「野球部の練習終わったみたいだよ」
「マジ?じゃ、恭弥、また明日な!」

僕の言葉にぱっと反応して、隼人は慌しく応接室を飛び出していく。
いつものように校門のところで恋人の山本と落ち合うはずだ。

獄寺隼人は僕にとって初めての、唯一友人と呼べる人間だった。
きっかけは六道骸と戦った時。
肩を貸した時に、気づいてしまったのだ。
彼女も、僕と同じように性別を偽っているのだと。

その時に、同じだと思った。
僕と隼人は同じ。
だからあの子だけは友人と認め、応接室への出入りも好きにさせている。

………けれど。

本当は同じでなんかないことに、僕はだんだんと気づき始めている。

だって僕には、隼人が山本を特別に大切だと思う気持ちが理解できない。
隼人と山本なんて正反対の人間なのに、どうして惹かれあうのかがわからない。

両親や草壁が言うには、それは僕以外の人間には最初から理解できている感情らしい。

どうしてそれが、僕には理解できないんだろう。
これまではそれを辛いと思ったことなんてなかったのに、隼人と山本が付き合いだしてからは、そのことが少し………苦しい。








「恭弥ーっ!」

勢いよくドアが開いて、能天気な声が応接室の中に響いた。

「…ノックくらいしてくれる?」
「わりーわりー。早く恭弥に会いたくってよ」

そう言って、かつて僕の家庭教師を買って出た男―――ディーノは頭を掻いた。

「何か用?」
「もちろん、恭弥の顔を見に」
「忙しい身だと聞いた気がするけど、僕の記憶違いだったかな」
「ああ、忙しいぜー。もー超多忙!やっと仕事片付けてイタリアから飛んできたんだからな!」

どうもこの人の言っていることは理解に苦しむ。
日本語は堪能みたいなのに。

「……そうだ」

ふと思いついて、ディーノの顔を見上げた。

「あなた、家庭教師だって言うなら教えてよ」
「ん?何をだ?」
「人の愛し方」

まっすぐに見つめて問いかけると、ディーノの顔が固まった。
僕もじっと動きを止め、そのままディーノの返答を待つ。
やがて、ディーノは頭を抱え込んだ。

「…おっまえなぁ〜〜〜」
「僕、何か変なこと言った?」
「変っていうか…いや、まぁ……変ではねーけど……」

腕組みして唸っていたディーノは、ふと気がついたかのように僕を見返した。

「恭弥、人を愛したことねーのか?」
「ない。だから聞いてるんだろ」
「ふーん……」

ディーノは困惑げにガシガシと頭を掻く。

「愛し方を教えるってのも難しいもんだぜ…」
「あなたは愛し方を知ってるの?」
「へっ?」

僕の問いかけに、ディーノはさらに難しい顔で唸りだす。

「うーーーん……本当にわかってるかって聞かれるとなんとも言いがたいんだが…」
「なんだ、ずいぶんはっきりしないんだね」
「自分の部下を愛してるかって聞かれれば自信を持って愛してるって言えるさ。けど、恭弥が知りたいのはたぶん、そーいう意味じゃねーんだろ?オレだけじゃなく誰だってそんなもんだと思うぜ。まあ、ほんとーに好きな相手がいりゃあ別だけど」
「いないの?」
「あいにく、恋人のいねー寂しい身だからな」
「ふうん……そういうものなの」

人の愛し方を教えてもらえるかと思っていた僕は、なんだか拍子抜けしてしまった。

「あっ、じゃあさ、こんなのどーだ?」

僕の落胆に気づいたのか、ディーノがぽんと手を叩く。

「オレと付き合ってみるってのは?」
「………は?」
「真似事でもさ、恋人同士がやるようにしてみれば、少しはそーいう気持ちがわかるんじゃねえか?」

ディーノの提案をゆっくりと頭の中で反芻してみる。
習うより慣れろ、とは言うけれど……僕とこの人が恋人同士…?

「オレじゃ不足か?」

曇りのない瞳で見つめられて、条件反射のように首を横に振った。

「そっか。じゃ、よろしくな」

優しく笑い、その大きな手のひらが僕の頭を撫でる。

「ま、男同士なんだからホントに練習だと思ってさ!」

ああ、とそこで思い出した。
そういえば、この人は僕の性別を知らないのだ。
男同士。家庭教師と教え子。

………そう、これはただの練習。

 



(2008.6.12UP)

 

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