その弱さを愛しく思うほどに

 

ひょこり、とドアの隙間から覗くもこもこした髪の毛。
本人は隠れているつもりなのだろうが、はっきり言ってオレの方からは丸わかりだった。

「オイ、アホ牛」
「ぐぴゃっ!?」

声を掛けると飛び上がらんばかりに驚いて、窺うように顔を見せる。

「なに隠れてんだ。とっとと入って来い」

そう言って手招くと、ランボはもじもじしながら入ってきた。

「なんだよ、ずいぶんおとなしいじゃねーか」

いつも騒ぎ立ててばかりのランボは、落ち着かなげに部屋の中を見回している。
殺風景な部屋の中の何がそんなに興味を引いているのか謎だった。





今朝、10代目が学校を休まれて、オレは心配で10代目のお宅に駆けつけた。
すると10代目ご自身はお元気だったのだが、お母様が風邪で寝込んでしまわれていて。
10代目はその看病のためにお休みされていたのだ。

10代目はただでさえ看病で大変なのに、お母様に近づきたくて騒ぎ立てるランボに手を焼いておられた。
そこで仕方なしに、お母様の具合が良くなるまでオレがランボを預かることにしたのだ。

いつもこういう時にはハルがしゃしゃり出てくるんだが、緑中でインフルエンザが流行ってるとかでタイミング悪くハルもダウンしているらしい。

……イーピンの方なら良かったんだが、どうもアホ牛とは合わねえ。

はーーーっと息をついて、ふとアホ牛の姿を探す。
アホ牛は部屋の隅のタンスの引き出しを勝手に開けているところだった。

「あっ、こらテメェ!そこはっ…」

慌ててランボを抱えあげようとしたが、ランボはそれをひらりとかわしてタンスから引っ張り出したオレの―――女物のパンティーをぶんぶんと振り回した。

「バカ!返せ!」
「やだもんねーーー!」

どたばたと駆け回るランボを追いかけて、オレも部屋の中を駆け回る。
その時、玄関の方から足音が近づいてきた。

「獄寺ー、ランボの面倒見んだって?オレもなんか手伝い…」

そう言いながら姿を見せたのは、山本だった。
と、オレから逃げていたランボがつまづいてすっ転ぶ。
そうして、その手に握っていたパンティーはぽーーーんと宙を舞い。

ぱさり、とこともあろうに山本の頭上に舞い落ちた。

「なんだ?」
「ぎゃーーーーーー!!!」

摘み上げた山本がそれを確認するより前に、山本の手からそれを奪い取ろうと手を伸ばす。
が、一瞬遅かった。
それが何かを認識した山本の顔が、固まった。

「かっ、かかか返せっ!!!」

山本の手からそれをもぎ取り、慌てて後ろに隠す。

「獄寺、なんで女物なんて持ってんの?」

当然ながら、オレを男だと思っている山本は怪訝な顔をしていた。
学校でも男で通し、私服も男物ばかりのオレだが、どうしてもパンツだけは女物じゃないと落ち着かないのだ。

なんて言おう………。

拾った、じゃネコババだし。
買った、じゃ変態だし。
実はこれハルのパンツなんだ―――っていやいや、オレがハルのパンツ持ってんのもオカシイだろ。

オレがぐるぐると考えを巡らせていると、ふいに山本が口を開く。

「そっかー。獄寺、彼女いたのな」
「へっ?」
「彼女が泊まりにくんだろ?そーだよなー、一人暮らしだから親とかに気兼ねすることねーしなー」

ああ、そっか。そういう解釈があったか。











それから山本が作った夕飯を三人で食べて、山本は帰っていった。
オレは風呂を沸かし、アホ牛を呼ぶ。

「ほら、風呂沸いたからとっとと入りやがれ」
「ランボさん、ひとりじゃ入れないもんね」
「なにぃ!?ったく、これだからガキは…」

しょうがねえかとぼやきながら、自分も入浴の支度を始める。
服を脱いだオレは、不思議そうに見上げるランボに気がついた。

「ねえ、なんでおっぱいあんの?」

普段はサラシでつぶしているため、オレに胸があるのが不思議でならないらしい。
オレはそんなランボを抱え上げ、風呂場に入っていった。

マンションの小さな風呂でランボの体を洗ってやる。
ランボはご機嫌で自作らしき妙な歌を歌っていた。

「ほら、あんま動くな。綺麗にしてやんねーぞ」
「ランボさん、じっとしてるもんねー」
「どこがだ!」

泡だらけのランボにお湯を掛けようと、シャワーをひねる。
と、そこでランボが立ち上がった。

「ランボさん、それ嫌い!」

言うなり、風呂場の戸を開けて廊下へ飛び出していく。

「ってオイ!んな泡だらけで駆け回るな!!」

部屋の中を泡だらけの水浸しにされてはたまらないと、タオルを巻く余裕もなくオレもそのまま風呂場を飛び出した。

「待てコラ!!」
「やーだもんねー!」
「このアホ牛っ…!」

追いかけっこをしながら、ばたばたとリビングに駆け込む。

―――と。

いるはずのない人間がリビングのソファに座っていた。
さっき帰ったはずの山本が、そこにいた。
ぽかんとした表情で、オレの体を上から下まで眺めている。

「……ぎゃあああああああーーーー!!!」

マンション中に響き渡るような悲鳴を上げて、両手で体を隠しながらオレはその場にしゃがみ込んだ。

「テメェッ!!なんでいやがるっ!!?」
「や、その…明日の朝飯用意してやろーかと思って戻ってきたんだけど……風呂入ってるみたいだったから出てくるまで待とうかと……」

言いながらも、山本の視線はオレの体に絡み付いて離れない。

「見んなっ!スケベ!!」
「…っごめん!」

オレが言うと、山本は我に帰ったように慌てて背中を向けた。
それを確認してから、オレは風呂場に引き返す。
もうそれ以上体を洗う気にもなれず、バスタオルで水分をふき取ると用意しておいたパジャマに着替えた。
ついでにランボにも服を着せて、寝室に放り込んでおいた。







のろのろとリビングに戻ると、変わらず山本はそこに座っていた。

「あの………ごめんな、獄寺」

山本の顔が赤い。たぶん、オレの方も風呂上りなせいでなく赤くなっているんだろう。

「別に……テメェのせいじゃねえし。オレも、女だって黙ってたわけだし……」
「なあ、なんで男のフリしてんの?」
「……弱えーだろ、女なんて」

ずっと幼い頃の記憶にある、母の姿。
子どものオレから見ても、とても儚い雰囲気の人だったように思う。
愛人という立場に縛られ、自分の子どもと一緒に暮らすことも出来ず、運命に流されるだけの。
ただ―――オレの前では常に笑顔だったから、悲しい顔なんて見たことはなかったけれど。

「そっかな…。けっこうたくましいと思うけど。例えばビアンキ姉さんとか」
「アネキは弱えよ。男を愛さないでいられねーんだから」

吐き捨てるようにそう言って、ぎゅっと拳を握り締めた。

「オレはアネキみたいになったりしねえ。男なんかに頼らねーで生きていってみせる」
「でも、それを言うなら男だっておんなしじゃね?」
「…あ?」

顔を上げると、山本ははにかむような顔で頭を掻いていた。

「男だって、惚れた女なしじゃ生きてかれねーもん」
「……………」

思考が止まった。
山本の言ったことは、言われてみれば至極当然のことで。
それなのになぜ、オレはそのことに気づかなかったのだろう。

……認めたくなかっただけかもしれない。
男も女と同じように弱いのだと認めてしまったら、弱い女になりたくないと思っている自分はいったい何を目指せばよいのかわからなくなる。

「男にしろ女にしろ獄寺はすっげえ強いと思うけどなー」
「……オレが?」

首を傾げて、山本の顔を見つめた。
男のフリをして強がってるだけのオレのどこが?
どうしたって、しょせん本当の男には敵わないのに?

「うん!獄寺は強くてカッコイイぜ!惚れてるオレが言うんだから間違いねえって!」
「………は?」

オレが目を丸くすると、山本が「あっ」と声を上げ慌てた様子で口を覆った。

「え……えと、獄寺、今のは、その……」
「わーってるよ。誤解しねーから安心しろ。男同士の男気に惚れるってヤツだろ?」

女としてのオレに言ってるんじゃないってことくらいわかってら。
だってコイツ、ついさっきまでオレのこと男だと思ってたんだもんな。

「なっ!?違うよ!獄寺こそ誤解してるって!」
「は?」
「オレが言ってるのはそーいうんじゃなくて……そりゃ、男だと思ってたのに変かもしんねーけど……」

頬を赤く染めながら、山本はオレの肩を掴んだ。
そうして、いつになく真剣な瞳でオレの顔を見つめる。

「オレの獄寺に対する好きは、その……抱きしめたいとか、キスしたいとか、そういう好きなのな!」

ぽかんとした。
山本の言葉を頭の中で理解するのに、数秒。

理解した途端、湯気が出そうなほど顔が熱くなった。
掴まれた肩の部分が火傷しそうだ。

「なっ、なんっ、急に、おまっ…」
「急にゴメンな。でもずっと好きだったんだぜ。男だって思ってた時から、ずっと。もっと触れたくて、近づきたくて、傍にいてほしくて―――」

言いながら、山本はぐっと身を寄せてくる。
吐息がかかりそうなほどの距離で見つめられて、オレの思考回路は停止寸前だった。

頼むからそれ以上言うな!それ以上オレに近づくな―――!

ぎゅうと目をつぶって、頑なに山本の接近を拒む。
すると、肩の手が離れてその気配が遠のいた。

「……ゴメン。怖がらせるつもりじゃなかったんだ」
「なっ…!オ、オレは怖がってなんか…!」

精一杯の強がりを込めてそう叫ぶけれど、体の震えは誤魔化しようがない。

「オレ、帰るな。明日からも今までどおり仲良くしてくれよな!」
「やまも…」
「でも、オレがお前を好きなことだけは忘れねーでな」

一瞬、その顔が泣きそうに見えた。
ツキン、と胸に痛みが走る。
コイツにこんな顔をさせたかったワケじゃねえのに。

……どうしたらいい?どうしたら、オレはお前を喜ばせてやれる?

立ち尽くしているオレに背を向け、山本はリビングを出ていく。
だんだんと遠ざかっていくその背中に、気づけば駆け寄ってシャツを掴んでいた。

「獄寺…?」
「………サンキュ」
「え?」
「オレのこと、好きって言ってくれて……その、嬉しかった」

俯いたまま、消え入りそうな声でそう呟くと、山本がこちらに向き直った。
息を呑んだ気配が伝わる。

「それ、望みありってことだよな?」

頭上からは、期待に満ちた山本の声。

「てめーが諦めねーんならな」

山本の反応にほっと安堵しつつも、つい素直じゃない言葉が口から出た。
けれど、山本はお見通しと言った顔で小さく笑い。

「オレは諦めねーよ。だってオレ、獄寺なしじゃ生きてけねーもん」

大きな手のひらが、オレの頬に触れる。
顔が近づいてきたのに思わず目を閉じると、反対側の頬に柔らかい感触が触れた。

「おやすみ、獄寺」

耳元で囁かれたのは、聞いたことのないほど優しい声で。
瞳を開くと、山本はもう背中を向けて玄関を出て行くところだった。




柔らかな感触の残る頬を押さえ、ぺたんと床に座り込む。

「野球バカのくせに……反則だろ……ッ」

もうオレは、自分の弱さを認めるしかない。
だって、きっともう、オレは。







アイツなしじゃ、生きてかれない。

 


ラン獄も交える予定だったんですが……大人ランボ出てこねーし、ダメじゃん!
山本は不法侵入しすぎだろう。獄くん、ちゃんと鍵かけようね!危ないから!
山→獄のはずが終わってみると獄の方もまんざらじゃなさそうなのはいつものことです。毎度ワンパターンでスイマセン。
(2008.4.28UP)

 

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