自覚

 

商店街の店先で、親の服を掴み我侭に泣き喚く子ども。
自分は、幼い頃からどこか冷めた目でそれを見ていた。

好きなだけ野球ができればそれだけで満足だったし、オヤジと二人の生活は楽しくて、母がいないことを特に寂しいと感じたこともなかった。

だから、初めてだったんだ。

オヤジと野球以外で、こんなに何かに執着したのは。











「帰んの?」

オレが寝転んだまま呟くと、出て行こうとしていた相手はこちらへ振り返った。

「なんだ、起きてたのかよ」

獄寺はそう言って腰を据え、ポケットから煙草を取り出す。オレは体を起こして、獄寺と向かい合うように胡坐をかいた。

「黙って帰んなよ」
「寝ちまってるほーが悪ぃんだろ。もう日も暮れるしよ…」
「だから晩飯食ってけっていつも言ってんだろー」
「けっ、冗談じゃねー」

煙草を咥えて、獄寺は顔を背けた。

「てめーんとこの家族団らんに割り込むほど図々しくねーんだよ。大体、男友達が毎日上がりこんでメシまで食ってたら変だろが」
「変か?」
「あー、変だ。オレはてめーの彼女じゃねーんだ」

彼女、ねえ…。
確かに、獄寺が女だったらそんなくくりで済んでいたのだろう。
けれど現実にオレたちは男同士で、オヤジは獄寺をオレの友だちだと思っている。

「じゃ、オレ帰っから」

獄寺がすっくと立ち上がった。オレも弾かれたように立ち上がり、その後ろ姿を追いかける。

「獄寺!」

くんっ、とシャツの裾を掴むと、獄寺が足を止めた。

「……あ…」

自分の手を見つめて、ぽかんとする。
それから、もう一方の手を伸ばすと獄寺の肩を引いて部屋の中に引き戻した。
獄寺の口から煙草が落ちるけれど、気にしないことにする。

「てめっ、何す…」

わめく獄寺の唇に自分の唇を押し当て、そのまま口づけた。身を固くした獄寺を、両腕でしっかりと抱きしめる。

「……っぷは!…っや、やめろ!」

腕の中でもがく獄寺をさらに閉じ込めもう一度口づけようとすると、獄寺は真っ赤な顔で怒りも露わに怒鳴った。

「やめろって言ってんだろーが!!オレを女の代わりにすんじゃねー!!」
「代わりだなんて思ってねぇよ」
「…え」
「お前にしかこんなことしねー」

ぽかんとして、獄寺はオレの顔を見上げた。

「何マジなこと言ってんだよ。お前らしくねえ…」
「だな」

そう言って、笑いを零す。けれど、すぐに真剣な顔に戻した。

「好きなんだ、獄寺」
「………んだよ、それ。オレなんかのどこが…」

獄寺は耳まで赤くなって、顔を逸らす。

「うーん…どこだろうなー。オレにもよくわかんね」
「っざけんな!いー加減なこと言ってんじゃねーぞ!」

わめいている獄寺の髪を、なだめるようにそっと撫でる。

「言ってることはいー加減かもしんねえけど…でも、気持ちはマジだから」
「………!」

獄寺はいったん言葉につまり、それからオレを突き飛ばして顔を背ける。

「オレはてめーのことなんか大嫌いだ!」
「…言うと思った」

ハハハと笑うと、獄寺は「笑ってんじゃねー!」と振り向いて怒鳴ってきた。

「何でそんな平気そうなんだよ!」
「だって、本心じゃねーんだろ?」
「………」

獄寺が口をつぐんでしまったので、ちょっとばかし不安がよぎる。

「え、ひょっとしてマジにオレのこと嫌い?」

そう問いかけると、獄寺がはじかれたように顔を上げた。

「ちがっ…」

言いかけて、獄寺は慌てて口を塞ぐ。

「獄寺」

嬉しくって、つい声が弾んだ。
獄寺はあからさまに動揺して、顔の前でぶんぶんと手を振っている。

「ち、違ぇぞ!違うからな!俺はお前のことなんか好きじゃねー!!」
「うん」

やべえ、たぶん今すっげー顔緩んでる。

「わかってねーだろテメェ!」
「わかってるよ、お前のことなら何でも」
「〜〜〜〜っ」

獄寺は返す言葉も無いのか、顔を真っ赤に染めて見つめ返してくる。
手を伸ばしてその体を引き寄せると、獄寺がわずかに身を震わせた。

「…もっかい、キスしていーか?」

そう言って顎を捉え、顔を上向けさせると、獄寺は泣き出さんばかりの顔で見上げてきた。

「そんな顔すんなって」

苦笑しながら前髪をくしゃりと撫でると、獄寺はオレの体を押しのけて俯いてしまった。
そうして、絞り出すような声で叫ぶ。

「なんでお前の方がオレのことわかってんだよ…!お前が言わなきゃ気づかずに済んだんだぞ…!?」



―――お前のこと、好きだなんて。



後の言葉は消え入りそうに小さかったけれど、確かにオレの耳に届いた。

「…ホントはさ」

ぎりぎりのところで理性を保ちつつ、口を開く。

「打ち明けるつもりなんかなかったんだぜ。でもやっぱ、そーいうふうにセーブできるもんじゃねーだろ?キスしたいとか、抱きしめたいとか…」

熱でもあるんじゃないかと心配になるくらいぽやっとした顔で、獄寺はオレの顔を見つめている。
と、唐突に獄寺が腕を伸ばしてきた。オレの首に細い腕が絡み、そのまま顔が近づいてくる。

ほんの数秒の、獄寺からのキス。

「獄寺、今の…」

オレが目を丸くしていると、獄寺は視線を逸らして口を開く。

「…したくなったんだよ、悪ぃか?」
「……いいや」

くすぐったいような気持ちで、オレは逃がさないようにと獄寺を腕の中に包み込んだ。
そうして、今度はたっぷりと長い口付けを交わす。




腕の中の獄寺はまだ少し震えていたけれど、それでも逃げずにいてくれた。
たぶんこれが獄寺なりの精一杯なんだろう。
そう考えると嬉しくなって、心の中が満たされていく。

他の事なんて忘れていよう。今はこうしているだけで、幸せだから。

 


なんか…青臭い春を暴走してる感じの話に。
恥ず…!ああもう恥ずかしいよこの子ら!ていうか書いてる私が恥ずかしい!!
獄寺くんが妙に乙女になったな…。
山本は生まれながらに口説きのテクを身に着けてると思う。だって顔からしてエロくさ…(黙れ)
(2007.2.18UP)

 

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