年下の男の子

 

日曜日の午後。
10代目と野球バカと三人で宿題をするため、オレは10代目のお宅を訪れた。

玄関を上がったところで、家の奥から大人ランボが姿を見せる。

「これは若き獄寺さん、お久しぶりです」
「アホ牛め、またやったな…」

舌打ちしてから、いつになくきちっとした格好の大人ランボを見上げた。
タキシードにネクタイを締め、腕には真っ赤なバラの花束を抱えている。

「なんだそのカッコ、これからパーティーでもあんのか?」
「いいえ。これは…」

そこで言葉を切り、ランボは花束をオレの手に預けてきた。

「あなたにですよ」
「は?」
「正確には、10年後のあなたに渡す予定だったんですが……代わりに貰ってください」

首を振りながらそう言って、ランボはふーっと息をついた。

「わけわかんねーぞ、なんでオレがお前に花なんか貰わなきゃならねーんだ」
「好きな女性に花を贈るのに理由がいるんですか?」
「す…っ!?」

オレが目を見開いて固まっていると、ランボは悩ましげに再び息をつく。

「はあ…気が重い。やはり行くのよそうかなあ…。しかしあなたの晴れ姿を見ないのも心残りだし…」

好き、という言葉にも驚いたが、女性と呼ばれたことにも驚いていた。
だが冷静に考えれば、10年後の世界でもオレが男のふりを続けていられる可能性の方が低いに決まっている。
コイツが知っているくらいだから、10代目や他の連中も知っているのだろう。
もちろん、山本も…。

「この時代のあなたは、まだこんな格好をしているんですね」

くすりと笑い、ランボはオレの頬に手を添えた。

「あなたはこんなに可愛いのに……どうして若きボンゴレも山本さんもあなたが女性だと気づかないんでしょうね。幼いオレでさえ、初めて見た時からあなたのことを綺麗な女性だと気づいていたのに」
「え…っ!?ホントか、それっ!?」

あの子どものランボが自分の正体に気づいているだなんて、思いもしなかった。
ハルや笹川京子の前とオレの前とじゃ、態度違いすぎるし。

オレがそれを指摘すると、ランボは「照れ隠しなんですよ」と苦笑して見せた。
つまり、好きな子ほどいじめてしまうってヤツだろうか。

―――てことは、なにか?
ランボは5歳のガキの頃から15歳になるまで、ずっとオレのことを好きだったって……そうなるのか?

「ああ、本当に悔しいです。オレがもう少しあなたと歳が近ければ、みすみすあの人にあなたを渡したり………ああいや、近くても勝てたとは思えないんですが、けれど、それでも……」

ランボはうなだれて、ぶつぶつと呟いている。
あの人?とオレは首を傾げた。

「おい、それって誰のこ…」

オレが尋ねようとしたその瞬間、ランボの体は煙に包まれ。
そうして、大人ランボと入れ替わりに5歳児のランボが戻ってきた。

「だーーー!肝心なとこで!」

今度来たら問い詰めて吐かせてやる!と決意しつつ、じいいっと見上げてくるランボの視線に気がついた。

「なんだよ?」
「あのねー、髪の長い獄寺が白くてふわーってしてて、すっごいキレイだった!」
「…は?」

こいつ、未来でいったい何を見てきたんだ?

と、大人ランボに貰った花束に封筒が引っかかっているのに気がついた。

「んだコレ?…招待状?」

それは何の変哲もない結婚式の招待状だった。
大人ランボが貰ったものだろう。
ということはあのタキシードは結婚式に出るためか、とそこでようやく合点が行く。

「しっかし、誰の結婚式…」

それを開こうとしていたところで、突然後ろから肩を叩かれた。

「獄寺!玄関に突っ立って何してんだ?」
「わあああっ!!」

思わず声を上げて、招待状を握り締めたまま後ろを振り返る。
オレの反応に目を丸くした山本が真後ろに立っていた。

「びっくりさせんじゃねーよ!!」
「ちょっと肩叩いただけだろ。その花束、なに?」
「ん?ああ…貰った。オレに贈るつもりだったつーから」

正確には10年後のオレなのだが。
すると、山本は急に険しい顔をしてオレの顔を見据えてきた。

「誰に?」
「誰だっていーだろ。テメェには関係ねー」

ふいっと顔を逸らしたオレの腕を、山本が掴んだ。

「これ、何?」

そう言って、オレの手から招待状を奪い取る。

「あっ、テメ、何勝手に…」

止める間もなく、山本は招待状を開いた。
その中身を凝視していた山本が、明らかに戸惑った様子で顔を上げる。

「なあ…獄寺、これ、なんでオレとお前の結婚式って書いてあんの?」
「はっ…!?」

ぎょっとして、山本の手から招待状を奪い返す。
それは確かに、山本武と獄寺隼人の結婚式の招待状だった。
まさか10年後からランボが持ってきたとは知らない山本は、どういうことかとしきりに困惑している。
本物の招待状だなんて思わずに、誰かの作ったイタズラと思うしかないだろう。
けれど、それを知っているオレからすれば―――。

ちょっと待て。
ちょっと待て!
ちょっと待て!!
10年後、オレとこいつが結婚!!?

認めたくないけれど、オレは山本を好きなんだと思う。
もちろん、女として。

けれど、いまだに女だということは隠しているから、今の時点で山本がオレに対して恋愛感情なんて抱いているはずがない。

だけど、これから先の未来のどこかで―――。

オレは山本の顔をそうっと見上げた。

コイツが、オレを好きになる―――?

とくん、と胸が鳴った。

打ち明けるつもりなんてなかったのに。
女だということも。
好きだということも。

けれど、女としてのオレをコイツが受け入れてくれるなら―――。

と、首をひねっていた山本がふいにオレに目を向けた。

「…な、なんだよ?」
「んー。それ、本物だったらいーのにと思って」
「なっ……」
「オレ、嫁さん貰うなら獄寺がいーのな」

バカみたいに能天気な笑顔でそんなこと言いやがるから、ああもうダメだ、限界。
これ以上、隠せやしねえ。

「ほんっとーーーに貰ってくれんだな?」
「へっ?」

オレが睨みながら言うと、今度は山本が言葉に詰まる。
そりゃそうだ。こんな反応が返ってくるなんて予想してなかっただろう。
だってオレたちは男友だちなんだから。

困惑している山本を放って、オレは家の中に入っていった。
その後ろから、てけてけと小さなランボが着いてくる。

「ねえねえ、さっきのキレーな格好もうしないの?ねえっ?」
「今はまだしねーよ」
「えーーー!?」

ランボは口を尖らせて不満そうだ。
オレは苦笑して、ランボの体を抱えあげた。
幼いその顔を見つめ、口を開く。

「わりぃな。オレ、お前のモンにはなれねー」
「?」

ランボは良くわかっていない様子できょとんとしている。

「それから」

そこで言葉を切り、もう一人のきょとんとしている人間、山本に振り返った。

「覚悟しとけよ、野球バカ」






てめーが悪いんだからな。
てめーがオレをその気にさせたんだ。

いつかオレの秘密、全部打ち明けてやるから。



だから。






10年後、観念して嫁に貰いやがれ―――。

 


ランボの初恋は間違いなく獄寺くんだと思うんですよ。獄寺くんもランボに対して微妙に母性出しちゃってたりなんかして。
しかしランボの成長を待たずして初恋のお姉さんはお嫁に行くのです。
もちっとラン獄の要素も入れたかったな…あくまでベースに山獄があるわけだけども。
(2007.12.20UP)

 

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