お嫁においで

 

ある日の夕方。
鼻歌を歌いながら、山本家の大黒柱、剛は自転車を漕いでいた。

「さーってと、最後の出前も終わったし、帰って夕飯の支度でもすっかなぁ」

一人息子の武も、そろそろ腹を減らして帰ってくる頃だ。
それにおそらく、その友人の獄寺隼人も一緒だろう。

獄寺は中学生なのに一人暮らしと言うこともあって、よく武に連れられて夕飯を食べに来る。
最初の頃は、他の人間に対するのと同じように剛に対しても警戒心の強さをむき出しにしていた獄寺だったが、最近は徐々に素直な表情も見せるようになってきた。
息子の大切な友人であればこそ、剛もそれを嬉しく思う。
それに実のところ、剛自身も獄寺のことを気に入っていた。
このままずっと、息子と良い友人でいてくれたらどんなに嬉しいことだろう―――。



「うわあああん!リボーンめ〜!10年後のランボさんがやっつけてやるもんね〜!!」
「こっ、こら、ランボ!10年バズーカは……あっ、どこ狙って…!?」




「なんだあ?」

通りかかった家の二階から聞こえてきた騒がしい声に、剛は自転車を止めてそちらを見上げた。
そして、次の瞬間。

大きな砲弾が、剛目掛けて飛んできた。


ドォォォォン!!!
















「………ん?」

気がつくと、剛は竹寿司の中にいた。

「おっかしいな、オレぁ自転車を漕いでたはず…」

ガシガシと頭を掻きながら、店の中を見回す。
もう店じまいをしたので、当然ながら客はいない。
だがそこで、見慣れたはずの店内に、剛は違和感を覚えた。
ここは確かに自分の店なのに、細かな部分が異なっている。
あの掛け軸はあんなに色あせていただろうか?
床の光り具合一つとっても、何かがおかしい。

と、自宅部分に繋がる戸がカラリと開いた。

「武か?」

そう言いながら振り返ると、20代前半くらいの若い女性が立っていた。
緩やかなラインのワンピースを着ているが、裾から除く腕や足はすらりと細長い。その肌の白さにも、剛は目を見張った。


「アイツならまだ帰ってないけど」

そう言って、彼女は店の中に歩いてきた。
長い銀の髪がふわりと揺れる。緑の瞳は、まっすぐに剛を見つめている。
絶世の美女を思わせるその美しさに、剛は思わず息を呑んだ。

なんでこんなペッピンがうちに?という思いと同時に、どこかで見たような感覚を覚える。

そこで、剛の脳裏に息子の友人である少年の姿が浮かんだ。
ああそうか、獄寺隼人に似ているのだ。

「わかった!あんた、獄寺くんの姉さんだろ?いやー、二人も姉さんがいるなんて知らなかったぜ!」

剛が手を叩いてそう言うと、彼女は怪訝そうに眉をひそめ。

「オヤジ、なんか悪いモンでも食ったのか?今さら『獄寺くん』なんて呼ばれたら気持ちわりぃんだけど」

外見に似合わず随分と言葉遣いが悪い。
しかもなぜ初対面の美女に「オヤジ」と呼ばれねばならないのか。

とその時、今度は背後でガラガラと店の表戸が開いた。

「ただいまーっ」

聞こえてきたのは、いつもより心持ち低い気のする息子の声。
ワケのわからない状況に困惑していた剛はほっと安堵しながら、振り返った。

「武、おかえ…」

振り返った剛の顔が、固まった。
そこにいたのは、剛よりも背の高いスーツ姿の若い男だった。
だが、幾分大人びているとは言え、その顔立ちは間違えようもなく自分の息子武のもの。

「い、いったい、こりゃあ…」

と、剛の目が店の壁に掛けられているカレンダーに止まった。
並盛商店街の文字が入った、毎年変わり栄えのしないデザインの物だ。
そこに書かれている2018年という文字を見て、剛は目を見張った。

今年はまだ2008年のはずなのに。
もしかして、もしかすると―――。

そこで、剛はようやく自分の置かれている状況を理解した。
どういうわけか知らないが、自分は10年後の我が家に来てしまっているのだ。

改めて、剛は目の前に立つ成長した息子を見つめた。
親の贔屓目なしに見ても、よくぞここまでの男になってくれたものだと思う。

「武…おめぇ、立派になったなぁ…」

思わずほろりとしてしまい、ずびーっと鼻をすする。

息子の方はわけがわからない。
困惑気味に、父の向こうにいる女性に顔を向けた。

「なあ隼人、オヤジどうかしたのか?」
「さー…。オレにもわかんねえ。さっきから様子が変なんだ」

……はやと?
聞き覚えのあるその名前に、剛は勢い良く振り返った。
そうして、まじまじとその美女の顔を見つめる。
似ているなんてモンじゃない。その顔は、獄寺隼人そのものだった。

だが、息子の友人である獄寺は男のはず―――そこで再び剛が困惑していると、武が彼女の肩に手を置いた。

「隼人、動いて大丈夫か?吐き気おさまったのか?」
「あのなー。別に病気じゃねぇんだから平気だっての。もう安定期に入ったし、明日からはオレも仕事に戻る」
「何言ってんだよ、ツナだって無理しないようにって言ってただろー?」
「右腕のオレがいつまでも抜けてるわけにいくかよ」
「だいじょーぶだって、お前の分もオレが頑張ってっから!」
「お前とオレじゃ役割が違うだろが!突っ込んでくしか能がねーくせに」

武と話す様子を見ていても、やはりこの女性の正体は獄寺隼人に間違いないのだと思われる。
剛は自分が重大な事実を取り違えていることを悟った。

それはつまり、獄寺隼人は息子の男友達なんかではなく―――。

「大体なあ、ガキが出てくるまであと何ヶ月あると思ってんだ。その間ずっと閉じこもってたら息が詰まっちまうぜ」
「オレとしてはずっと家にいて欲しいくらいなんだって。うちなら昼間も常にオヤジいるし、何かあっても安心なのな」

獄寺に言い聞かせるように言ってから、武は剛に顔を向けた。

「なっ、オヤジだって隼人の体心配だろ?元気な孫の顔見てーもんな?」
「まっ、孫ぉ!?」

息子の発言に、剛は思わず声を上げた。
言われてみると、獄寺が着ているゆったりしたワンピースはマタニティである。
この獄寺のお腹の中に、自分の孫がいるのだ。

感動で剛の涙腺が緩んだ、次の瞬間。














「……お?」

目の前の大人の武と獄寺の姿は消え、剛は元の道に立っていた。

「戻ってきちまったのか…?」

きょろきょろと辺りを見回す。
街中を見ただけでは10年前なのか現在なのかわからない。
剛は自転車にまたがると、全速力で家へと漕ぎ始めた。




ガラガラッ!!と勢い良く戸を開けて店に飛び込む。
店の中は誰もおらず、しんと静まり返っていた。
見渡してみると、自分が出前に出る前と何も変わらない。
10年後ではなく元の時代の自分の店に間違いなかった。

夢、だったのだろうか……?

剛がキツネにつままれたような気分で頭を掻いていると、背後で戸が開いた。

「オヤジ、ただいまっ!」
「お邪魔しまーす」

背後から聞こえた声に、剛はびくんとして振り返る。見慣れた制服姿で武と獄寺が並んでいた。
二人の姿が、先ほどの10年後と重なる。
それはもう夢だなんて思えるはずもないくらい、鮮明に剛の脳裏によみがえった。

「オヤジさん、どーかしたのか?」

固まったまま動かない剛に、獄寺が首をかしげて問いかけた。
と、剛は勢い良く獄寺の肩を掴み。

「んな他人みてーな呼び方、水臭いじゃねーか!」
「は?」

だって実際他人だろう?と獄寺は隣にいる山本と顔を見合わせた。
二人の困惑など意に介していない様子で、剛はニカッと笑みを浮かべる。

「獄寺くん、早く元気な孫の顔見せとくれよ!」
「「………っ!!」」
「おおっと、夕飯の支度しねぇとな!待ってろよ、すぐに美味いメシ作っからよ!」

意気揚々と剛が家の中に消えてしまうと、その場に立ち尽くしたままで獄寺は横にいる山本を睨んだ。

「……お前、まさかオヤジさんにオレが女だって…」
「え!?いやいや、オレばらしてねぇよ!?付き合ってることだってばらしてねぇし!」
「じゃーなんであんなこと言い出すんだよ!?」
「さ、さあ…」
「だいたいなんだよ、孫の顔って…」

獄寺は唇を尖らせてぶつくさ言っている。
その様子を見ていた山本は、ふと不安に駆られてその肩を掴んだ。

「獄寺、産みたくねぇの?」
「なっ…!!」

途端に、獄寺の顔が真っ赤に染まる。

「バババ、バカなこと言ってんじゃねえよ!!」

そう怒鳴ると、山本がしゅんとうな垂れた。

「だってさー、オレは獄寺との子どもなら欲しーもん。獄寺も同じ気持ちじゃねーと寂しいってゆーかさ…」
「オレはっっ!!」

獄寺が短く叫ぶ。
細い指が、山本の耳をつまんで力いっぱい引っ張った。

「い、痛い痛い!獄寺ッ!」

涙目になっている山本の耳に触れそうなほど唇を寄せて、獄寺は言葉を続ける。

「誰が産みたくねえっつったよ!まだ早ええっつってるだけだろーが!」
「え…じゃあ、獄寺…」
「だから、その……」

赤い顔で、恥ずかしそうに獄寺は視線を逸らす。

「いつか……そーゆう時が来たら、産んでやらねーことも……ないって、ゆーか……」
「獄寺っっ!!」

ごにょごにょと言葉を濁している獄寺の体を、山本が思いっきり抱きしめた。

「ぎゃああっ!!てめ、いきなり何ッ…」

離せ!ともがく獄寺に構わず、山本は幸せいっぱいの笑顔で獄寺の顔を見つめる。

「早く二人で孫の顔見せてやろーな!」
「〜〜〜っ!!」

だから早ええっつってんだろーが―――と内心ぼやきながらも、山本の腕の中で獄寺は小さく頷いた。

ちょっとぐらい早くてもいいかな、なんて思いが沸いてきたのは、山本に影響されたのか、それとも剛に影響されたのか。
この親子がそれを望むならまあいいか、なんて思っている自分に気がついて、獄寺は小さく笑った。

 


10年バズーカに当たってしまった剛。なんで10年後に行ったのかとかはあんまり気にせずにすんなり順応します。
剛は10年たってもあんま外見変わらなさそうなので、息子も嫁も入れ替わってることに気づいてません。山本は天然だし、獄寺はヌケてるし(失礼)
(2008.2.7UP)

 

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