cry for you

 

その日も、山本は「おはよー」と元気に教室に入ってきて。
授業中はいつもどおり居眠りして。
体育の授業はいつもどおり大活躍で。

そして今、休み時間も別段いつもと変わったところなく、クラスの連中と他愛のないおしゃべりをしている。

教室の隅で、ツナと獄寺はそんな山本の姿を眺めていた。
ツナはどことなく不安げに、獄寺は訝しげに眉をしかめて。

「なんなんスかね、あのヤロー」
「獄寺くんも、気づいた?」
「今日全然笑ってないじゃないですか」
「うん、そうだね…」

いつもは、まるで太陽のように笑う少年。
今日の彼は、見かけこそ笑っているけれど、その実まったく笑っていない。
もっとも、獄寺の目には明らかにわかるその違いが、クラスの連中にはわからないらしい。(ツナは超直感であっさり見抜いたようだが)







「あれ?」

部活を終えて帰宅しようとした山本は、靴箱のところに立っている相手を見て目を丸くした。
タバコをくわえた獄寺が、行く手を塞ぐようにそこにいた。

「こんな時間まで何やってんだ?」
「テメーを待ってた」
「珍しいこともあるもんだなー」

笑いながら、山本は靴を履き替える。

「今日、どーいう日なんだ?」

その動作を眺めながら獄寺が問いかけると、しゃがんで靴紐を結んでいた山本の手が止まった。
顔を上げた山本に、先ほどまでの笑顔はない。

「なんで?」

感情を殺したかのような表情で、そう獄寺に問いかける。

「今日、ずっと陰気な顔してたからよ」
「…そっか、獄寺にはわかっちまうのな」

山本は立ち上がると、獄寺と向かい合った。

「歩きながら、話そっか」








「お、もー月が出てら」

空に輝き始めた月を眺め、その体勢のまま山本は言葉を続ける。

「今日さー、オレの誕生日なのな」
「…は?」

横を歩く山本の言葉に、獄寺は加えていたタバコを落として間抜けな声で問い返した。

「だから、誕生日。4月24日生まれなんだ、オレ」
「ちょっと待てよ、誕生日なら嬉しいはずだろーが」
「…うん、そーなんだけどさ」

山本の表情が翳った。
その深刻な様子に、思わず獄寺も神妙な表情で息を呑む。

「な、なんだよ急に辛気くせぇ顔しやがって!誕生日になんかあんのかよ!?テメェの母親の命日とでも言うんじゃねーだろーな!?」

その途端、はっとした表情で、山本が獄寺に目を向けた。
その反応に、言った獄寺の方もびくっとして動きを止める。

「すっげーな、ほんとにオレのことなんでもわかるのな」
「て…おい、マジで…」
「命日ってワケじゃねーけど。おふくろが死んだのはオレを産んでからしばらく後だから」

獄寺の胸がずきりと痛む。それは、山本が初めて見せるさびしそうな笑顔だった。

「もともと体の弱い人だったらしくてさ…。オレを産むのも周りに反対されてたって。だから、オレを産まなければまだ生きてたかもって思っちまうと、どーしてもこう…やりきれねーよな」

ハハ、と山本の空虚な笑いが街頭に照らされた夜道に響く。

「…そのことで、誰かてめぇを責めんのかよ」
「まさか!」

山本はふるふると首を振った。

「親父は一度もオレのせいだなんて言わねえ。寧ろ、おふくろがいない分も親として頑張ってくれてんだ」
「なら、なんも気負うことねーだろ」
「頭ではわかってんだぜ。けど…毎日が幸せだから」

山本の言葉に、獄寺は眉をひそめた。

「おふくろも生きてたら、まだ幸せな時間を過ごすことができたんじゃねーかなって。なんかその分の幸せを、オレが全部取っちまった気がしてさ…」

次の瞬間、獄寺の足が山本の体を蹴り飛ばした。

「おわっ!!?な、何すんだよ獄寺っ!!?」
「うっせ。ぐだぐだらしくねーこと言ってんじゃねーよ」

山本の胸倉を掴み、獄寺はその顔を睨み上げた。

「てめぇは今幸せなんだろーが」
「え?ああ…うん」
「ならてめぇの母親も幸せだぞ」
「え…」
「そんなもんだろ?母親ってのはよ」

ぽかんとして、山本は獄寺の顔を見つめている。

「おい、聞いてんのか?」

問いかけた次の瞬間、ぎゅうと山本の腕が獄寺を抱きしめた。

「おわ!!」
「獄寺、大好き」
「は!?」
「すんげー好き…」
「って待てこら落ち着け!とりあえず離れろ!!」
「やだ、離さねぇ」
「ガキかてめぇは!!」

ぎゅうぎゅうと抱きしめられ、獄寺の顔が赤く染まる。
日は落ちているとはいえ大通りの真ん中。こんなところ誰かに見られたら―――。

「獄寺は、今幸せ?」
「何だよ、それ」
「獄寺が幸せじゃなかったら、オレ幸せじゃないし」
「意味わかんねー。っつか離せって」
「だって獄寺にここにいてほしーし」

せがむように言われて、獄寺は小さく息をついた。

「別にオレはどこも行かねーよ」
「本当に?」
「ああ。明日も明後日も…その先も、どーせまた一緒にいるんだろ」

ふ、と山本の腕の力が緩んだ。目元を赤く染めて、山本は獄寺を見つめる。

「獄寺がいないとオレ、ダメみたい…」
「情けねーこと言うんじゃねー」
「ひてて!」

ぎゅうと鼻をつままれて、山本が声を上げる。

「ったく…しょーがねーから傍にいてやる」
「ずっと?」
「テメーがしっかりしねーうちはずっとだ!」
「じゃあ、一生傍にいてくんねーかな」
「は?…って、プロポーズかよ…」
「うん、そのつもりなのな!」

引きつっている獄寺に対して、満面の笑みで山本は頷く。

「ったく…母親の代わりかと思ったら今度は嫁か?」
「あ、いーなそれ。獄寺が嫁って」
「よくねえ!」

苛立った様子で言って、獄寺はぱっと山本から離れた。

「じゃ、オレこっちだから」

そうしてそのまま自分の家に帰ろうとすると、捨てられた子犬のような顔で山本が自分を見つめてくる。

「………帰りづれーだろが、このヤロ…」

うんざりした様子で頭を掻きながら、ふいに思い出して獄寺は「ああ」と手を叩いた。

「そーいや言ってなかったな。誕生日おめでとう」
「へ?あ…ああ、サンキュ」

一瞬ぽかんとする山本の襟を掴んで、獄寺はその顔を引き寄せた。
ちゅ、と軽く音を立てて口づける。子どもをあやすかのような、優しいキス。

「ご、く…でら…?」
「お休みのキスだ、バーカ」

とん、と山本の体を押して、獄寺は綺麗に笑む。
その後姿が夜道に消えてしまうと、山本は口を手で覆いへなへなとしゃがみこんだ。







ああ、転がり落ちていく。











君に。

 


山本母はお亡くなりになってると思うので勝手に捏造設定。
まさか離婚じゃないだろう…山本家は。
どっちかってーと山獄は山本が獄寺くんをなだめて甘やかしてーってイメージなんですが今回は逆の関係で。(でも獄山ではなく山獄だと言い張りたい…)(ついでに言うとツナは獄寺がいるから何もしてないだけで、ちゃんと山本のこと心配してます)
なんか山本が情けなくなったな。そして獄寺くんはお母さんになった…(えー)
(2007.4.24UP)

 

BACK

inserted by FC2 system