」
「あのねえ、風船なんて子どもが持つものでしょ。またそうやって子ども扱い…」
「子ども扱いなんてしてねえって。女の子扱いしてんだ」
「……もう…」
雲雀は頬を膨らませて、そっぽを向いてしまった。
そんな様をことさら愛しそうに眺めつつ、ディーノは雲雀の横に腰を下ろした。
売り場が込んでいるらしく、山本と獄寺はなかなか戻ってこない。
「ところでさあ」
「何?」
「あの二人、どこまでいってんだ?」
「隼人の様子だとせいぜいキスどまりじゃない?」
「ふーん…」
にやにやと愉快そうな様子のディーノに、雲雀はちょっと顔をしかめ。
「年寄りくさいよ、その反応」
「なっ…そんな言い方ねーだろ!あいつらだってオレにとっちゃ弟分妹分みてーなもんだし、気になるんだって!」
「しばらくは進展しないと思うな。と、言うか…」
そこで言葉を切り、雲雀はうっとりと頬を染める。
「まだ隼人には無垢なままでいてほしいし」
「………なんでそんなに獄寺が好きなんだ…?」
「さあ、なんでだろう」
「ちぇー、ちょっと妬けるぜ」
「ふふ。ごめんね?でも…」
雲雀は拗ねた様子のディーノの頬に手を添えると、その顔をこちらへ向けさせた。
そうして、そのままその唇を塞ぐ。
「僕がこういうことするのは、ディーノだけだから」
「なあなあ、今あの二人キスしなかった!?」
それぞれ両手にジュースを持ち戻ろうとしていた山本と獄寺は、ベンチで待っているディーノと雲雀のキスシーンを目にして足を止めた。
「なっ、何考えてんだアイツら、あんなトコで…っ!」
「えー?でもディーノさんイタリア人だし、あのくらいフツーなんじゃねーの?」
「…っそ、それはそーかもしんねーが…っ!」
自分も半分イタリア人のイタリア育ちなのに関わらず、獄寺はしどろもどろに答えた。
「意外だなー。雲雀って自分からキスとかすんのな」
「けっこうそういうとこ大胆だぜ、アイツ」
そう、パーティーの夜の経緯を獄寺が問いただすと、自分からディーノを誘ったのだと平然とした顔で言ってのけた。
「いいなー…」
「あ?」
ぼそりと言った山本の言葉に、獄寺は顔を向けた。
「雲雀が付き合ってるってのなんかピンとこなかったけど、すっげーラブラブの恋人同士に見えるのな」
「まあ…そーだな…」
そう言ってから、獄寺はふと気がつく。
「てめー、オレに不満があるってんじゃねーだろーな?」
「え!?んなわけねーじゃん!ただホラ、獄寺ってあんまああいう風にしてきてくんねーし…」
慌てふためいているその様がおかしくて、獄寺は笑いをこぼした。
「なーんだ、キスしてほしーんならしてやろーかと思ったのに」
「えええ!?マジで!?獄寺、ほんとにキスしてくれんの!?」
「思った、っつっただけだろ。もー却下だ、却下」
「そんなのねーよ、獄寺からしてくれたことねーのに…っ」
必死な様子で懇願してくる山本。
そんな山本を放って、獄寺はすたすたと歩きだした。
自分からのキスなんて、冗談じゃない。そんなの無理に決まってる。
―――これから先は、わからないけど。
それからテーマパークの中で夕食まですませ、四人は並盛に帰ってきた。
そろそろ解散しようというところで、ディーノが身をかがめて雲雀に耳打ちする。
それに対して、雲雀は小さく頷いた。
「恭弥ー、お前うち寄ってくだろ?着替え置きっぱなしだし…」
と呼びかけた獄寺に対し、雲雀は山本には聞こえないように声を潜めて。
「このままディーノのとこに行くから、預かっておいて」
途端に、獄寺の顔が赤く染まった。
ディーノのとことは、ディーノが泊まっている駅前のホテル。
そこに一緒に行くということは、それはつまり。
「獄寺?どした?」
ひょい、と獄寺の顔を覗きこむ山本。
「ぎゃああっ!」
獄寺は思わずその顔を押しのけた。
「どーしたんだよ、顔真っ赤だぞ?」
「なんでもねえよっ!じゃ、じゃあな、恭弥!行くぞ、山本っ!」
「へ?ああ」
慌しく二人が行ってしまうと、ディーノと雲雀は顔を見合わせて笑い出した。
「ね、あの様子じゃまだまだでしょ?」
「だな。獄寺があんなにオクテだとは…」
しばらくして笑いから立ち直ったディーノは、雲雀の肩を抱く。
「じゃ、行こーぜ」
「うん」