その頃、駅前のホテル。

「うまいか?」
「うん」

雲雀はディーノが滞在しているホテルの最上階のレストランに連れてこられていた。
いったいいくらの料理なのかわからないが、味は悪くない。

夜景が売りなだけあって、店内には20代30代のカップルの姿が目立つ。
ふいに、雲雀は窓に映っている自分たちの姿に目を留めた。

テーブルに向かい合っている、金髪のイタリア男と日本の男子中学生。
どう見ても、自分の姿はこの店に似合っていなかった。
否、この店に―――ではない。目の前のディーノに、自分は似合っていない。
今の自分たちを見て、恋人同士だなんて誰が思うだろう。



「…恭弥?なんか見えんのか?」

ディーノの声に、窓に向けていた顔を戻した。
と、ディーノの側のテーブルの上を見て雲雀は顔を強張らせる。
そこはディーノがこぼした料理で悲惨な状態になっていた。

「…信じらんない」

雲雀が痛む頭を押さえてうな垂れると、それを見てディーノが「どーした!?」と声を上げる。

「ちょっとじっとしてて」

せめて口の周りくらいはキレイにしようと、雲雀はハンカチでディーノの口元を拭った。

「あなたって、子どもみたいなんだから」
「…わり」
「いいよ、別に。あなたがもっと大人だったら、僕…追いつけないし」

そう自分で言った言葉に、かすかな胸の痛みを覚える。
と、雲雀は目を丸くして自分を見つめているディーノに気がついた。

「どうかした?」
「いや…恭弥でもそーいうこと考えるんだなって、びっくりしてよ。なんか恭弥って、年齢とか超越してる感じすっし…」

ディーノの言葉に、雲雀は眉をひそめた。

「……それ、褒めてるの?」
「褒めてんだぜー。年齢的にはオレは恭弥より上だけどよ、オレよりすげぇ部分たくさんあるだろ?」
「それはあなたがへなちょこだからでしょ」
「はは、そー言われちまうと言い返せねーけど…」











「チケットある?パスポートは?」
「だいじょーぶだって。ちょっとは信頼してくれよ〜」

空港のロビーに着いた二人は、フライトまでの時間を過ごしていた。
昨日の夜日本に着いたばかりのディーノは、今夜の飛行機でイタリアに帰らねばならない。

「それより、今日はサンキュな。会えて嬉しかったぜ」
「別に…このくらい…」

迎えに来てもらっておごってもらってお礼を言われるというのも、変な感じだった。

「またすぐ会いに来るから。待っててくれな?」

そう言って、ディーノは雲雀の頭を撫でる。

「ちょっと、子どもじゃないんだから…」
「っと、ワリいワリい」

ディーノは慌てて雲雀の頭から手を離した。

「ほら、そろそろ入らないと」
「あ、いけね。じゃ、恭弥、また電話すっから」
「うん…」

ディーノが入る準備をするのを眺めながら、雲雀はぼんやりと頷いた。

普通の恋人同士なら、こういう時どうするんだろう。
抱き合って、キスをして、「気をつけて」とか言うんだろうか。

けれど、女にすら見えない僕がそんなことをしたって―――。



「恭弥」

名前を呼ばれると、すぐ間近にディーノの顔。
そして次の瞬間、唇が重ねられた。
恋人同士の情熱的なキスとは程遠い、軽く触れ合わせるだけのキス。
遠慮がちなその唇は、瞬く間に離れていってしまった。

「元気でな」

優しくそう言って、ディーノが背を向ける。

「待って!」

雲雀は歩き出したその背中に飛びつくように、腕を回してしがみついた。
瞬間、ディーノが息を呑む。

「……気を、つけてね」

ディーノにしか聞こえないような小さな声で、雲雀はそっと呟いた。

きっと周りからは自分たちは滑稽に見えているだろう。
男同士で、大人と子どもで、どこもかしこも釣り合っていなくて。
それでも、いい。
好きだという、その事実だけで。

「サンキュ」

ディーノは小さくそう答え、雲雀の手に自分の手を重ねた。
離したくなどないのに、搭乗開始を告げるアナウンスが非情にもロビーに響く。

ディーノの手を振り払うようにしてその背中から離れると、雲雀は両手でその背中を押した。

「行って」
「…ああ。じゃ、またな」

今度こそ本当にディーノが入っていってしまうと、雲雀はくるりと踵を返した。

しがみついた背中の広さも、重ねられた手の大きさも、すべて自分とは違うものだった。
頼りないなんて、思えるはずも無い。
たとえ運動神経がにぶくたって、食べるのが下手くそだったって。
それでも、僕が好きなのはあの人だ。













「ボス!やっと来たか!」

先に搭乗していたロマーリオは、ギリギリになって隣の座席にやって来たディーノを見てほっと息をついた。

「恭弥は変わりなかったのか?」
「ん?ああ……いや、変わったかもな」
「ほう?」
「前よりもっと可愛くなった」

そう言って、ディーノはしまりの無い顔で笑った。

「やれやれ、ノロケかよ…」
「へへっ、まーな」
「恭弥は可愛いというより、綺麗ってタイプじゃねえのか?」
「わかってねーなあ、ロマーリオ。綺麗ってのも確かだけど、可愛いのが恭弥の魅力なんだって!」
「ふーん…」

と、ディーノは自分の手のひらを見つめ。

「にしても、恭弥ってきゃしゃだよなあ。手も小せえし」
「日本人の子どもなんて皆そんなもんじゃねえのか?」
「うーん。そーかもしんねーけどさー…」

困惑気味に首をひねるディーノ。あの小さくて細い体のどこに戦う力があるのか、まったくもって謎である。

「しっかし、あの小さかったディーノ坊ちゃんに恋人とはなあ…」
「って、いつの話だよ…」
「天国の9代目にも知らせてやりてえぜ」

そう言いながら、ロマーリオはしみじみと頷いている。

「ったく…。それより、これからの予定はどーなってる?」
「わりーな、まだ当分忙しいぜ。特に来週はボンゴレ本部でパーティーもあるしな」
「あ、もうそんな時期か」
「ああ」
「ツナたちどーすんのかなー。リボーンに聞いてみっか」

ひょっとしたら、イタリアの地で可愛い恋人に会えるかもしれない。
ささやかな希望を込めて、ディーノはそう思った。

 


次からパーティー編入ります。舞台はボンゴレ本部。
本部といっても9代目もヴァリアーも出てきませんが。
(2007.9.14UP)

 

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