失うこと

 

病室のドアがノックされて、ディーノは顔を向けた。
入ってきた二人組の見舞い客を見て、その顔に笑みを浮かべる。

「よお、来てくれたのか」
「へへ。これ、見舞いの果物っす」

黒髪の方の青年は、そう言って爽やかに笑った。
その横では灰色の髪の青年が無愛想な顔で煙草をふかしている。

「おい獄寺、病院の中ではやめとけよ」
「ちっ」

獄寺と呼ばれた彼は相棒の山本に言われてしぶしぶ煙草を消すと、ディーノに目を向けた。

「悪かったな、今回は。うちのファミリーの不手際だ」
「いや…ボンゴレのせいじゃねえよ。それに、あの状況じゃあ自分とこのボスを守るのが優先に決まってる」

先週、ボンゴレ10代目の沢田綱吉やその幹部たちと行動をともにしていた時、対立しているファミリーの連中が綱吉とディーノを狙ってきた。
幸い誰も大事にはいたらなかったものの、運悪く流れ弾に当たってしまったのが、部下なしで行動していたディーノである。

「他のやつらはどうだ?元気にしてっか?」
「みんな元気っすよ。ツナも時間が取れたら来るって言ってました」
「10代目はお忙しいからな」
「そーか。恭弥はどうしてる?」

ディーノが元教え子の名を口にすると、山本と獄寺は顔を見合わせた。

「来てないんですか?」
「へ?」
「ヒバリのやつ最近姿が見えねーんだ。てっきり跳ね馬んとこかと…」
「恭弥が?」

ディーノの顔が曇った。

「まー、あいつが姿を消すのはいつものことだし、そのうちふらりと出てくんじゃないっすか?」








獄寺と山本が帰っていくと、ディーノはベッドに仰向けに寝転がった。

あの時、自分とツナが同時に発砲された時。
恭弥には片方しか守れなかった。
そして、恭弥はツナの方を守った。
それは正しい。あいつもボンゴレの幹部の一人。
もしあそこでツナを放って自分の方を助けたりすれば、俺はあいつを許さなかっただろう。

けれど、それ以後恭弥と連絡がつかなくなっている。
元々携帯を持っていても掴まらないことが多いヤツではあったけれど、そのタイミングが気がかりだ。
もしも、ツナの方を助けたことを気にしているのなら―――。

ディーノは枕元に置いてあった携帯電話を手に取ると、雲雀の携帯番号を押した。
そして呼び出し音に耳を澄ませていると―――。

『緑たなびく並盛の〜〜〜♪』

ふいに、窓の外から聞き覚えのある着ウタが聞こえてきた。

「恭弥!!?」

ガラリと窓を開けると、すぐ傍の木の上で鳴り出した携帯電話を手に慌てふためいている雲雀の姿。
雲雀はディーノと目が合うと、気まずそうに視線を逸らした。

ディーノは苦笑して、雲雀に手を伸ばす。

「来いよ」

雲雀はその手を掴もうとしかけて、躊躇した。

「痛むんじゃないの?」
「かすり傷だ。大したことねぇよ」

雲雀はディーノの手に掴まり、軽い身のこなしで病室の中に降り立った。

「どーして窓の外なんかに?」
「………」
「ツナの方を守ったこと、気にしてんのか?」

雲雀は小さく首を振った。

「もしもあなたの方を守ったら、あなたは僕を許さなかったでしょう?」
「ああ」
「あなたが死んでしまうことより、あなたが僕を嫌うことの方が嫌だった。あなたには、僕を好きなまま死んでほしい」
「…そっか」
「でも」

そこで雲雀は言葉を切った。ディーノのパジャマの裾を掴み、ぎゅうと力を込める。

「……怖かったよ」

消え去りそうな声で呟いて、雲雀はディーノの胸に顔をうずめた。



自分は後悔などしたことないし、しないように思うままに生きてきた。
そのはずなのに、その時確かに、自分は後悔した。
―――沢田とディーノ、二人同時に守る力が自分に無いことを。そのせいで、この人を失うかもしれないことを。



「あなたが撃たれた瞬間、世界が終わったかと思った。あなたがいなきゃ、僕はもう生きていかれない……」
「……恭弥…」

ディーノは雲雀の背中に腕を回し、優しく抱きしめた。

「じゃあ、死ぬ時は一緒だな」

すると、雲雀ははじかれたように顔を上げ、瞳を見開いてディーノの顔を見つめた。
その顔を朱に染めると、雲雀はふいっと視線を逸らす。

「何ソレ。軽々しくそんな約束していーの?仮にもあなたは…」
「キャバッローネのボスとしては生き続けても、ディーノとしては死ぬってことさ。恭弥に惚れてるのはマフィアのボスじゃなくてただのディーノだからな」

雲雀は視線を戻し、じっとディーノの瞳を覗き込んだ。

「…本当に?ディーノとしての命は、僕にくれるの?」
「ああ」

すると、雲雀はふわりと柔らかく笑んだ。

「じゃあ、交換だね。僕の命と、あなたの命」
「うーん…半分この方が合ってるか?」
「どっちでもいいよ」

そう言って笑い合い、どちらからともなく唇を重ねた。










小一時間後。

「えーーー!?面会謝絶!?」
「シッ!ボンゴレ10代目、お静かに!」

真っ青になって声を上げたツナは、ロマーリオに注意されて口をふさいだ。
ロマーリオは病室のドアの前に立ったまま、しきりに中の様子を気にしている。

「ディーノさんの怪我、そんなに酷いんですか?」
「いえ、来週には退院できますぜ」
「じゃあ、なんで…」

声を潜めながら、ツナは中からかすかにもれ聞こえる物音に表情を固めた。

「やっぱりここにいたんだ……」

行方知れずだった部下の居所を察して、ツナは息をつきながら肩を落とす。
これは確かに、面会謝絶だ。馬に蹴られたくなければ―――である。

でも、まあ、良かった―――。

くすりと笑って、ツナは見舞いの品をロマーリオに手渡した。
そうして後ろで待っていた少年に、「帰ろう」と呼びかける。




「無駄足だったな」

年に似合わず黒いスーツを見事に着こなしている少年は、そう言ってにやりと笑った。

「そうでもないよ。付き合ってくれてサンキュ、リボーン」
「とっとと帰るぞ。まだ仕事は山積みなんだからな」
「はいはい」

病室に背を向け、二人は並んで歩き出した。

 


ファミリーとしての自分と、一人の人間としての自分の間でディーノも雲雀も葛藤があるわけで、割り切っているようでいて実は割り切れていない雲雀の心情っていうか。
思うがままに気ままに生きてきた彼が、ディーノを失った瞬間に
初めて後悔するんだろうな、と。
病室で何してるかは言わずもがな(え)
(2007.2.16UP)

 

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