囚われた腕の中

 

「おー、変わるもんだねえ、女ってのは」
「うっせ」

マンションのエレベーターから出てきたオレを見て、シャマルが表情を緩めた。

「サイズちょーどよかったみたいだな」
「なにもこんな服買わなくてもよかったんじゃねーか?」

そう言って、オレは自分の格好を見下ろした。
レースのたくさんついた可愛らしいブラウスと、膝上のミニスカート。
もう何年もはいていなかったスカートが妙に落ち着かない。

「どーせなら着飾った隼人と食事したいだろー」

オレは呆れて顔をしかめたが、これからおごってもらう立場なので何も言わなかった。

そもそもなんでこんなことになっているのかというと。
イタリアから次の生活費が振り込まれるまであと三日。
それなのに、手持ち金はほとんどゼロ。
それを見かねたシャマルが、メシをおごってやると申し出たのだ。
ただし、それには条件が一つ。

………女の格好でついてくること。

本来なら女の格好なんて冗談じゃないのだが、背に腹は変えられない。
シャマルの車で移動するからほとんど人目につくことはないだろうし。
服がないといったらご丁寧にシャマルがプレゼントしてくれたし。

「んで、なに食わしてくれんだ?」

助手席に乗り込み、運転席のシャマルに問いかけた。

「なにがいい?フレンチでも中華でも和食でもいいぞ」
「んー…そーだな…」












それから数時間後。

「ったく、シャマルのヤロー!」

ぐちぐちと文句を言いながら、オレはマンションまでの道を歩いていた。
食事をおごってくれたのはいいが、いざ帰ろうというところで愛人からのラブコールが入ったとか言い出したのだ。
おかげでマンションまでの道のりをこうして歩いて帰る羽目になっている。

「知り合いに会わねえうちに帰らねーと…」

早足で歩いていると、ふいに目の前に誰かが立ちふさがった。
顔を上げると、大学生くらいの男がじろじろとオレを見下ろしている。

「ねえ、これからお茶でもどう?」
「あ?」
「すっごい綺麗だよね〜、ハーフ?」
「冗談じゃねー。失せ…」

男を睨みつけようとしたその時、複数の足音がこちらに向かってきた。

「あのっ、お茶ならオレとどうですか!?」
「いやいや、オレとっ!」
「ケーキのおいしい店知ってるんですけどっ!」
「なあっ!!?」

ワッと四方八方からギラついた目の男たちがいっせいに声をかけてきた。
これにはさすがに怯む。
そもそも、ケンカを売られるのは慣れていても、ナンパされるのには慣れていない。

ええいっ、こーなったら……!

オレは腕を伸ばし、その場を通りかかった男の腕を掴んだ。

「てめーら散れっ!オレはこいつとデート中なんだよっ!」

そう叫んで、言い寄ってきた男たちを睨みつけた。
途端に男たちが怯んだような顔を見せる。

おお、効果テキメン!?

「そーそー。コイツはオレとデート中なのな!」

………ん?

ぐいと肩を引き寄せられ、体が密着する。
聞き覚えのあるその声に、そろりと顔を上げた。

腕を組んでぴったりとくっついているその相手は、紛れもなく山本だった。

「〜〜〜〜〜っ!!!」

悲鳴を上げることも出来ず、ぱくぱくと口を動かす。

「だからわりーけど、諦めてくれな!」

穏やかな声にそぐわず、山本はギロリと殺し屋のような目つきで男たちを睨んだ。
男たちはその迫力に押されて、慌てふためきながら散り散りに逃げていった。

だが、オレはといえばそれどころではなかった。
山本の顔を見れずに、だらだらと冷や汗を流す。

「大変だったなー、獄寺!」

改めて名前を呼ばれて、びくんとする。
そこでようやく山本に肩を抱かれたままであることに気がついた。

「てめー、いつまでくっついてやがる!いい加減に離せっ!」

無理やり山本の腕を振り払うと、オレはぷいっと顔を逸らした。

「悪かったな。まさか通りかかったのがテメーだとは…」
「うん、それはいーんだけどさ。なんで女装してんの?」
「う゛っ…」

オレは言葉に詰まった。
ていうか女装じゃねえ!と心の中で突っ込みを入れる。

「まー言いたくないんならいーんだけどさ」

そう言ってから、山本は「ん」と手を差し出してきた。

「…?なんだ?」
「手ぇつなごうぜ!」
「はあっ!?ざけんな、なんでテメーと手なんざ…」
「だってオレらデート中なんだろ?」
「バカ、さっきのはナンパを断るためにだな…」
「いーじゃん。時間あるんだろ?デートしてくれよ」
「な、なんでテメェと…」
「だって今日の獄寺すっげー可愛いのなー。このまま別れんの勿体ねえ。それに、女装してっから手ぇつないでもおかしくねーだろ?」
「…………」

一ヶ月前、オレは山本に告白されていた。
オレが女だと気づいているわけではなく、男同士でも構わないから好きだ、という内容のものだったけれど。

当然オレは断った。
だってオレは10代目のために男として生きていくつもりで、山本のことも同じ守護者の仲間として以上に思うつもりなんてなかったから。

それからもオレたちは今までどおりの関係を続けていたのだけれど―――山本の方は、やはりまだオレのことを好きらしい。
だって、さっきから鼻の下を伸ばしてデレデレと嬉しそうだ。

「女装してたの、ツナに言われたら困るだろ?」
「……っ!!」

コノヤロウ…!!とこぶしを握り締め、わなわなと体を震わせる。
確かに10代目に妙なことを言われるのは困る。
山本の口を塞ぐためならばデートくらいは仕方ない。

「わーったよ!デートしてやりゃいーんだろが!」
「そうこねーと!」

山本はぱっと満面の笑みを浮かべて、オレの手を掴んだ。
大きな手のひらは、やすやすとオレの手を包み込んでしまう。
その手の大きさに戸惑いながらも、オレは山本に手を引かれて歩き出した。












「…おい、どこ行くんだよ」

手をつないで歩きながら、オレは前を行く山本に問いかけた。
女の格好をしていようと、手をつないで歩くのが恥ずかしいのには変わりない。
なんかオレたち、さっきからやたらと人目引いてんだよ。

「着いたぜー、ここ」

山本に連れられてきたのは、ゲーセンだった。
10代目たちと何度か来たことがある。

いかにもデートという場所じゃなかったことにホッとしつつ、オレは山本と並んでゲーセンに入った。

どれをやろうかとゲームを物色していると、ふいに山本がオレの手を引っ張る。

「獄寺、プリクラ撮ろうぜ!」
「は!?」
「色んな機種があんだなー。どー違うんだろ」
「ってちょっと待て!誰がんなもん…」

女の格好でプリクラなんて冗談じゃない。
誰に見られるかわからない。

「あ、だいじょーぶだいじょーぶ。誰にも見せないから。オレの宝物にするだけ」
「宝物って何言ってんだ、テメ…」
「好きなヤツとのプリクラなら宝物にして当然じゃん」
「まだそんなこと…」
「ふられたのはわかってるよ。でも好きでいんのはオレの自由だろ?そんな簡単に忘れられる気持ちだったら、男同士で告白なんてしてねえし」

……なんでコイツは、そんなにオレがいいんだろう。
男同士で望みがないって思ってても、それでも好きでいられるなんて、理解できねえ。

なんで、オレなんか……。
お前には、オレなんかよりもっとふさわしい女がいるだろ……?

「獄寺、前向けよ。そろそろ撮影始まるぜ」

いつの間にかコインを投入していたらしく、プリクラのカメラが目の前にあった。
機械のアナウンスがやたら高いテンションでカウントダウンを始める。





「ほら獄寺、半分」

出来上がったプリクラを二つに切り分け、山本がオレに差し出してきた。
それを受け取り、オレたち二人が寄り添ったプリクラに目を落とす。
仏頂面のオレと対照的に、山本は満面の笑み。
上半身しか写っていないが、可愛らしいブラウスのせいでオレは女にしか見えなかった。
…いや、服装のせいではなく、横にいる山本のせいかもしれない。
男として理想的な体格をした山本の隣にいれば、否が応でもオレはか弱く見える。

「へへっ、可愛いなー」

何度もプリクラを眺めては、山本はそう言って頬を緩める。
ムズムズとこそばゆい気持ちになって、誤魔化すように山本の耳をつまんだ。

「にやにやすんな、気持ち悪ぃ」
「いてててて!」

どこが可愛いーんだか……。
そう思いながら、プリクラの中の仏頂面を見る。
可愛いってのは、オレみたいなのじゃなくて、もっと―――。

「あっ!やべ!」

ふいに山本が声を上げて、オレの手を引っ張った。

「獄寺、こっち!隠れて!」
「ちょ、なんだってんだよ!?」
「クラスのやつらがいる!」
「………っ!!」

山本に言われてクレーンゲームのところにいる男子の一団に目を遣る。
いちいちクラスの人間の名前なんて覚えちゃいないが、確かに見覚えのある顔が並んでいた。
ゲーセンから出るには、やつらのいるクレーンゲームの傍を通るしかない。
ただでさえ目立つオレと山本。見つからずに逃げられるとは思えなかった。

オレがどうしようと慌てふためいていると、山本がオレの手を引いてゲーセンの奥へと進んでいく。

「おい、どーする気だよ!?」
「ここからなら見つからずに逃げられるだろ」

そう言って山本が指差したのは、トイレの窓。
大きめの窓なので、確かにここからなら出られそうだ。
こちら側は裏通りに面していて人目につくこともない。
だが、ここって確かビルの二階だったはず…。

オレの躊躇いなど知る由もない様子で、山本は窓から身を乗り出したかと思うと、体を窓の外に投げ出した。
長い腕でビルの傍の電柱に掴まり、そのままするすると電柱をつたって下に下りていく。
すとんと地面に降り立った山本は、まだそこにいるオレを見上げて手を振った。

「ほら、獄寺も降りてこいよー!」

随分と簡単に言ってくれるぜ、と舌打ちしながらも、山本があっさりやってのけたことがシャクに障る。
負けるもんか、と窓に足をかけたところで気がついた。

オレ、スカートじゃねえか……。

さすがに下着まで可愛らしいものにはしておらず、パンツは普段と同じユニセックスなボクサーパンツだけれど。
しかし、真下で山本がオレを見上げているってのに、こんな格好で二階から降りるなんて出来ようはずもない。

「獄寺ー?どーしたー?」

オレが躊躇っていると、背後でトイレのドアノブをひねる音がした。
誰かが入ってくるのだと思った瞬間、焦ったオレは窓枠から足を踏み外した。

「おわっ!?」

そのまま、バランスを崩した体勢でオレは地面へと落下していく。

「…獄寺っ!!」










「……あれ…?」

思ったよりも衝撃を感じなかった。
不思議に思いながら恐る恐る瞳を開く。

オレは山本にまたがっていた。
山本がオレの下に滑り込んでくれたおかげで怪我も無くすんだらしい。

だが。

「……………」

オレは自分が乗っているせいで隠れている山本の顔を見下ろした。
そう、オレは山本の顔に股間を押し付ける格好で、山本の上にまたがっていたのだ。
山本はぴくりとも動かない。
事態を把握したオレの頭に、一気に血が上った。

「ぎゃああああーーーーーーっ!!!!」

思いっきり悲鳴を上げて、オレは山本から飛びのいた。
見下ろした山本の表情は、まともな思考回路が働いているとは思えないほど呆けていた。

スカートの裾を手で押さえてもじもじしながら、山本が動くのを待つ。
と、山本がようやく体を起こした。
山本は離れて立っているオレに顔を向け、相変わらず呆けた表情のまま口を開く。

「ごくでら、お前……ちんこは?

あるかんなもん。

間の抜けた問いかけに、思わず心の中で突っ込んだ。

「なあ、お前、変だぜ。なんでちんこねえの?

んな単語連発すんじゃねえよ。アホウ。

「お前、ひょっとして…」

山本が立ち上がり、こちらへ歩み寄ってくる。
逃げようとしたが、その視線に絡めとられたように動けなかった。

「女なんじゃ、ねえのか……?」

予測はしていたがそう問いかけられた瞬間、ごくんと唾を飲み込んだ。
山本は答えないままのオレの顔を、まっすぐに見つめる。

「なあ、ごくでら……ほんとのこと言ってくれよ……」

誤魔化しようがない、と観念して、オレは小さく息を吐いた。

「…ああ、そーだ。オレは女だ」
「オレが告白したのに、なんでふったの?」
「なんでって……んなの、キライだからに決まってんじゃねーか」
「嘘だろ。オレ、嫌われてるかどうかくらいは見極められるぜ。獄寺はオレのこと好きだよ。少なくとも、キライじゃないはずだ。男同士なら振られんのも納得できたけど、女の子なのにダメって、なんで?」
「…しつっけーな!理由なんかどーでもいーだろが!オレがてめーのこと好きだなんて、んなことあるわけねーだろ!」

そうだ、好きになるはずがない。
オレは男になんて惚れちゃいけねえし、こいつとはただの守護者同士でいなきゃいけねえ。
だから、好きになっちゃいけねえんだ………。

―――好きになっちゃ、いけない?

そこでふと疑問符が浮かんで、オレは眉を寄せた。
なっちゃいけない、って、その言い方はおかしいだろ。
それじゃまるで、好きにならないように無理してるみてえだ。

まるで、本当は好きなのに、好きじゃないって自分に言い聞かせているような。

そう、まるで。
本当は、オレが『山本を好き』みたいな―――。

「………あ……」

愕然とした。
唐突に自分の中に沸き起こった感情に身を震わせ、自らの腕で自身を抱きしめる。

「獄寺?…大丈夫か?」

山本が腕を伸ばし、その指先がオレの肩に触れた。
びくりとして、思わず後ずさる。
自分でもわかるほどに、顔が熱くなっていた。

「獄寺、顔真っ赤だけど……なんともねえのか?」
「テッ、テメェのせいだろが!」
「へ?」
「テメェが…っ、妙なこと言うから…!オレがお前のこと好きだとか、なんでオレが気づいてねえのに、テメェの方が先に気づいてんだよ…!わけわかんねぇ…!なんでオレはテメェなんか好きなんだ…!?」

気持ちが止まらなくなったオレは、ずっと心の中に渦巻いていたモヤモヤを、手当たり次第にぶちまける。

「女として生きる気なんかなかったんだぞ…!テメェさえいなきゃ、オレは…このまま男のフリして、10代目の右腕として…」

しゃべりながら溢れてくる涙を拭い、鼻水をすすりあげた。

「台無しだ、テメェのせいで…!テメェなんかに惚れちまったせいで、何もかも…!」

その直後、山本の力強い腕に抱きしめられた。

「泣くなよ、獄寺。オレも好きだから」

耳元で甘く囁かれ、瞳にたまった涙をなめ取られる。

「なっ…何しやがる!」

驚いて思わず叫ぶと、山本がにっこりと笑っていた。

「獄寺の涙なら甘そうだと思ったんだけど、やっぱしょっぱいのな!」
「あたりめーだ!涙ってのはしょっぱいに決まって…」

言葉の途中で、唇をキスで塞がれた。

「…唇は、甘いな」
「…………っ!」

ケーキを食った直後でもあるまいし、人間の唇が甘いわけがない。
目の前のコイツの笑顔の方が、オレにとってはよっぽど甘い。
……とろけそうで、体に力が入らない。

「大好きだよ、獄寺」

オレの髪を撫でながら、繰り返し山本が同じ言葉を囁く。
山本の腕の中で瞳を閉じ、オレは逃れようのないほど自分がコイツに囚われていることを知った。

 


落下して顔の上に……って、嫁入り前の娘さんが大変なことに。これがToLOVEるなら日常茶飯事ですけど!
女の子に向かってちん○とか連呼させて申し訳ない。
(2008.4.17UP)

 

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