標的162の山獄

 

夜。風呂をあがって部屋に戻ろうと通路を歩いていた山本は、どこからか漏れ聞こえてくるメロディに足を止めた。

「ピアノ?」

聞いたことの無い曲だけれど、暖かな腕に包まれているような、優しい、それでいてどこか泣きたくなるようなメロディが心を打った。

音の漏れてくる部屋に歩み寄り、そうっとドアの隙間から中を覗く。



ピアノに向かっている後ろ姿は、山本のよく知る相手だった。
少し跳ねた銀の髪に、細い体。
一心にピアノを弾くその後ろ姿は、何だかいつもよりも小さく感じられた。

ピタ、とその手の動きが止まる。
そうして、彼はゆっくりとこちらへ振り向いた。

「―――なに見てんだよ、野球バカ」

口を尖らせてそう言うと、獄寺は胸ポケットからタバコを出して口に咥える。
ゆっくりと煙を吐いて、ドアのところに突っ立ったままの山本に視線を向けた。

「いつまでもンなとこに突っ立ってねえで、入れば?」
「あ、ああ」

ようやく我に返った山本は、部屋の中に入り獄寺の弾いていたピアノを眺める。
ずらりと並んだ白い鍵盤は、山本にはどう扱ったらよいのかすら理解不能なものだった。

「獄寺がこんなにピアノうまいなんて知らなかったのな」
「別に……ガキの頃弾いて以来だし、大してうまくもねー」

そう言って、獄寺はぷいと顔を逸らした。

「今弾いてたのイタリアの曲か?聞いたことねーけどいい曲だよな。なんてえの?」

すると、獄寺は吸い終わったタバコを灰皿に押し付けて。

「―――…ハヤト」

そう一言、形の良い唇で呟いた。

「へ?」
「だから、『ハヤト』。この曲のタイトルだ」
「え!?ひょっとして獄寺が作ったとか!?」
「んなわけねーだろ。フツー作った本人の名前なんてつけっかよ」
「えー?じゃあ……」
「貰いモンだ」

それを聴いた瞬間、ズキンと山本の胸が痛んだ。

この曲を聴けばわかる。これを作った人間が、どれだけ獄寺のことを愛してこの曲を作ったのか。
自分以外にも、獄寺のことをこんなに大切に思っている人間がいるというその事実が、こんなにも胸に痛い。

そうして、獄寺もまた、大事そうにこの曲を弾いている―――。

「…山本?」

気がつけば、山本は獄寺の細い体を背中から抱きしめていた。

「おい、どーした?」
「…オレ、負けねぇから」
「は?」

怪訝そうに、獄寺が眉をひそめる。
山本は獄寺が息苦しくなるほどに力強く抱きしめ、声を絞り出した。

「これを作ったヤツがどんなに獄寺のこと好きでも!オレはこんなふうに曲にしたり形にはできねーけどッ!でも……それでも、獄寺を一番愛してんのはオレだからな!!」

山本の必死の告白を聞いた獄寺はしばらくぽかんとしていたが、やがて肩を震わせて笑い出した。

「獄寺!オレ、本気で…」
「バァーカ」

そう呟くと、獄寺は顔を後ろに振り向け山本に口付ける。
そうして、泣きそうな顔で笑った。

「張り合う方が間違ってるぜ。だってこれ作ったの、オレのオフクロだし」
「え!?」
「3歳の誕生日プレゼントに、オフクロが作った曲だ。……直接は渡して貰えなかったけどな」

3歳の誕生日。獄寺の母親が死んだ時に、車の中から発見されたというプレゼント。
それがこの―――奇跡的に燃えずに残っていた楽譜なのだ。

山本が表情を固くしていると、獄寺は悲しそうに、それでも愛しそうにそんな山本を見つめる。
獄寺は山本の首に腕を絡め、その耳に唇を寄せた。

「なあ、もっかい言ってくれよ…。オレのこと……一番、愛してるって……」

その響きは山本を甘く酔わせ、そうして、その胸に痛みを残した。

 


獄ママンの誕生日プレゼントがこんなんだったらと考えてて悲しくなった…orz
(070926log)

 

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