二人暮らし

 

「…………」

眉間に皺を寄せて、洗面台の前に立つ少年。
彼の視線は、洗面台の上に置かれた色違いの二本の歯ブラシに注がれていた。

「おーい、恭弥ぁ、そろそろメシにしよーぜー」

そう言って、金髪の青年がリビングから声をかける。
少年はもう一度歯ブラシを見やり、吐息とともに小さく呟いた。

「―――いつの間に、こんな部屋に」






リビングのテーブルに用意された、二人分の朝食。
揃いのマグカップには、淹れたてのコーヒー。
用意した本人である少年は、立ち尽くしたままそれを見つめていた。

「どーした?早く座って食おーぜ」

呑気に言う相手にちらと視線を走らせ、それから寝室にも目を走らす。
シングルベッドにもかかわらず、なぜか枕は二つ。脱ぎ捨てられたパジャマも二つ。

雲雀恭弥は、憂鬱げに額を押さえた。

「恭弥?頭でも痛いのか?」
「違う…」

心配げに駆け寄ってきた恋人のディーノを見上げ、雲雀は恨めしげな顔で口を開く。

「どうしてくれるのさ。この部屋、すっかりあなたの存在が染み付いちゃってるじゃない」
「へ?」

きょとんとして、ディーノは改めて部屋の中を見回した。
日本に滞在するのは月にほんの数日。
雲雀の部屋に泊まるのもその間だけだが、言われてみると、雲雀の一人住まいだったはずのマンションの部屋は
すっかり二人暮らしの部屋に様変わりしていた。

「恭弥は…オレがここにいるの不満か?」

ディーノが顔を向けて問いかけると、雲雀はぐっと押し黙った。

不満なはずなどない。
せっかく日本に来ているのに別々に過ごすなんてゴメンだし、この人を進んで部屋に招きいれたのは自分なのだから。

ただちょっと、自分に対して決まりが悪いだけだ。
家族という群れの中にいるのが嫌でここにやって来たはずなのに、今こうして誰かと一緒に暮らしているなんて。


「ごめんな」


ふわり、と大きな手のひらが雲雀の頭に触れた。
雲雀が顔を上げると、ディーノが困ったような笑顔でその顔を見つめている。

「恭弥の部屋にいるのすっげー居心地良かったからさ、それでつい居座りすぎちまったかも」
「―――…ちが」

雲雀が言いかけた時、ディーノの携帯電話が鳴り出した。
電話に出たディーノの表情が、すぐに険しくなる。

「何!?それは本当かロマーリオ!…わかった、すぐ行く!」

電話を切ると、ディーノは慌しく上着を羽織った。

「わりい!急な仕事が入った!夕飯までには帰…」

言いかけて、ディーノは思わず口を押さえる。

「いや、その…なんだったら、オレ…」

ホテルに泊まろうか?―――そんなことを言いかけたディーノの口を、雲雀の手のひらが塞いだ。
ディーノが黙って目を向けると、雲雀はふるふると首を横に振る。

くだらない自分への意地なんて、捨ててしまおう。
僕にとってこの人を失う以上に怖いことなんてないんだから。

雲雀は顔を上げると、微笑みを浮かべてそっと口を開いた。


「待ってるから、帰ってきて」


次の瞬間、一気にディーノの顔が赤く染まる。
いつもの雲雀と違うその言い方は、ディーノを動揺させるには十分すぎるほどだった。
必死に頷き、ぎくしゃくした足取りでディーノは玄関へと向かう。

「ん、んじゃ、行ってくっから!」
「うん、行ってらっしゃい」

背を向けて手を振るディーノに、雲雀も小さく手を振った。

その後姿が出て行ってしまった途端、部屋の中はしんと静まり返る。
それと同時に襲ってくる、さびしさ。

雲雀は寝室に入ると、ベッドの上に脱ぎ捨てられたままのディーノのパジャマを手に取った。
それを顔に押し当て、ぐっと気持ちを堪える。

ああ、なんて弱くて情けない行為。
こんなの、僕の嫌いな人種がやる行為だと思っていたのに。
でも、あなたがいないと胸が痛んで仕方ないから。

「早く帰ってこないと、承知しないよ…」

ぽつりと呟いて、雲雀は恋人の温かな笑顔を思い浮かべた。

 


ヒバリは家族とすら群れるのを嫌って一人暮らししてるんじゃないかと思う。
だからディーノといるようになって、ヒバリ自身の中でいろいろ葛藤があればいいなぁ、とか。
ヒバリの葛藤なんて吹き飛ぶくらい、ボスが温かく包み込んであげればいいよ。
(2006.8.28UP)

 

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