獄ハル

 

「…不思議です」

むぅ、と顔をしかめて、ハルは目の前にいる少年の顔を見た。

小さい頃から女子校で育ったせいで、男の子の乱暴な感じは苦手だった。
だから、いつか恋人が出来るとしたら、優しくて怒らない人がいいと思っていた。
けれど、今自分の目の前にいる恋人はというと―――。

「あ?何がだアホ女」

睨まれたと勘違いして睨み返してきたのは、獄寺隼人。
現在、というか生まれて初めて、ハルがお付き合いしている人だった。

「アホってなんですか、アホって!」
「テメーのことだろ」

ぷいっと顔を背け、獄寺はタバコを取り出してくわえようとする。

「あーっ!ダメです!このお店は禁煙なんですからっ!」

ハルは慌てて手を伸ばし、獄寺からタバコを取ろうとする。
だが、その手はタバコをかすめて、その向こうの獄寺の唇に触れた。
引っ込めようとした手を、獄寺が捕らえる。そのまま、獄寺はハルの指先をくわえた。

「はひー!放してくださいっ!」
「何だよ、くわえろってことじゃねーの?」
「ちちち違いますー!」

ハルが真っ赤になって慌てるさまにニヤニヤしながら、獄寺はハルの指先を解放した。
すると、ハルは喫茶店のソファに膝乗りになり獄寺に背を向けてしまう。

「おい、アホ女」
「なんですかっ!アホじゃありませんっ!」
「食わねーならコレ食っちまうぞ?」

コレとは、ハルがまだ半分も食べていないケーキ。

「だ、ダメですーーー!!」

慌てて振り返ったハルの口に、ケーキを盛り付けたフォークが突っ込まれた。

「むぐ」
「じょーだんに決まってんだろ。ったく、ほんと食い意地はってんな」
「ううぅ、意地悪ですっ」

もぐもぐとケーキを飲み込んでから、ハルは頬を膨らませて獄寺を睨む。

「しっかし、こんな甘ったるいのよく食えるよな」

そう言うが早いか、獄寺は手にしていたフォークをぺろりと舐めた。
それはたった今ハルの口に差し込まれたもので、クリームがたっぷりとついている。

「きゃあああー!なんってことするんですかー!」
「別にいーだろ、ちょっと舐めるくらい」
「だってそれハルのフォークですーーー!」

ぎゃあぎゃあと喚いているハルに、獄寺は面倒くさそうに息を吐いた。
今どきここまで過剰な反応をするやつも珍しい。
仮にも自分たちは恋人同士だというのに。

「お前なあ、いー加減にしろ」

獄寺が言うと、ハルがびくりと言葉を止めた。
呆れられてしまっただろうか、と窺うように獄寺を見る。

「フォークくらいでンなグダグダ言ってたら、キスも出来やしねえ」
「んなっ…!!」
「なんだよ、オレとキスすんのイヤなのか?」

獄寺が睨みながら言うと、ハルは呼吸困難のような真っ赤な顔でぶるぶると首を左右に振った。

「イヤじゃありませんっ!イヤじゃありません…けど、その…」
「けど、なんだよ?」

ハルはじと目で獄寺を見やり、ぼそりと口を開いた。

「獄寺さんはムードを考えてくれなさそうです……」

ぴき。獄寺の額に青筋が浮かぶ。

「悪かったな。ったく、これだから女は!」
「だ、だってだって、女の子にとってファーストキスは人生の大イベントなんですよ!」
「例えばどんなならいーんだよ?」
「え、えとー、それは……海辺でとか、夜景を見ながらとか……」
「海ぃ?海なんて毎年行ってるじゃねーか」
「それはツナさんたちも一緒じゃないですか、ハルが言うのはお付き合いしている二人でってことです!」

ハルが力説すると、獄寺は少し考えてから。

「じゃー、今度の日曜」
「ほへ?」
「行こーぜ、海。二人だけで。泳ぐにゃまだ早いだろーけど、砂浜で遊ぶくらいはできんじゃね?」
「わ、いーんですか!?」

ハルがぱっと顔を明るくすると、獄寺も珍しく柔らかい表情を見せる。

「その代わり」
「はひ?」
「ムード作ったら逃げんじゃねーぞ?」
「………っ!!」

ぱくぱくと金魚のように口を動かし、ハルは赤くなったり青くなったりと忙しい。
そんなハルを見つめ、獄寺は満足そうに笑った。

二人の仲が進展するまで、あと数日。

 


たまに男女の話が書きたくなります。ひっそり獄ハルも好き。
(070512log)

 

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