熱視線

 

「てめー、何勝手に撮ってんだよ」

そう言って襟首を掴むと、新聞部の男子はカメラを構えたまま「ひっ」と小さく声を上げた。

「す、すいません、ごめんなさい!」
「オレの写真なんかどーする気だ?ああ?」
「そ、そのう……女子に高く売れるんで、部費稼ぎに……」

呆れた息をついて新聞部から手を離すと、代わりにそいつのカメラを奪い取った。
躊躇わずに中のフィルムを引っ張り出す。

「おらよ、これは返してやらー」

空になったカメラを新聞部の手に戻すと、思いっきり凄みを込めて睨む。

「もー二度と隠し撮りなんてすんじゃねーぞ」
「ひいいっ!ごめんなさーーーい!」

真っ青になって両手を挙げ、新聞部は一目散に逃げていった。
その拍子にやつのポケットから落っこちた何かが、そのまま廊下に残される。

「なんだこりゃ、アルバムか?」

それは写真屋でおまけに貰うような、ミニサイズの薄っぺらいアルバムだった。
何の気なしに、中を見る。
差し込まれた写真に写っているのは、見慣れた人間だった。

野球バカ。いつの間にか、傍にいるのが当たり前になっていたヤツ。

「…んだよ、これ……」

そこに写っているのは確かに山本で。
その視線が違うところを向いていることから、隠し撮りなのは明らかで。
けれど、問題はそんなことじゃなかった。

「見たことねぇよ、こんな顔…っ」

いつもの無邪気な笑顔じゃない。
例えるなら、リボーンさんを見る時の姉キと同じ。
そう、これは恋しい者を見る時の顔だ。

あの山本が恋をしている?
こんな顔で誰かを熱心に見つめている?

いつの間にかアルバムに皺ができるほど力を込めていたのに気づいて、手の力を緩めた。

「…はっ、関係ねーよ。なに動揺してんだ、オレは…」

あいつが誰を好きだろうと、それで10代目を中心としたオレたち3人の関係が変わるわけじゃない。



「獄寺くん、何してるの?」



「わああっ!!?」
「えっ!?わあっ!!」

オレが慌てて声を上げると、すぐ後ろからも声が上がった。
振り向いて、後ろで目を丸くしている10代目に勢いよく頭を下げる。

「す、すいません10代目!驚かせてしまって!!」
「あ、い、いや、いいよ。元はと言えばオレが驚かせたんだし…。それより、落としたよ」

そう言うと、10代目はオレが落っことしたアルバムを拾った。

「あ、それは…っ」
「あれ?これ…山本?」
「違うんです!それは新聞部のヤローが落としていったんで…」
「あ、これこないだのだ」
「けっしてオレが隠し撮りしたとかゆーわけじゃ……へ?」

弁明に必死になっていたオレは、10代目の言葉にきょとんとした。

「こないだの、って…その写真がいつのかわかるんスか?」
「うん。だってこれこの廊下でしょ。間違いないと思うよ」

言われてみれば、確かに写真を撮られたのはこの廊下であるらしかった。
写真の中の山本は、廊下の窓から外を見ている。
その視線の方向にあるのは―――。

顔を向けると、窓の外にはちょうど校門が見えていた。

「先週の金曜日だったかな?獄寺くん、遅刻してきたでしょ。オレと山本がここを通りかかった時、ちょうど獄寺くんが校門から歩いてくるのが見えたんだよね。その時のだよ」
「……………」
「獄寺くん?」

えーーーと……てことは何だ?
山本の視線の先にいるのは………。

「獄寺くんてば、どーしたの?大丈夫?」



―――オレ?



「ツナー!獄寺ー!んなとこで何やってんだ?」
「あ、山本!獄寺くんが変なんだよ〜!」

顔を向けると、こちらに歩いてくる山本と目が合う。
その途端、体中の血液が沸き立った。

「ん〜?獄寺、お前顔赤くねえ?」

山本の手がオレの顔に伸びてくる。オレは慌てて身を翻した。

「近寄んじゃねーーー!!」
「え!?おい、獄寺!?」

山本が呼ぶけれど、オレはただ山本から遠ざかろうと、がむしゃらに廊下を走った。









だが。

「なんで逃げんだよー?」

野球部のエースはぴったりとオレの後ろにつき、余裕の表情でそう問いかけてきた。

「ついてくんな、テメーは!」
「だって獄寺が逃げっから」
「いーから来んなって言ってんだよ!」
「あ!獄寺、そこ階段…っ!」

山本の忠告も一足遅く、前を見ずに走っていたオレは、階段で足を踏み外した。

「わ!!?」
「獄寺っ!!」

山本の腕が、後ろからオレの体を掴む。
そのまま引き寄せられ、オレと山本は揃って尻餅をついた。

「ふー…なんとかセーフだな」

山本の腕はしっかりとオレの体を捕まえたまま。
こんなにぴったりと密着していたら、心臓破裂しそうなのばれるかもしれない。

「で、なんで逃げたんだ?」
「………それは、その、お前が…」
「オレが?」
「オレを…」
「獄寺を?」

しどろもどろになりながら、そこでふと思う。
元はといえば、山本があんな顔でこっそりオレのこと見てるからいけないんじゃねーのか。

オレは顔だけ山本に向けて、その顔を睨みつけた。

「てめーがエロい目で見てっからわりーんだ!」
「…は?」
「知らないうちにあんな目で見られてるオレの身にもなってみろ!」
「獄寺?話が見えねーんだけど…」
「だから…っ」

そこで山本の襟を掴み、視線を下に向ける。

「好きなら好きって言えよ…!」

言ってしまった。ドクドクと、心臓がうるさい。山本の顔が見れない。

しばらくの沈黙の後で、山本の声が頭上から聞こえてきた。

「言っていーんだな?」

その言葉にびくりとして、それから無言で頷く。

「そっか…」

ほっとしたような、声。それから。

「好きだ、獄寺」

思わず顔を上げると、山本は照れくさそうに苦笑していた。

「ばれてないと思ったんだけどな〜。なんでばれたんだろーな?」
「…ばぁか、決まってるだろ」

ふ、と笑みを漏らし、襟を引っ張って山本の顔を引き寄せる。
かすめるようなキスの後で、その顔を見つめて口を開いた。

「オレだって、お前のこと好きなんだぜ?」

 


知らぬ間に目で犯されていたという話(え)
学校の廊下なんかで告白してたらまた新聞部のいいカモだと思うよ。
(2007.4.7UP)

 

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