「まったくもう、一着でいいって言ったのに…」
畳の上に広げたナース服を見下ろして、雲雀は息をついた。
そもそも獄寺にあげるために並盛病院の院長から譲り受けたのだ。
それなのに二着よこしたものだから、一着あまってしまった。
「どうしようかな…。イメクラにでも売るか…」
それにしても、なんで男はそうもナースというものに弱いのだろう。
ナース服なんてそんなにいいものだろうか?
雲雀はしばらくその真っ白なナース服を凝視していたが、ふいにそれを手にとって体に当ててみた。
鏡を見つめて、自らの姿に首を傾げる。
そこでつい、魔がさした。
雲雀は来ていたシャツとズボンを脱ぎ捨てると、着方に戸惑いながらもナース服に袖を通し始めた。
どうにか着替え終えて、再び鏡の前に立つ。
「……どこがいいんだろう」
着てみてもやっぱりわからない。
それに、真っ白というのはどうも自分には似合わない。
その時、床に放っていた携帯電話が鳴り響いた。
電話に出ると、二日ぶりに聞く恋人の声。
『わりーな、こんな時間に。元気か?また危ねえことしてねーだろな?』
「あなたこそ」
携帯を大事そうに耳に当て、雲雀は嬉しそうに顔をほころばせる。
もう十日以上会っていない。そろそろ恋しくなるのも当然だった。
『ごめんな、今手の離せないヤマがあってよ。来週にはそっちに行けると思うんだが…』
電話の向こうで、ディーノがため息混じりにそう言った。
雲雀は相槌を打ちながらそれを聞いている。
と、ディーノが声を潜めて。
『ところでさ、今どんな格好してんだ?』
「…………」
雲雀の表情が固まった。
『もうパジャマか?それとも風呂上りでバスタオル一枚だったりしてなー』
電話の向こうのディーノは、軽い調子で呑気に笑っている。
こんなやり取りはこれまでにも何度かしたことがあった。
「………えっと…」
『恭弥?どーした?』
「その……」
はっきりとは答えない雲雀に、ディーノが訝しげに問いかける。
素っ裸なら素っ裸とはっきり言う性格の彼女が言いよどむなんて、いったいどんな格好をしているというのか。
『なんか様子おかしいな。いったいどんな格好してんだ?』
「言いたくない…」
『言いたくないって、余計に気になんだけどなー』
ディーノが教えてくれとせがむので、雲雀はぼそりと一言。
「ナース服」
『はっ?』
「……だったらどうする?」
『なんだ、冗談か。びっくりさせんなよー。恭弥のナース姿かー…』
声の様子からにやけているのが想像でき、雲雀は呆れ顔で息をついた。
「あなたもナースが好きなの?」
『いや、別に。オレ病院好きじゃねーし。けど恭弥が着たらかわいーだろうなと思ってな』
かわいいかなあ、と雲雀は鏡に映る自分の姿を改めて眺める。
『今度用意してこうかなー。つっても恭弥が着てくんなかったら意味ねーけどなー』
「もう着てるよ…」
思わずそう漏らしてから、雲雀はしまった、と口を押さえた。
『恭弥?今、なんて?ひょっとしてマジでナース服着てたり…』
「ち…っ、違う!着てないっ!」
慌てて否定した雲雀だったが、いつも冷静な彼女がどもっている時点でかなりおかしい。
『なー、正直に言えって』
「知らないよ、ディーノのバカ!!」
ブツンッ!と勢い良く電話を切って、雲雀は携帯電話を放り投げた。
こんなの着てみるんじゃなかった、とナース服を脱ぎ捨てる。
もうさっさと処分してしまおう、と抱えあげたところで、雲雀は動きを止めた。
自分ではぜんぜん可愛いとも似合ってるとも思わなかったけれど。
でも、まあ、ディーノが見たがるんなら…―――。
もう一回くらいは着てもいいんじゃない?なんて思いながら、雲雀はそっとそれをクローゼットに仕舞い込んだ。
前回の山獄の続き。
(071128log)
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