Merry Xmas
「……何してるの?」
応接室のドアを開けた雲雀が見たのは、ソファに座って険しい顔で毛糸と格闘している獄寺だった。
「ふうん、手編みのプレゼントねえ…」
獄寺のクラスで、今年のクリスマスは手編みをプレゼントするのが大ブームになっているらしい。
教室のほとんどの女子が昼休みには毛糸と編み棒を持って格闘しているんだとか。
当初、獄寺はくだらない、と無関心を決め込んでいた。
ところが、だ。
「山本が隼人に編んで欲しいってそう言ったの?」
「いや、はっきりとは言われてねえけど……でもなんか編んでる女どもを羨ましそうな目で見てっしよ……」
「それで、隼人も編むことにしたんだね」
山本のためというのは気に食わないが、そんな隼人をいじらしいなぁと思いつつ、雲雀は獄寺の手にしている編み棒と毛糸を見た。
海の底を思わせるような、深い青。
まだ始めたばかりで何段も編んでいないが、マフラーであれセーターであれその色は山本に似合いそうだった。
「でも意外だね。隼人が編み物できるなんて」
「できるわけねーだろ。これ見ながらやってんだよ」
そう言って、獄寺はカバンから本を取り出した。
『はじめての編み物』と、いかにもなタイトルのついた可愛い表紙の本だ。
………どんな顔して買ったんだろう。
「やり方は一通り読んでみたんだけどよ……なかなかうまくいかねーんだ……」
まあそうだろうな、と思いつつ、雲雀はぎこちなく編み棒を動かす獄寺の手つきを眺めていた。
「隼人、そこ飛ばした」
「へ?」
「あ、そこも違う。広がりすぎ」
「え?どこっ?」
ちょこちょことアドバイスを入れていた雲雀は、はーっと息をついた。
じれったくて見ていられない。
「こうだよ、こう」
獄寺の手に自分の手を重ね、雲雀は器用に編み棒を動かしていく。
少しだけ編み進めてやると、ほわーっと顔を輝かせて獄寺が雲雀を見つめていた。
「すっげえ、恭弥!お前編み物なんてできんだな!」
「少しくらいはね。祖母に習ったから」
「へーーー。そだ、せっかくだからお前もなんか編んだら?」
「え?」
「どーせ跳ね馬になんかクリスマスプレゼントやるんだろ?作ってやりゃいーじゃん」
「僕のガラじゃないよ」
「んなのオレだってガラじゃねーよ。いーじゃねーか、お前が一緒に作ってくれたらオレも頑張れそーだし!」
獄寺にせがまれては、雲雀は弱い。
それに、ディーノへのクリスマスプレゼントをまだ考えていないのも確かだった。
欲しいものがあっても自分で買える人だし、手作りほど良いものはないだろう。
「隼人、またそこ違ってる」
「げっ、どこ?」
「そこ」
雲雀に指摘された箇所を直しつつ、獄寺はうな垂れた。
「はーーーっ。ほんとに完成すんのかな、コレ…」
「なんとかなるよ。まだ日にちはあるんだし」
「けど、この出来じゃなあ…」
獄寺は眉を寄せて、半分ほど編みあがったマフラーを睨んだ。
雲雀に指導してもらっているにも関わらず、あちこちいびつな編みあがり。
だんだんと幅が広がってきているのなんて、目も当てられない。
もはや手作りらしくて味わいがあるとかいうレベルじゃない。
「大丈夫だよ、隼人が頑張って編んでるんだから。山本にあげるなんて勿体無い。僕が欲しいくらいなのに」
「はは。んじゃ、山本が受け取ってくんなかったら貰ってくれな」
そんなことあるわけないと思いつつも、雲雀は笑って頷いた。
「恭弥の方が先に編みあがるな」
「そうだね。毛糸あまりそうだし、手袋も作ろうかな…」
雲雀が編んでいるのは鮮やかな緑色のマフラー。
獄寺のものと違って綺麗に段も揃っている。
「はあ…。恭弥のとえらい違いだぜ…」
「大丈夫だってば。山本が文句言ったら咬み殺してあげるから」
そう言ってから、雲雀は首を傾げて獄寺に問いかけた。
「ところで、イブの日は二人でデート?」
「あ、いや…10代目たちも一緒に遊園地」
「なんでそんなに大勢で群れるの?」
「10代目が笹川と二人っきりじゃ誘いづらいみてーだったからさ」
「ふうん…。でもそれじゃあ、男の格好で行くわけ?」
「ま、しょーがねーじゃん」
12月24日。
集まったメンバーは、山本、獄寺、ツナ、京子、ハル、それにチビたち3人という大所帯だった。
「ガハハハハ!ランボさんあれ乗る!」
「イーピンも!」
「こら待て!はぐれるなよーーー!」
走り出したランボとイーピンを必死に追いかけるツナ。
クリスマスイブとあって、遊園地の中はすごい人だった。
「京子ちゃん、完成しましたか?」
「うん。バッチリ。ハルちゃんは?」
「ハルもバッチリです!」
「何が?」
顔を寄せ合って話している京子とハルに山本が問いかけると、二人は揃って顔を向ける。
「ツナさんへのクリスマスプレゼントですー!」
「クラスで編み物が流行ってるって話したら、一緒にツナくんへのプレゼントを編もうってことになったの」
「ハルは帽子を編みました!」
「あたしはマフラー!」
同じ毛糸で編んだんだよねー、と二人はプレゼントの包みを握り締め、笑顔で頷きあった。
「京子姉、ハル姉、早く行かないとはぐれちゃうよ」
「はひっ、大変です!ツナさーーーん!」
フゥ太に言われて京子とハルが走っていってしまうと、山本は呑気に笑い声を上げた。
「ツナのヤツ、相変わらずもてるのなー」
「とーぜんだ。10代目だからな」
「にしても獄寺、そのリュック何が入ってんの?」
山本に問いかけられて、ぎくりと獄寺の表情が固まる。
普段から荷物の少ない獄寺にしては、膨らんだリュックは不自然だった。
「て、てめーには関係ねー!おら、オレたちも行くぞ!」
誤魔化すようにそう言って、獄寺はツナたちの方へと走っていった。
たっぷりと遊んで、時刻は早くも夕暮れ。
「最後に観覧車乗りませんか?」
「いいわね」
「おっし、行こうぜ」
ぞろぞろと観覧車の乗り場へ歩いていき、その列に並ぶ。
見れば、自分たちの他にはカップルだらけだった。
確かに、クリスマスイブに観覧車と来れば、ロマンチックなシチュエーションかもしれない。
ゴンドラの順番が回ってくると、我先にとランボが乗り込む。
それに続いて、フゥ太とイーピンが乗り込んだ。
「僕たち先に行くね」
チビたち三人が乗っていってしまった後で、ツナは山本と獄寺の肩を叩いた。
「二人で乗りなよ」
「「え」」
笹川と二人っきりにしてやろうか、なんて思っていた二人は、思わずツナの顔を見返した。
「最後くらい。ね?」
「…サンキュー、ツナ」
ツナたち三人が乗っていってしまい、最後のゴンドラに山本と獄寺は二人で乗り込んだ。
男二人で乗る自分たちを他の客も係員も奇妙な目で見ていたけれど、そんなの構いやしない。
「おーーー、いい眺めだなー!」
窓から外を眺め、山本は声を上げた。だんだんと地上は遠くなり、遊園地の景色が一望できる。
「今日は楽しかったな!」
「あ、ああ…」
獄寺は横に置いているリュックをちらと見た。
渡すなら今だ。
と、目の前に小さな箱が差し出された。
顔を上げると、山本が照れくさそうな顔で笑っている。
「これ、クリスマスプレゼント」
「…オレに?」
「決まってんだろ」
「開けていーか?」
「あんま期待すんなよ?そんな高いもんじゃねーし…」
包みを開くと、翼の形をした銀色のピアスが入っていた。
「あのさ、女の子っぽいのあげてもつけてくんないだろーとは思ったんだけど……なんかそれ獄寺の髪の毛みたいで、似合いそーだと思って……」
「………これピアスだぞ。つけられねーじゃん」
「えっ!?マジで!?」
このバカ、ピアスとイヤリングの区別もつかねーのか。
なんて心の中で毒づきつつ、獄寺はそれを手に取った。
おそらく天使の羽がモチーフなのだろう。小さくて可愛らしく、女の子が喜びそうな代物。
自然と、獄寺の頬が緩んだ。
「ご、ごめんな、獄寺」
「いーよ。どうせ穴開けようかと思ってたトコだし」
「でも女物だし、使わねーだろ…?」
「普段はな。お前とデートん時なら付けられるんじゃね?」
「え!?つけてくれんの!?」
「そりゃー貰ったんだからつけるだろ」
「すっげ嬉しい!サンキュ獄寺!」
あげた側が礼を言うというのも変なものだが、山本は体全体で喜びを表しながら万歳をした。
と、その眼前に大きな包みが差し出される。
「ほら」
「へ?」
「オレから……プレゼント」
獄寺は赤い顔を逸らしながら、ぼそぼそとそう言った。
「えっ!?あんの!?」
「あるのがそんなにおかしいかよ…」
「や、ごめん!だって貰えると思ってなかったから!」
慌てた様子でそれを受け取ると、「開けてもいい?」と山本は窺うように見つめてきた。
獄寺が小さく頷くと、山本は丁寧に包みを開いていく。
現われたそれを見て、山本が息を呑んだ。
何も言わない山本に、獄寺は不安げに口を開く。
「あ、あのな、見た目はわりーけど、ちゃんと使えるはず…」
「獄寺っっ!!」
その瞬間、がばりとゴンドラの向かい側から山本が飛びついてきた。
「おわああ!揺れる、揺れるっ!!」
ぐらんぐらんしているゴンドラに獄寺が悲鳴を上げたが、山本は獄寺を抱きしめたまま「獄寺ぁー、獄寺ぁー」と獄寺の名前を呼び続けている。
「こ、こら、危ねえっ!」
「オレすっげ嬉しい!まさか獄寺がマフラー編んでくれるなんて思わなかった!」
ようやく体を離した山本は、そう言って泣きそうな顔で笑った。
「そんな出来の悪いマフラーがそんなに嬉しいかよ…」
「当たり前じゃん!獄寺からなんか貰えるだけでも嬉しーのに」
にこにことそう言って、山本はそのマフラーをぐるりと首に巻きつける。
巻いてしまえば形が悪いのもあまり目立たなかった。
深い青は、思ったとおり山本に良く似合う。
「へへ、あったけえ。ありがとな、獄寺」
「別に…」
この後うっかりそのままゴンドラを降りてしまい、ハルたちに山本の巻いているマフラーについて問われることになった二人だった。
遊園地を出たところでツナたちと別れ、山本と獄寺は帰り道を歩いていく。
「楽しかったなー」
「まあな」
「でも獄寺と二人っきりで過ごしてみたかった気もすんだよなー」
「………」
「獄寺?」
ぴたりと足を止めた獄寺に、山本も立ち止まり振り返る。
「まだ終わってねーだろ。…うち、寄ってけば?」
「いーの?」
「夕飯作ってくれんならな」
「作る作る!なんでも作るよ!そだ、ケーキも買ってこーぜ!」
獄寺のマンションに着いて、山本が料理を始める。
「獄寺ー、メシ出来たぜー?」
料理をリビングに運びながら山本が獄寺の姿を探すと、奥の部屋から獄寺が戻ってきた。
さっきまでの男物の服ではなく、膝丈の白いドレスを着ている。
ふわりと膨らんだスカートが可愛らしかった。
「獄寺…?そのカッコ…」
「…別にいーだろ、たまには」
獄寺は恥ずかしそうに視線を逸らしていたが、ちらりと山本の顔を窺い見て。
「……変か?」
「変じゃねえよ!すっげえ可愛い!似合ってる!!」
「そっか…」
ほっとして、獄寺は笑顔になる。
「それ、どーしたの?」
「恭弥がくれたんだ。なんかオレに似合いそうだったからっつって」
なんで雲雀の方が彼氏のオレよりいーもんやってんだ、と心の中で突っ込んだ山本だったが。
とりあえずグッジョブ!と言っておこう。だってすげえ可愛いから。
きっと天使ってこんな感じだろーな、と山本が見とれていると、獄寺が山本の腕を引っ張った。
「ほら、メシにしよーぜ。オレ早くケーキ食いてえ」
テーブルについて、二人は山本が作った夕飯を食べ始める。
と、獄寺はマフラーを巻いたままの山本を見やった。
「………お前、家の中ではそれ外せよ」
「だってせっかく獄寺が編んでくれたんだもん、外したくねーのな」
だらしないくらいの笑顔で、山本はそう答える。
「お前、学校にも巻いてくつもりじゃねーだろーな?」
「決まってんじゃん!見せびらかしてーもん!」
「だ…っ、ダメだダメだ!んな不恰好なのみっともねーだろ!」
獄寺が思わず立ち上がって言うと、山本はまったくわかっていない様子で首を傾げる。
「みっともなくなんてねーって。だって獄寺の愛情がこもってんだぜ?最高のマフラーじゃん」
「んな…っ!」
「あれ?ひょっとしてこもってない?」
「………っ」
獄寺は真っ赤な顔でわなわなと唇を奮わせた。
そのままガタンと席に座り、ぷいっと顔を逸らす。
「こもってんに決まってんだろ!でなきゃ編むかよ、バカヤロ!」
すると、山本は満足げに微笑んだ。
「獄寺のマフラーってすっげえや」
「あ?」
「体だけじゃなくて、心まであったかくなるのな!」
「〜〜〜っ!」
獄寺くんは家事全般ダメだと思うので、きっと編み物も苦手です。(でもボックスのカスタマイズはできるので工作は得意なんだろうか…?)
恭弥はおばあちゃん子だったらいいなぁ!という妄想の上で。
なんかピュアな終わり方してますが、この後普通に山本は獄寺くんちに泊まります(え)
(2007.12.25UP)
おまけのディノヒバ
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