俺たちの宝物

 

それは学校が終わった放課後のこと。
いつものように、ツナ、山本、獄寺の三人はツナの部屋で宿題を片付けていた。

途中でランボが乱入してきたのもいつものことで。
そうして、獄寺に殴られたランボが泣きだしてバズーカを取り出したのも、いつもどおり。

けれどいつもと違っていたのは―――。






「はは、お前らちっさいなー」
「山本がでかすぎるんだよ…」

目の前で笑う男を、ツナと獄寺は戸惑い気味に見上げていた。
さきほどバズーカが命中したのは、ランボではなく山本。
今この部屋の中には、14歳の山本の代わりに24歳の山本がいるのだった。

「急にこっち来て大丈夫だったの?10年後で仕事中だったんじゃない?」

スーツ姿の山本に、ツナが心配げに問いかける。
獄寺はといえば、ツナの隣で落ち着かない様子で口をつぐんでいた。

「仕事終わって家に帰り着いたとこだったからだいじょーぶだぜー。あ、でも10年前のオレは今頃困り果ててるかもな」
「え?それってどういう…」

と、そこで山本は腕時計を見る。

「そろそろ時間だな。じゃ、また10年後な」

そう言った次の瞬間、24歳の山本の姿は消え、代わりに見慣れた14歳の山本が戻ってきた。



―――だが。



「ふぎゃああああ!!!」
「こ、こら、泣きやめって〜!」

けたたましい声を上げて泣き叫んでいるのは赤ん坊だった。
山本は赤ん坊を抱き、泣き止ませようと必死になだめている。
けれど、赤ん坊はいっこうに泣き止む気配を見せなかった。

「赤ちゃんーーー!?山本、どーしたのその子!?」
「あっ、ツナ、獄寺ー!こいつ全然泣き止まねーんだ、助けてほしいのなー!」

そう言って、山本は二人の方に赤ん坊を差し出す。

「って、ガキの扱いなんて知るかよ!」

そう反論した獄寺だったが。

「あーーー」

獄寺を見るなり、それまで泣いていた赤ん坊がぴたりと泣くのを止めて、ばたばたと獄寺に向かって手を伸ばし始めた。
ぽす、と山本は獄寺に赤ん坊を手渡す。

「わっ、ちょ、こらっ」

危なっかしい手つきで赤ん坊を抱える獄寺。
と、赤ん坊は大きな瞳で獄寺を見上げ、だあだあと嬉しそうに笑い出した。

「うわ、笑った!獄寺くん、すごいよ!」
「は、はあ…でもオレ、ガキに懐かれたことなんてねーんすけど…」
「ふー。助かったのなー」
「おい!いったいどーしたんだよ、このガキ」

獄寺が尋ねると、山本は困惑げに頭を掻き。

「10年後に行ったら目の前にいたのな。泣かれたから慌ててなだめてたんだけど……」
「んじゃー何か?お前、コイツを10年後から一緒に連れてきちまったってことか?」
「そーなるのかな。そーゆーことってあるもんなのか?」
「さ、さあ…どーなんだろ…」

ツナは困惑げに首をひねった。ランボに聞いたところで参考になるかどうか怪しいものだ。
しかしこの赤ん坊が本当に10年後からついてきてしまったのだとすると―――。

「どうにかして10年後に帰してあげないとマズイよね…。親も心配するだろうし…」
「んー。ていうか、親って獄寺なんじゃねえの?」
「は!?オレ!?」
「だって獄寺に懐いてっし」
「バカゆーなよ、なんでオレの子がお前んちにいんだ!それを言うならお前の子なんじゃねーのか!?」
「だってほら、髪の色もおんなじだぜ?」

言われて、獄寺は改めて腕の中の赤ん坊を見下ろした。
確かに赤ん坊の短い髪は銀色にキラキラと輝いている。
ぱっちりと見開かれた大きな瞳も自分と同じ緑色だし、顔立ちもどことなく自分に似ているような……。

「オレの…子…?」

困惑気味の獄寺を見上げ、赤ん坊はにこりと微笑み。

「あー……かーちゃあ」

そう言って、獄寺に向かって腕を伸ばした。
びっくーん、と獄寺の体が固まる。

「あはは、違うよー。お母さんじゃなくてお父さんだよー」
「あ、あはははは!そっすよね!このガキ何を間違えてんだか…」

赤ん坊は必死に獄寺の胸に手を当て、ぺたぺたと何かを探している。

「あうーーー?」
「ははは、探したって獄寺にはおっぱいねえぞー?」

山本の言葉通り、どう見てもその仕種はおっぱいを探し求めているものだった。
だが、赤ん坊は納得のいかない様子でシャツの上から獄寺の胸をまさぐり続けている。

「おなか空いてるのかもね。えっと……粉ミルクかな?母さんに聞けたらいいんだけど……さっき買い物に出たばっかだからなあ……」
「あ、オレ大体作り方わかるぜ。親戚の子の世話したことあるし」

そう言って、山本は自信たっぷりに胸を叩いた。

「買いに行ってくるよ。すぐ戻れるかわかんねーし、紙オムツとかもいるよな」
「じゃあ、オレんちに行くぞ」
「え?」
「いきなり赤ん坊がいたらお母様が驚かれるだろ。10代目のお宅にもご迷惑だ」
「ええ?いいんだよ、別に。元はといえばランボのせいなんだし…」
「まーでも確かに、獄寺んちが一番いいんじゃね?一人暮らしだし、コイツも獄寺と一緒の方がいーだろーし」











マンションに着くと、獄寺は片手にしっかりと赤ん坊を抱きかかえたままドアを開けた。
その後ろから、紙オムツやらベビー用品を抱えた山本も入ってくる。

「獄寺、台所借りるぜー」

ほとんど使っていないシンクの前に立ち、山本がミルクの準備を始める。
獄寺はソファに座り、赤ん坊を膝の上に下ろした。

「100%オレ似だな…」

その顔を見下ろしながら、ポツリと呟く。

これでは父親が誰なのか検討がつかない。
いや、一応……山本の家にいたということだけれど、たまたま遊びに行っていただけという可能性もあるし。
何より、自分と山本だなんてありえないだろ?
だって山本に似合うのは、自分みたいのじゃなく、もっと普通の………。

「お待たせー!」

しばらくして、山本が哺乳瓶を手に戻ってきた。
はい、と獄寺に哺乳瓶を差し出す。

「オレがやんのかよ?」
「だって獄寺に懐いてんだもん。簡単だからさ」

山本に促されて、獄寺は慣れない手つきで赤ん坊に哺乳瓶を近づけた。
小さな口が哺乳瓶の先をくわえ、んくんくと飲み始める。

「うっわー、すげー勢い。腹減ってたのなー」
「食い意地の張ったガキだぜ…」

ぼやきながらも、一心不乱にミルクを飲む様が可愛らしくて獄寺は頬を緩めた。

「なんかそーしてっと、獄寺って父親っつうより母親だよな」
「んなっ…!」

山本の言葉に、獄寺は顔を引きつらせた。

「誰が母親だ!ふざけんな、野球バカ!!」
「ふぎゃああああ!!」

獄寺の怒声に驚いて、ミルクに熱中していた赤ん坊がけたたましく泣き出した。

「あーあ、んなでけぇ声出すからだぜ」
「そ、そんなこと言われたって…!こ、こら、いー子だから泣き止め!」

獄寺が必死になだめると、赤ん坊は次第に泣き止み、そのまますぅすぅと寝息を立てだした。

「腹も膨れて眠くなっちまったのかなー」

赤ん坊の額を撫でながら、山本はでれでれと顔を緩める。

「かわいーのなー。こんな子ほしーなぁ」
「……オレの子だろ」
「そーなんだよなー。どー見ても獄寺の子だもんなー」

山本は首をかしげ、獄寺の顔を覗き込んだ。

「なあ獄寺、こいつオレら二人の子だったりしねーかな?」
「んなっ…!?」

獄寺がぱくぱくと言葉を失っていると、山本は「なんてな!」と頭をかいた。

「いくらなんでも有り得ねーもんな。男同士だし…」
「…あたりめーだ、バカ」











数時間後。

「獄寺ー、夕飯できたけど、赤ん坊の様子どう…」

キッチンを借りてついでに夕飯を作った山本は、皿を手にリビングにやって来た。

「…あれ?」

赤ん坊を腹の上に乗せた体勢で、獄寺はソファの上に仰向けになっていた。
赤ん坊も獄寺も、すやすやと静かな寝息を立てている。

「はは、親子っつうよりは兄弟みてーだな」

笑顔を浮かべ、山本は二人の様子を覗き込んだ。
と、獄寺の上で赤ん坊がもぞもぞと手を動かした。
小さな手で必死に獄寺の胸をさぐっている。

「おいおい、獄寺にはおっぱいはないってー」

そう苦笑した山本だったが、次の瞬間、表情を固めた。
赤ん坊がもぞもぞと動いて、獄寺のシャツをまくりあげたのだ。
そのシャツの下にあったのは、まったいらな少年の胸ではなく、サラシで覆い隠されているものの、しっかりと丸みを帯びたバスト。

「んー……」

眉をしかめ、獄寺が目を覚ます。
瞳を開いた獄寺は、自分を見下ろして固まっている山本を見上げた。

「なんだ?変な顔して…」

胸の上の赤ん坊を見ようと視線を動かした瞬間、獄寺の目にも自身のバストが目に入った。
慌てて体を起こし、シャツを元に戻す。
手遅れなのを自覚しながらも恐る恐る山本の顔を見ると、獄寺と視線を合わせた山本の顔が赤く染まった。

「……見た、よな」
「ご、ごめん」
「別に……お前のせいじゃねえし……」

二人が気まずい空気に顔を逸らしていると、目を覚ました赤ん坊が獄寺の体を揺すった。

「かあちゃ、おっぱい」
「出ねーっての!」
「そっか…。獄寺が『かあちゃん』っての間違ってなかったのな」
「……ああ」
「じゃあさ、お願いがあんだけど」

そう言って、山本は獄寺の肩を掴んだ。
真剣な瞳で、まっすぐに獄寺の顔を見つめる。

「な、なんだよ?」

鼓動が早くなるのを感じながら、獄寺は動揺を悟られないように問い返した。

「こいつの父親、オレにしてくんね?」
「…………」

ぽかん、と一瞬呆けた後で、「ふざけんな!」と獄寺は拳を振り上げた。

「いっくらこいつを気に入ったからって、んな理由で父親にできっかよ!」
「え!?違うって、獄寺!そりゃコイツは可愛いけど、それだけで父親になりたいとか言わねえよ!」
「じゃーなんのつもりで…」
「だからっ…」

山本の腕が強い力で獄寺の体を引き寄せる。

「……好きなんだ、獄寺が。10年後の獄寺に子どもがいるって知って、すげえ嫉妬した。獄寺が女と結婚したんだって思ったから……。でも、獄寺が女の子ならそーじゃねえだろ?獄寺の相手は男だろ?なら………オレが獄寺を貰いたい。他のヤツに取られるなんてイヤだ」
「やまもと……」
「ダメか?」

まっすぐに問いかけられ、獄寺は俯いた。

「ダメ…だろ。オレよりも、お前にはもっとフツーの女らしいヤツの方が…」

そうだ。
優しく笑う、赤ん坊を抱いているのが似合う女。
普通の母親になれるそんな女こそが、こいつには相応しい。

獄寺がそんなことを考えていると、俯いている獄寺の肩を掴んで、山本がその顔を覗き込んできた。

「ダメじゃねーよ!オレは全然ダメとか思ってねーもん!女らしくなくたっていーんだ、オレは獄寺だから好きなんだぜ!?」

怖いくらい真剣な瞳に見つめられ、獄寺の胸が苦しくなった。
息をするのも忘れて、ただ山本の瞳を見つめ返す。

まるで時が止まったかのような、その刹那。



ボフン!



「なっ!?」

突然山本の体が煙に包まれたかと思うと、14歳の山本と入れ替わりに24歳の山本が現われた。

「お前、なんで…!」
「お、やーっぱここにいたか!」

24歳の山本は獄寺の膝から赤ん坊を抱え上げると、ほーっと息をついた。

「未来に戻ったらコイツの姿がねーから焦ったぜ。隼人には怒られるし泣かれるし。ひょっとしてこっちに来てんじゃねーかと思って、ジャンニーニさんに過去に来れるように10年バズーカいじってもらったんだ」
「隼人って…なんで名前で…」
「ん?そりゃーだって当然だろ?」

何でもないことのように山本は笑っている。
獄寺は不安げに瞳を揺らして、問いかけた。

「なあ…オレ、ちゃんとコイツの母親やれてるか?」

獄寺自身に、幼い頃に死んだ母の記憶はほとんどない。
荒れた生活を送ってきた自分に、優しい母親なんてものが務まるとは思えなかった。

獄寺の不安を察して、山本はその頭を撫でた。

「だいじょぶだって。コイツ、ちゃんとお前に懐いてただろ?」

獄寺がこくりと頷くと、山本は身をかがめてその顔を覗き込んだ。

「隼人、一つだけ知っといてくれな」

そこで一呼吸置き、山本は穏やかな笑みを浮かべる。

「幸せだぜ、オレたち」



ボフン!



「あ…あれ…?」

煙の向こうに、10年後から戻ってきた山本がぽかんとした表情で立っていた。

「あれ!?赤ん坊は!?」
「心配ねえ。10年後のお前が連れて帰った」
「そっか…。良かった…」

山本はほーっと息をついた。

「未来の獄寺が泣きながらオレにつかみかかってきてさ、すげえ心配してたんだ」
「…未来のオレに会ったのか?」
「ああ。見た目はすっげーキレイな女の人って感じだったからびっくりしたけど、中身変わってなかったからなんか安心したのな!でもやっぱお母さんなんだよなー、ツナのこと以外であんなに取り乱すの見たことねえもん」



『幸せだぜ、オレたち』

24歳の山本の言葉が、獄寺の頭の中に繰り返し響く。
山本には、本当はもっと違う幸せだってあるのかもしれない。
普通の女と結婚して、普通の家庭を築けば、それだってきっとそれなりに幸せだろう。

けど、この未来が幸せだと未来の山本は言った。
アイツがそれで満足だって言うんなら、オレは―――。



「…ま、父親候補くらいなら考えといてやってもいーぜ」
「へっ?…え!?獄寺、それホントに!?」
「あくまで候補だからな、候補!オレはまだお前なんか好きじゃねーんだ!」
「まだってことは、これから好きになる可能性大ってことなのな!」
「ばっ…!」

獄寺が言葉に詰まっていると、ぎゅうと山本に抱きしめられた。

「獄寺、オレ、頑張っていいオヤジになるから!」
「気がはええよ!あとドサクサ紛れに抱きつくな!」

山本の体を蹴り飛ばし、ぷいと獄寺は顔を逸らした。
赤くなっている顔を見られまいと、背中を向ける。

「……せいぜい勝手に頑張りやがれ、バカ」

 


獄寺くんの方はまだ恋が始まる一歩手前…だと思う。悪くないなぁ、くらいの。
5分間過去に行ってる間に我が子が消えてたら大慌てですよね。奥さんになんて言ったら言いのなー!みたいな。
気の強い奥さんに怒られるのは平気でも泣かれると弱い旦那さんです。
(2008.4.5UP)

 

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