軽くノックをしてから、いつものように応接室のドアを開ける。
すると、ソファに座っていたヒバリがこちらに顔を向けた。

「やあ」
「邪魔するぜ」

そう言って中に入り、ヒバリの正面に腰を下ろす。





先日ヒバリに女だと知られて以来、オレはこうしてちょくちょく応接室にやって来ていた。
初めの頃は、やっぱり何か企んでんじゃねえのかとか、あんなヤツに気を許すもんかとか、そう思いながらやって来ていたが、最近ではそんな考えもだいぶ薄れてしまった。
なぜかヒバリはオレのことを気に入っているらしく、オレが来るのを待っているふうなのだ。

そうなると、オレとしても悪い気はしない。
悔しいけどコイツの強さはホンモノだし、あの最恐の風紀委員長がオレにだけ態度が柔らかいというのも、思えばかなりの優越感だった。

「ケーキあるんだ。隼人、好きでしょ?」

そう言いながら、ヒバリが紅茶とケーキを用意する。
なんだかちょっとしたお茶会風味だ。
城にいた頃は当たり前の習慣だったけれど。

「はい」
「サンキュ」

ヒバリの淹れてくれた紅茶を飲んで、それからオレはヒバリに目を向けた。

「ヒバリっていつもここにいるよな。授業出てねーのか?」
「隼人だってしょっちゅうサボってるくせに」
「レベル低くて受けてらんねーんだよ」
「ところで、隼人」
「ん?」
「いい加減に名前で呼んでくれない?」
「……あ」

前から名前で呼んで欲しいとは言われていた。
けれど、ついつい今までの癖でヒバリと呼んでしまっていたのだ。
別に名前で呼ぶことに抵抗があるわけじゃねーんだけど、コイツってオレん中じゃずっと『ヒバリ』だったから。

「わりー、恭弥。気をつけてはいるんだけどよ」

うん、『恭弥』。
呼んでみると意外と呼びやすくて悪くねえ。













「お前、それって惚れられてんだろ」

保健室に立ち寄り、恭弥に気に入られていて、その理由がわからねえと話してみると、そう言ってシャマルは呆れた顔をした。

「惚れ…っ!?」
「どー考えたってそーだろ。お前のこと女だとわかってて一緒にいてくれだの名前で呼んでくれだの、そりゃーお前のこと女として好きなんだよ」
「なわけねーって!オレなんて全然女らしくねーし、男のナリしてっし…」
「そこがいーのかもしんねーぞ。あの暴れん坊主ならありえる。中身はどうあれ、お前黙ってれば美人だしなあ」

「中身はどうあれ」は余計だっての!
シャマルを軽く睨んでから、オレは眉間の皺を深くした。

アイツがオレに惚れている?
確かに女だと知るなりこんなに気に入ってくれてんのは、そういう理由しかないかもしれない。

「まー、お前の方もマンザラじゃなさそーじゃねえの?」

そう言って、シャマルは顎をさすりニヤニヤと笑った。

―――確かに、恭弥のことはキライじゃねえ。けど、男として好きかって言われると。

その時、オレの脳裏に浮かんだのは、別の男の顔だった。
野球しか取り得がなくて、なのにやたらと人気者の大馬鹿ヤロウ―――山本。

違う違う、と慌てて首を振り山本の顔を頭から追い払う。
オレは男として10代目の右腕になると決めたんだから、男に惚れるなんてありえねえんだ!
それもあんな野球バカなんかに!

「おーい、隼人?だいじょーぶかー?」

シャマルの言葉を聞きながら、オレはすっくと立ち上がった。

「恭弥も他の男もオレには関係ねー!オレは10代目の右腕になれりゃいーんだ!」
「お前なあ、その目標にどうこういうつもりはねーが、色恋抜きの人生なんて味気ないぞー?」
「てめーが言うな、このスケコマシ!」

そう言い捨てて、オレは保健室を後にした。
そろそろ昼休みだ。10代目と(ついでに山本と)昼飯を食うために教室に戻ろう。


















「―――…気がついた?」

瞳を開くと、恭弥がオレの顔を覗き込んでいた。
ぼんやりしながら首を動かす。
教室に戻っていたはずのオレは、なぜか応接室のソファに寝かされていた。

「驚いたよ。廊下を歩いていたら隼人が倒れていたから」

……ああ、そーいや教室に戻る途中で、10代目に弁当を届けに来たアネキとバッタリ出くわしたんだっけ。
まだ少しキリキリ痛む腹を押さえ、そこでオレは違和感を感じた。

おかしい、胸が楽だ。
学校にいる時にこんなに楽なはずはないのに。
だってオレはいつも、男のフリをするためにしっかりとサラシを―――。

試しにシャツの上から自分の胸を触ってみると、むにゅ、と確かな弾力が手のひらに伝わった。

ガバリと勢い良く起き上がり、まじまじと自分の胸を見下ろす。
シャツのボタンは閉じられていたが、大きく膨らんだ胸元は、シャツの下に何もまとっていないことを示していた。

「なっ、なん、なんで、サラシ……っ」
「ああ。苦しそうだったから外したよ」
「だ、誰が」
「僕」

恭弥は平然としてそう言ってのけた。

なんでそんな普通に言うんだ。
だってサラシを外したってことは、その、コイツがオレの胸をじかに見たってことで…!

ぶわっ!と目のふちに熱いものがこみ上げてきた。
もちろんのこと、今まで男に見せたことなんてねえんだ。
それなのに、それなのに―――!

「大丈夫?まだ具合悪いの?」
「触んな…っ!」

肩に置かれた手を咄嗟に払い、オレは自分の体を抱きしめながら身を縮めた。
先ほど振り払ったはずの野球バカの能天気な笑顔が、またしても頭に浮かぶ。

やめてくれよ、こんな気分の時に出てくんじゃねえよ。
好きな男の顔なんか、こんな時に思い出したくねえ…。

「隼人?気に障ったんなら……」
「もうオレに構うなっ!」

思い切り恭弥の体を突き飛ばして、オレは涙を溢れさせた。

「お前がどーゆうつもりか知らねーけどなあっ!オレは女だし、男に体見られたら平気じゃねーんだよ!好きなヤツにだって見せてねーのに、なのに……っ」

膝に顔を埋めてぐすぐすと鼻をすする。
ああ、こんな泣き喚くヤツ恭弥は大嫌いだろうな。
嫌われちまったかも。
けど、いっそのことその方がいいのかもしれない。

「うん、確かに男に体を見られたら平気じゃないだろうね」

って、なんでこの状態でそんな呑気に同意してんだよ。てめーがその“体を見た”男だろーがよ。

「隼人、男に見られたの?」

だから、てめーが……。

―――ん?

オレが顔を上げると、恭弥の手にしているハンカチがオレの顔を拭った。

「どこの男?咬み殺してあげるよ。同じ女として放っておけないからね」
「………は?」

ちょっと待て。今なんつった?
同じ………女として、つったか?

「お前……女なのか?」

オレが問いかけると、恭弥はそこでようやく合点が言ったといった感じに頷いた。

「ああ、ひょっとして気づいてなかった?」

言いながらシャツのボタンに手をかける。
シャツの前を開くと、そこには白いサラシを巻かれたバストが確かに存在していた。

ぐらり、と目眩がする。
倒れそうになる体を支え、オレは恭弥の顔を指差した。

「てめー、女だなんて一言も言わなかったじゃねえか!!」
「気づいてると思ってたんだよ」
「気づくわけねーだろ!まさかお前も女とか、そんなこと!」
「ごめんね」

さらりと言う様子に、本当に反省してんのかと疑わしい気持ちでその顔を見つめる。
けど、女同士で一緒にいてくれってのは、オレはどう解釈したらいいんだ?
ただ単に女友達ってことでいーんだろーか…。
オレたちどっちも女に見えねーけど。

「ところで」
「あ?」
「隼人って好きな相手いるんだね」

………しまった。

先ほど口走ったことを思い出し、血の気が引く。

「誰なの?沢田綱吉?」
「まっ、まさか!ンな恐れ多いっ!!」
「じゃあ、山本武?」

今度は一気に顔が熱くなった。きっと顔色も青から赤に変わったことだろう。
恭弥はふぅんと頷いて、何やら腕組みしている。

「山本武か…。男なんてどこがいいんだろうね」
「…お前は好きな男いねーのかよ?」
「いないよ。男だろうと女だろうと興味ない。ああ、でも隼人にだけは興味あるかな」

そう言って、恭弥はにっこりと笑った。
おいおいおい、女同士なのにその笑顔はなんだよ!?



………やっぱコレ、惚れられてんのか?

 


同じ女と知ってから獄寺くんと仲良くなりたくて仕方なかった雲雀。
ディーノさんに会う前なので獄寺くんへの愛が行き過ぎてます。
(2008.1.15UP)

 

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