お父さんは好きですか?
「聞いてくれよ、ツナぁ〜!」
ツナが学校から帰ると、部屋に上がっていたディーノがそう言ってしがみついてきた。
「わっ!ディーノさん!?」
「恭弥のやつ、オレがプロポーズしてんのに本気にしてくんないんだぜ〜!?」
「プ、プロポーズ!!?」
ツナは思わず声を上げた。
二人が付き合っているのはディーノから聞いて知っていたが、いつの間にプロポーズなんてところまで話が進んでいたのか。
「せっかくコレも用意したのに…」
そう言って、ディーノはポケットから小さなケースを取り出した。
「それはまさか…」
「もちろん指輪だぜ」
その時、ランボとイーピンが部屋に飛び込んできた。
二人はなにやら言い合いながら部屋の中をぐるぐると駆け回る。
「こら、ランボ、イーピン!暴れるなって!」
と、イーピンに追い詰められたランボがいつものように10年バズーカを取り出した。
泣きながら引き金を引こうとしたところで、イーピンの餃子券がランボに命中する。
そして、その反動で発射されたバズーカは―――。
ドガァァァン!!!
「ディーノさん!?」
ツナの叫び声が聞こえたかと思った次の瞬間、ディーノの視界は煙に包まれた。
「……あれ?」
気がつくと見たことのない場所に立っており、ディーノはきょとんとして辺りを見回した。
日本庭園というヤツだろうか。小さな石の敷き詰められた庭に、石や木が配置されている。
確かテレビで見た京都の寺にこんな庭があった気がする。
「ちょっと!」
後ろから聞こえた声に、ディーノは振り返った。
小さな女の子が庭に面した家屋の縁側に立ち、ディーノを睨んでいる。
年の頃はまだ小学校に入るか入らないかくらい。
長い黒髪を腰まで垂らし、鮮やかな振袖姿のその子は、まるで日本人形のように可愛らしかった。
…と、いうか。ディーノにとってものすごく見覚えのある顔だった。
そう、その顔はまさしく彼の恋人の―――。
「せいびしたばかりの庭の真ん中に立つなんてなに考えてるのさ、オジサン!」
「オッ、オジサンだあ!?」
「オジサンはオジサンだよ。なにが悪いの?」
腰に手を当てて、少女はつんと顔を逸らした。
居丈高な物言いも彼の恋人にそっくりだ。
そこでふと、ディーノの頭に不安がよぎった。
この子の母親は100パーセント自分の予想通りの人間だろう。
けれど、この子は自分のことをオジサンと呼んでまったく懐いている気配がない。
「なあ、オジサンじゃねーだろ?オレはお前のなんだ?」
恐る恐る問いかけてみたけれど、彼女は眉をしかめて。
「オジサン、何が言いたいの?」
と、まったく意に介さない様子を見せる。
「だ、だからあ、オレはお前の父さんだろ?そーなんだよな?」
「は?」
その瞬間、少女の顔がものすごく不快そうなものに変わった。
「ぼくのとうさんがあなたみたいな変な外人のはずないでしょ」
ぐらり、とディーノの視界が大きく回転した。
はっきりとした否定の言葉に、目の前が暗くなる。
この雲雀そっくりの子どもの父親が自分でないとしたら、雲雀の夫はいったい誰だというのか。
「冗談だよな!?お前は恭弥とオレの娘だよな!?」
ディーノは少女の肩を掴んで詰め寄った。
必死の形相ですがるように問いかける。
「なにすんのさ、へんしつしゃ!」
そう叫ぶと、彼女は幼い少女とは思えない鋭い蹴りを繰り出してきた。
さすがの格闘センスは母親譲りと見える。
情けないことにそれをまともに食らって、ディーノはその場にうずくまった。
「うぐっ…」
少女はくるりと着物の裾を翻し、屋敷の奥へ逃げ込もうとする。
と、廊下の向こうから歩いてきた人間に気づいて、彼女はその膝にしがみついた。
「とおさん、ぼく、へんしつしゃを退治したよ!すごい!?」
相手の顔を見上げて、少女は笑顔で問いかける。
たずねられた相手は、微笑みながら彼女の頭を撫でた。
父さん、という単語に反応して、ディーノは慌てて顔を上げる。
雲雀の夫が自分以外にいるなんて思いたくはないが、どこのどいつか確認しておかないわけにはいかない。
顔を向けたディーノの視界に飛び込んできたのは、見間違えようのない男だった。
膝に少女がしがみつき身動き取れなくなっている、長身の男。
顔立ちも10年前からの面影が良く残っていたけれど、それよりもその特徴的な髪型が、彼が誰であるかをこれ以上ないほどわかりやすいものにしていた。
「くさ…かべ…?」
まさか、という信じがたい思いと、そうか、という納得が交錯する。
確かに、雲雀にとって一番にそばにいる男には違いないのだ。
雲雀も草壁のことだけは信頼して、そばにいることを許している風ですらある。
けれど、だからといって、雲雀の夫の座を譲れるはずもない。
「おいっ、くさか…」
ディーノが草壁に向かって声を張り上げようとしたその時、少女の頭を撫でていた草壁が口を開いた。
「お嬢さん、哲と呼んでください」
「いやだ。ぼくはとうさんは哲がいいんだもの」
「そんなことを言われてはまたお父上が悲しまれますよ」
「あんな遠くにいる人、とうさんじゃないよ。いつもそばにいてくれる哲がぼくのとうさんなの」
「わがままを言ってはいけませんよ。あの方は向こうでお仕事があるんですから」
ぽかんとしながら、ディーノは二人のやり取りを聞いていた。
なんとなく、草壁に気づかれないように木の陰に隠れる。
ええと……つまり父親は草壁じゃなくて、他にいるんだな?
遠くにいてそばにいてくれないから懐いてないだけで……。
「ねえ、哲がかーさんと結婚してよ。いいでしょ?」
そう言って、少女は草壁の体を揺すった。
だが、その時。
「こら、哲を困らせるんじゃないよ」
家の奥から聞きなれた声が聞こえ、和服姿の女性が中から姿を見せた。
成長して大人の女性の色香を漂わせてはいるけれど、それは明らかに雲雀恭弥だった。
魅力的なその姿に、ディーノの心拍数が一気に上昇する。
「かあさん!」
ぱっと顔を明るくして、少女は雲雀に駆け寄る。
「ねえ、かあさんだって哲のこと好きでしょ?」
すると、雲雀は少女の髪を撫でながら微笑んだ。
「そうだね。好きだよ。でも…」
そこで言葉を切り、ふいにその黒い瞳がディーノの隠れている木に向けられた。
見つかったか?とディーノの体が緊張する。
「母さんが一番好きなのは、これをくれた父さんだから」
そう続けて、雲雀は右手で左手を撫でた。その薬指に見覚えのある指輪が輝いている。
それとまったく同じものが、今、ディーノの上着のポケットに入っていた。
それはつまりそういうことなのだと、うぬぼれてもいいのだろうか?
彼女がただ一人夫として選んだ男は―――。
ボフンッ!
突然木の陰から煙が立ち、全員の視線がそちらに向いた。
木の陰から姿を見せたのは、10年前から戻ってきたばかりのディーノ。
「おかえり。懐かしかったでしょう?」
「ああ…まーな」
そう言って、ディーノは苦笑した。10年前に行っていたことは雲雀にはバレバレらしい。
ついでに、10年前の自分が娘にオジサンと呼ばれてショックを受けたことを思い出した。
………実際、娘が物心ついてからというもの、イタリアから来るたびにオジサン呼ばわりされているんだけれども。
「なんだオジサン、まだいたの?」
ぐさり。
娘の情け容赦ない言葉がディーノの胸に突き刺さる。
やばい、このままでは本当に草壁に父親の座を取られてしまう。
(実のところもうほとんど取られているのだが、まだ大丈夫だと思いたい。)
もっと頻繁に日本に来よう―――と決意を固めつつ、心で涙を流すディーノだった。
一方、10年後から過去に戻ったディーノはといえば。
「ディーノさん、お帰りなさい」
「ああ…ただいま」
ぼんやりした様子で応え、ディーノはポケットから指輪のケースを出す。
しばらくそれをじいっと眺めていたが、ふいにディーノはドアの方へと身を翻した。
「ディーノさん?」
「オレ、もっかい恭弥にプロポーズしてくるわ」
「へっ!?でも、ついさっきプロポーズしてダメだったんじゃ…」
びっくりしているツナに振り返り、ディーノは指輪のケースを掲げてニカッと笑う。
「コレ、どーしても恭弥に受け取ってもらわなきゃなんねーからよ!」
ディノヒバの子どもネタ、今度は雲雀似の娘にしてみました。夫婦は日本とイタリアに離れて暮らしてます。ディーノさんの通い婚。
おかげで娘には懐いてもらえてないようですよ。なかなか会いにこない実の父よりいつも傍にいる育ての父。実際この子を育ててるのは雲雀でもディーノでもなく哲だと思う。
哲は忙しい両親の代わりにいつもお嬢さんの傍でかしずいて守ってればいい。
(2007.12.8UP)
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