それが愛だとしたら

 

山本が彼女と別れた。






二年の三学期が終わりに近づいた頃、山本は同じ野球部のマネージャーだとかいう女子と付き合い始めた。

その女は男子にも女子にも人気があり、顔立ちも可愛い部類に入る方で、似た者カップルというか…妬みや冷やかしはありつつも、お似合いだとみんなが思っていたようだった。





そんな中、10代目のお部屋で宿題をやっている最中に突然、山本のバカが切り出したのだ。

「実はオレ、彼女と別れたんだ」と。

オレもそれなりに驚いたけど10代目の驚きようといったらすごくて、気遣うように山本に事情を尋ねたりしていた。
10代目がおっしゃりたいことはわかる。
ご自分の―――ボンゴレのせいではないかと思っておられるのだ。

10代目がXANXUSとの戦いに勝って、正式にボンゴレの後継者と認められた直後から、オレたちは日常の中に表の世界と裏の世界を同居させるようになった。
普通の中学生らしく学校に通う往路でさえ、ひとたびヒットマンに出くわせば生死を賭けて戦わねばならない。
10代目の存在がマフィア社会で周知の事実となった以上、その首を狙う者はいくらでもいて。

―――そして、オレや山本はその守護者なのだから。









「おめー、なんで別れたんだ?」

10代目のお宅を辞去した後で、オレは前を見据えたまま、後ろを歩く山本に問いかけた。
コイツは結局、10代目がどんなに聞いても彼女と別れた理由についてはっきり言わなかった。
ただ、自分の責任だ、とだけ繰り返して。

「珍しー。獄寺、気になんの?」
「ちげーよ。10代目に余計な心配かけさせんなっつってんだ」
「あー…そだな。それは確かにそーなのな」

苦笑交じりにそう言ってから、「でも」と短く言葉を切る。

「さっきも言ったけど、別にツナは関係ねーから」
「けっ!理由も言えねーくせに関係ないって言われたって信じられっかよ」

すると、山本はしばらく考え込んでから。

「…理由、聞きたい?」

そう、窺うように問いかけてきた。

「言うんならオレにじゃなくて10代目に言って差し上げろ!」

怒鳴りながら振り返ると、予想外に山本は真剣な顔をしていて。

「獄寺に聞いてほしーんだ」

そう言った表情は、何か覚悟を決めたように見えた。
女と別れた理由を言うくらいで大げさすぎるだろ、とは思ったけれど言葉には出さずに、代わりに舌打ちして顔を前に戻す。






山本はオレの真横まで足を進めると、肩を並べて「オレな」と静かな口調で話し出した。

「怪我、絶えねーのな」
「…そーだな」

そんなの、よく知っている。
今ではその大半が野球の練習のせいではなく、裏側の事情によるものだということも。

「で、彼女に言われたんだ。心配だからあんまり怪我しないでって」
「まあ、そりゃそーだろーな」

だから女は嫌いなのだ。
男に対して、泣いてすがることしかできない。

「で、心配させたくねーから別れるのか?」

お優しいコイツの考えそうなことだと、思った。
けれどコイツは、寂しそうな顔で首を振り。

「違うんだ、その逆」
「?」
「心配できねーから別れんだ」
「何だ、ソレ」
「あのな、もしオレと彼女が逆の立場だったらどーかなって考えてみたのな。彼女がしょっちゅう怪我したり危ないことしてたらどーなのかなって。………そしたら、気づいたんだ。オレは、彼女がどんな目にあっても、心から心配したり悲しんだりすることはないって」

あまりにも周りのイメージするコイツとはかけ離れたセリフに、オレは目を白黒させて立ち尽くした。

てめぇの女を心配もしないし悲しくもないって?
なんだなんだ、その血も涙もない発言は!

……山本の、くせに。

「だからな、オレ彼女と別れ……」
「ふざけてんじゃねえぞ!」

怒りをこめた声で叫ぶと、山本がびっくりした目をこちらに向けた。

「いーか、マフィアってのは仲間や家族を大事に思うもんだ!てめぇの恋人も大事に思えねぇよーなヤツをファミリーの一員として認められっかよ!!」

一気にまくし立てたオレを見つめて、急に山本が顔をゆがめる。
山本の手が、強い力でオレの肩を掴んだ。

「違う!違うって、獄寺!オレはただ…ッ」

怖いくらい真剣な瞳で、山本はオレを見つめて。



「獄寺が、好きなだけなんだ……!」



搾り出すような声で、自らの罪を告白するかのようにそう叫んだ。



―――今、コイツはなんて言った?オレを好きだって?

…冗談キツイだろ。
山本の付き合ってた女とオレじゃ、似ても似つかねぇじゃねーか。
なんであの女と別れてオレなんだよ…。

オレがぐるぐると思考を巡らせている間にも、山本の告白は続く。

「オレ、獄寺になんかあったらすげー心配で苦しくなる。けど、彼女にはそーいうの全然ねえんだ。それってやっぱ…彼女じゃなくて獄寺を好きなんだってことだろ?」

……そういうもんだろうか。
そもそもそこで、男のオレを比較対象にする時点でおかしくないか?
それとも、山本の中でオレって存在は―――。

オレは視線を上向け、山本の目を見つめ返した。

「お前、オレに欲情すんの?」
「えっっ!??あ、や、えっと、そのっっ」

山本の顔が赤く染まり、明らかに狼狽しだす。
いーからとっととイエスかノーで返事しやがれコノヤロウ。

「よ、欲情するって言ったら……気持ち…悪いか?」

そろそろと、窺うように山本は問いかけてきた。

「気持ち悪いに決まってんだろ」

ズバリと答えると、山本は「やっぱそーだよな…」とうな垂れる。
結局のところ、欲情してるということなんだろうな。





うな垂れたままの山本にしびれを切らし、勢い良くその足を蹴り飛ばした。
声にならない声を上げ、山本が足を抱えてうずくまる。
その姿を上から見下ろし、オレは口を開いた。

「知らねーうちに欲情されてたら気持ち悪いに決まってんだろーが。隠れてンなことしてんじゃねーよ」

すると、山本はぴくりと顔を上げ、「隠れてなかったらいーの?」と問いかけてくる。

「……別に、気持ち悪くはねー」
「それって、オレ、獄寺を好きでいてもいーってことなのな?」

さっきまではこの世の終わりのような顔をしていたくせに、その顔があんまりにも嬉しそうで。
オレは胸に甘い疼きを感じつつも、ふいと顔を逸らす。

「好きにしろ…ッ」

精一杯の強がりを込めて、少し上ずった声でそう言った。

ここで「ダメだ」と突っぱねてしまえなかった時点で、オレの負けかもしれない。
見ろ、山本の顔がバカみたいに緩んでやがる。



―――勝負、あったか?

 


獄寺の方はノーマルで山→獄のつもりでしたが…ん?終わってみると獄もまんざらでなさそうな…。
ていうかもう両思いじゃねえかコレ。あいた…!
(2007.5.27UP)

 

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