知らない大人

 

「……何なの、その格好」
「これか?取り引きの後着替える暇なかったからさ」

ホテルの部屋で雲雀を出迎えたディーノは、自分の姿を見下ろして苦笑した。
イタリアで厄介な仕事を片付けて飛行機に飛び乗り、日本に着いたのはほんの一、二時間前。
久方ぶりに会う年下の恋人は、むっつりしてディーノの姿を見つめていた。

「似合ってねーか?」
「うん、似合わないよ。最悪」
「はは。やっぱなー」

ディーノは当然とばかりに頷いて、呑気に笑った。

「オレも柄じゃねーと思うんだけどさ、まあしかたねーってことで…」

そんなわけないじゃない―――。
ディーノの言い訳を聞きながら、雲雀は唇を噛んだ。

あなたの姿を見て似合わないなんて思う人間、ただの一人もいやしないよ。
けれど、似合っているからこそそれが腹立たしい。
普段から人目を引く外見のディーノ。今日はいつにも増して人々の注目を集めていたことだろう。
だってほら、あなたはこんなに綺麗。

「…ちゃんとそういう格好もするんだね」
「そりゃーボスだからな」

品のあるスーツを見事に着こなしたディーノは、そう言って首をすくめた。
まったく違和感なく着ているのを見ると、ああこれもこの人の姿なんだなと思う。

けれど、と雲雀は顔をしかめた。
こんなディーノは嫌いだ。だって、こんなあなたを僕は知らない。

「なんか飲むか?腹減ってたらルームサービス頼むけど…」

ディーノは据付の冷蔵庫を開きながら、雲雀の方を見た。
そこで、雲雀がまだドアの近くに突っ立ったままであることに気付く。

「恭弥?」

ディーノが歩み寄った次の瞬間、ヒュンとトンファーがディーノの体をかすめた。
その的確な一撃で、ディーノのジャケットのボタンが弾き飛ばされる。

「おわっ!?何すんだよ!?」

思わず声を上げたディーノは、ジャケットの状態を確かめて息をついた。

「あーあ、見事にやってくれたな。あとでボタンつけなおさねーとな」
「駄目だよ、直しちゃ」

そう言って、雲雀は再びトンファーを構えた。

「直せないくらいグチャグチャにしてあげようか」
「……お前、何怒ってるんだ?」
「怒ってないよ」
「怒ってるだろ。オレのスーツ姿そんなに怒るほど変か?」

ディーノは罰が悪そうに、自分の姿を見下ろした。

「惚れ直してくれるかと思ったんだけどな」

困惑しているディーノに正面から歩み寄ると、雲雀はその上着を掴んで強引に引き摺り下ろした。
続けて、ワイシャツのボタンを手で引きちぎる。

「あーっ!お前はどーしてそーゆうこと…!」

ディーノが声を荒げると、雲雀はその手にさらに力を込め、じっとディーノの顔を見上げた。

「こんな格好のあなたは嫌いだよ」
「………」
「だから、全部壊す」

そう言い切ると、雲雀はブチブチと全てのボタンを引きちぎった。

「わ、わーった!脱ぐ!脱ぐから破くな!」

ディーノは慌てて雲雀の両腕を掴んだ。
雲雀はそのまま、露わになったディーノの胸板に頭を寄せる。

「僕の前でこんなもの着ないで」

雲雀が小さく言った言葉に、ディーノは息を飲んだ。
掴んだ両腕は細く、見下ろすその姿は自分よりもずっと小さく頼りない。
例えどんなに腕っ節が強く気が強いと言ったところで、自分の恋人はまだ中学生なのだ。

「ったく…」

苦笑まじりに息をついて、ディーノは両手を耳の横に挙げた。

「こーさんだ。好きにしていーぜ」

すると、そこでようやく雲雀の口に笑みが浮かんだ。














「あーあ、このスーツいくらしたと思ってんだ?」

グチャグチャになったスーツの残骸を見下ろし、ディーノは息を吐いた。
雲雀はその残骸を踏みつけながら、すっきりした顔で満足げに笑う。

「どうせ、僕より価値があるわけじゃないんでしょ?」
「当たり前だろ」

ディーノは雲雀の体を引き寄せて、その口を塞いだ。
久しぶりの感触を味わうかのように、ゆっくりと丹念に唇を重ねる。

ワガママな恋人に好きなようにさせたのだから、今度は自分が満足する番。
ディーノは唇を離すと雲雀の体を抱え上げて、ベッドに運んだ。

雲雀は自分の上に覆いかぶさってくるディーノを見上げ、くすりと笑う。

「どうした?」
「何でもないよ」

―――ああ、これでやっと僕の知ってるディーノになった。

雲雀は嬉しそうに微笑んで、わずかに視界の端に映っているスーツの残骸を見遣った。



あれはあなたに魔法をかけて、僕の知らない世界の大人にしてしまう。
そんな魔法、僕はいらない。
僕には、僕の知ってるあなただけがいればいい。

だから、壊させて。

―――いつか、僕があなたと同じ世界に行ける日が来るまで。

 


マフィアっぽくスーツで取り引きをしていたと思われるディーノさん。
雲雀さんに早く会いたくってスーツ姿のままやって来たら、雲雀さんとしてはそれがショックだった模様。
やっぱ所詮は中学生なので(例え死体の処理ができようともね!)本物のマフィアのボスと比べたら世界の広さが違うわけで。
ムキになってスーツをグチャグチャにする雲雀さんは子どもだな!
結局ディーノさんのスーツは見るも無残な状態にされたわけですが、そうするとディーノさん自体はどんな状態なんだ。パンツくらいははいてるのか(え)
まあ、どうせこの後パンツも脱ぐんだけど(それを言っちゃあ)
(2006.7.22UP)

 

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