理想のタイプ

 

瞳を開くと、見覚えのない天井が広がっていた。



「あ、起きましたか?」

横から聞こえた声に顔を向けると、椅子に座っているハルの姿。
オレは寝かされていたベッドから体を起こし、部屋の中を見渡した。
レースのカーテンに、ピアノ、ぬいぐるみ…どっからどう見ても女子の部屋。

「どこだ、ここ?」
「ハルの部屋です」
「はあ?なんでオレがお前んちに…」
「えっとですねー、ハルがビアンキさんと歩いてたら獄寺さんに出くわして、獄寺さんが倒れちゃったわけですよ。それで、とりあえずすぐ傍のハルの家に連れて行こうってことになったんです」
「なにぃ!?ってことは…」

ベッドから飛び出し、オレは辺りを窺う。

「あ、ビアンキさんなら獄寺さんを運んでくれた後、リボーンちゃんに会いに帰っちゃいました」
「な、なんだ、そーか…」

ほっと息をつき、それから自分のいたベッドを振り返る。

「悪かったな、ベッドまで借りて」
「いーですよ、別に。そーだ、なにか飲み物持ってきますね」






ハルが部屋を出て行ってしまうと、オレは改めて部屋の中を見回した。
ハルと付き合いだして一ヶ月が経つけれど、休日のデートを除いてはあいかわらず会うのは10代目のお宅だし、家に来たのは初めてだった。
アネキ以外の女の部屋に入るなんて初めてで、なんだか落ち着かない。

女って言ってもハルじゃねーか…ナニ緊張してんだ、オレは。

無意識に指に挟んでいたタバコをくわえ、火をつけようとしたところでやめておいた。
なんとなく、この空間に手を加えてはいけない気がして。

手持ち無沙汰になってしまったオレは、部屋に置かれているピアノに目を向けた。
子ども部屋に相応しい小型のそれは、あんまり使われていない感じだった。
小さい頃習っただけなのかもしれない。

指を置いてみると、ポーン、と悪くない音がする。
勿論、城で弾いてたピアノとは比べ物にならないけれど。

ピアノ用の窮屈な椅子に座り、昔習った曲の一小節を弾いてみた。
あの頃必死に伸ばしていた指が今はやすやすと届くことに驚いて、つい先へ先へと弾いてしまう。



「はひー」

後ろから聞こえた間抜けな声にガクリと肩の力が抜けて、指を止めた。
振り返ると、お盆を手にぽかんとしているハル。

「なんつー顔してんだ、アホ女」
「びっくりです、獄寺さんがピアノ弾けるなんて…」
「ガキの頃習っただけだ、弾けるなんてほどじゃねぇよ」
「えー?でも今弾いてた曲ステキでしたよ!もっかい弾いてみてください!」

あんまり目をキラキラさせて言ってくるので、しょーがねぇと再びピアノの正面に体を向ける。
オレが弾き始めると、ハルは目を閉じてうっとりした様子で聞き入っていた。
オレのピアノなんて、そんなうまいもんだとも思わないんだが。





「えへへ、ありがとうございました!」

結局まるまる一曲分弾かされた後で、勧められたクッションに座り出された紅茶を飲む。
やっぱ違うもんだな。10代目のお宅で紅茶なんて出てきたことねぇぞ。
いや、決して10代目のお宅に不満があるわけじゃねぇけど。

「さっきの、なんて曲なんですか?」
「さーな」
「知らないんですか?」
「曲名なんて必要なかったんだよ。アネキが一番好きな曲だからいつも弾いてたってだけだし…」
「獄寺さんて…」

そこで、ハルが言葉を止めた。

「どーした?」

声をかけると、ハルは少し言いよどんで。

「ビアンキさんのことすっごい好きですよね…」
「んなっ!?」

思わずティーカップを落っことしそうになりながら、オレはダンッとテーブルを叩いた。

「んなわけねーだろ!!」
「だって、見るだけで倒れちゃうくらい大好きじゃないですか!」
「倒れるんなら普通嫌いだろーが!どーいう思考回路してんだアホ!!」
「だ、だって、ビアンキさん美人だしスタイルもいーし、まさに理想の女性って感じです!」
「オレの理想はあんなんじゃねぇ!!」
「じゃーどんなんですか!?」

ぐ、と言葉につまった。

ちょっと待て、お前がソレを聞くか!?
お前はオレの何かわかってんのか!?

いや、でも……理想?

ふと疑問になり、目の前のハルを凝視する。

あんま考えたことなかったけど、オレの理想ってこんなんだったか?
こんなやかましくてぶっとんでてアホで手に負えないよーなやつがオレの理想?

「……んなワケねーよな」
「獄寺さん?」
「なんでだろーな」
「はひ?」

全然理想なんかじゃないはずなのに。
でも、例えこの先、こいつより綺麗な女が現れようと、こいつよりわかりやすい女が現れようと、それでも―――やっぱりオレはこいつを選んじまうんだろう。

「相当重症じゃねぇのか、オレ…」
「はひ!?今度は頭痛ですか!?」

頭を押さえたオレを心配して、ハルが駆け寄ってくる。
その腕を捕らえ、自分の方に引き寄せた。

「ひあっ!?」

ぎゅう、と小さくて細い体を抱きしめる。
普段はうるさいわよく動くわであんまり小さいとか思わねーんだけど、こーして腕の中に閉じ込めてみるとその小ささに驚かされる。

「どーしたんですか!?大丈夫ですか!?」
「傍でわめくんじゃねーよ。オレはしとやかな女が好みなんだ」

オレが言うと、ハルはぐっと言葉を止め。
それから、ふいっと顔を逸らした。

「どーせハルはうるさいです…っ」

その様子を可愛いと感じてしまって、思わず顔がにやける。
頭を押さえ、その髪に口付けた。

「ひゃ!?」

ハルの体がびくっと跳ねる。

「そーやって拗ねっとこ、好きだぜ」
「な、ななな…っ!何を言うんですかー!!」

ハルはオレの腕から逃れようと、真っ赤な顔でばたばたともがき出した。

「放してくださいー!ハルなんて理想じゃないくせにーっ!」
「けど、好きだ」
「………っ!!」

上気した顔で瞳を潤ませ、ふるふると震えながら、ハルはオレを見上げてくる。
やべぇ、可愛い。

「ハル」

頬に手を添えてそっと名前を呼ぶと、ハルはぎゅうと瞳を閉じた。

心臓がすげーうるさい。オレのか?それともコイツの?…両方かも。

そんなことを考えながら、ハルに顔を近づけていった。




と、勢い良く部屋のドアが開き。

「お邪魔するわよ。隼人の具合はどうかしら?」

聞こえた声とともに、視界に飛び込んできた姿。

「ア、アネ…キ…!……ぐはっ!」

ハルを抱きしめていた腕を放し、そのまま腹を押さえて床に倒れる。

「ビアンキさん!」

瞳を開いたハルが、アネキを見て声を上げた。

「あら、そろそろ気がついたかと思ったんだけど……また倒れたの?仕方のない子ね」
「わひー!獄寺さん、しっかりしてくださいー!」

ハルの手がオレの体を揺する。
なんでだ…ホントなら今頃はハルに初めてキスをして、それから…それから……。

「あわわ、泡ふいてますー!獄寺さーーーん!」

ハルの声を聞きながら、オレは再び意識を手放していった。







って、ゆーか…。
ハルに手を出そうとしたとこでアネキが乱入してくんの、これで何度目だ?


………。


………………。


……考えんのやめとこう。腹だけじゃなくて他も痛くなりそーだから。

 


獄寺くんは一般の男子中学生並に興味はあるくせに、なかなか手を出せないヘタレだといいよ。
ビアンキは獄寺くんに妬いてるのかハルに妬いてるのか……両方?
実際のところビアンキは獄ハルがくっついたら喜びそうだけど。ハルのことお気に入りだし。
山獄の時は山本に敵意むき出しなのにね!
(2007.7.17UP)

 

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