交際相手

 

放課後の屋上で山本に告白されて、付き合うようになってから、一ヶ月。

………オレはまだ、肝心なことをアイツに言っていない。








きゃーきゃーと、山本に黄色い声援を送る女子たち。
ユニフォーム姿の山本はそれに笑顔で応えながら、ふいにオレのいる方に目を向けた。
こっそりとオレに向けられた笑顔が特別に見えたのは、気のせいじゃないと思う。

「山本、今こっち見たね」
「…そ、そっすね」

隣でオレを見上げて、「良かったね」と10代目が微笑まれる。

「獄寺くんも応援してあげたら?きっとすごい張り切るよ」
「いらないっスよ。あんだけ声援受けてんスから」
「ダメダメ、獄寺くんじゃなきゃ意味ないんだから!」

そういうと、10代目は山本に向かって両手をメガホン代わりに声を上げる。

「山本ー!ファイトーーー!」

ほら、と促されて、しぶしぶとオレも口を開いた。

「こら山本!負けたらぶっとばすからなー!」

……応援というより野次じゃねえ?と自分で自分に突っ込みたくなる。
それなのに、山本は勢い良く振り向いたかと思うとぶんぶんと大きく腕を振ってきた。

「ほら見てよ、山本嬉しそう」
「ちっ、恥ずかしーヤツ…」
「ところで、獄寺くん」
「なんスか?」
「山本に、ちゃんと…あのこと教えた?」

聞かれた言葉に俯いて、「いいえ」と小さく首を振る。

「やっぱりまだかあ…。どうして言わないの?付き合ってるんだよね?」
「いえ、それが、そのう……タイミングが合わなくて、ですね。それに……」

言えないでいる原因の、一つ。
ウソをついていたと知られるのが怖い。

オレの不安を察したのか、10代目がオレの肩に手を置いた。

「大丈夫だと思うよ、山本ってば獄寺くんにベタ惚れだから。それに、どうせいつかはバレちゃうんだし」
「10代目……」

優しいお言葉に、オレはもう一つの言えないでいる原因を口にする。

「アイツ……男じゃなくても平気ですかね?」
「え?」
「いや、その、だって………オレを男だと思って好きだって言ってきたワケでしょう?なら……女だとイヤだったりしねぇのかなって……」
「それはないと思うけどなぁ。獄寺くんを除いたら、山本って普通に女の子の方が好きみたいだし」

確かに以前、クラスの男子に混じってどのアイドルが好みか、なんて話していた。
胸はでかい方がいいとかほざいているのも聞こえたし。

「じゃあ、なんで普通の女子じゃなくてオレなんですかね…」

理解できないとばかりにぼやいたオレに、10代目は肩をすくめて。

「それだけ、半端なく好きなんだと思うよ。男とか女とか関係ないくらいに」

だから、ちゃんと言ってあげなね?
優しく言い聞かせるように、10代目はそうおっしゃった。














野球部の練習試合が終わると、オレたちに気を使ったのか10代目は先に帰ってしまわれた。
仕方なしに、オレは一人校門で山本が出てくるのを待つ。

「お待たせっ!」
「遅ぇよ、バカ」

慌てて走ってきた山本を軽く蹴ると、山本はへらへらと嬉しそうに頬を緩め。

「獄寺、応援サンキュな」

応援らしい応援をした覚えのないオレは、「別に」と呟いて顔を逸らす。

「獄寺がカツ入れてくれたおかげで頑張れたのな!」

そーか、あの野次を喝ととったか…。おめでたい脳みそしてんな。
…じゃなくて、どーして素直に応援できねんだろな、オレ。

「うち寄って夕飯食ってくだろ?」
「ああ」
「オヤジも獄寺が来ると嬉しそうなんだよなー」

ああ、お前とあのオヤジそっくりだもんな。
親子揃ってオレなんかのどこがそんな気に入ってんのか理解に苦しむけど。


―――ちゃんと言ってあげなね?


10代目の言葉が頭によみがえる。

言わなきゃ、ダメだよな…。
バレるよりは、自分から言った方がまだマシだろーし。

「山本」
「ん?」
「メシ食った後、ちょっと話がある」















山本の家で夕飯を食って、それからオレたちは山本の部屋に入った。
座布団に座り、山本が首をかしげて問いかけてくる。

「で、話って?」
「実はオレ、お前に…秘密にしてたことがあって…」

そこで言いよどみ、黄色い声援を上げていた女子たちを思い返す。
どうして同じ女なのに、オレはあいつらとこうも違うんだろう。
まず自分の性別から伝えなきゃならないなんて。

「そ、その前に一つ確認させてくれ!」
「なに?」
「お前……男と女どっちが好きだ?」

オレが真顔で問いかけた質問に、山本はう゛ーんと頬を掻いて。

「女、だと思ってた。獄寺に惚れるまで。正直、今でも獄寺以外の男にはそーいう感情わかねぇし」
「じゃあ……」

ごくり、と息を呑む。

「もしオレそっくりな女がいたら?」
「ビアンキ姉さん?」
「似てねえよ!!」

素で聞き返してきた山本に、思わず全力で突っ込みを入れた。

「はは。んー…そーだな、それでもオレは獄寺の方がいー」
「男でもか?」
「男とか女じゃねーんだって。うまく言えねーけど、“獄寺”だから好きって言うか…」
「…恥ずかしいこと言ってんじゃねーよ」
「だってマジだもんな」

ニカッと笑うこいつに、肩の力が抜ける。

「で、獄寺の秘密ってなに?言いにくいこと?」
「言いにくいってか……相当、驚くと思うんだけど」
「うん?」

と、にじり寄ってきた山本に気づいて、オレは俯いていた顔を上げた。
見れば、山本はまっすぐにオレを見つめていて。

「お、おい、顔近ぇよ!」
「だって獄寺、さっきからなんか逃げちゃいそうなのな」
「逃げねーよ!いーから、もうちょっと離れて…」

後ずさろうとしたところで、山本の手がオレの肩を押さえた。
そのまま顔を引き寄せられ、唇を塞がれる。

「んぅ…っ」

抱きしめられてもがくオレを、山本はなかなか放してはくれなくて。
ようやく唇が離れると、オレは山本の腕に包まれたままその顔を睨んだ。

「いきなり何しやがる!」
「獄寺が妙なこと言うから、確認」
「何のだよ?」
「オレ、男とのキスとか考えるだけで気持ち悪いはずなんだけど、獄寺とのキスは幸せなのな」

そう言って、山本が本当に嬉しそうに笑う。
恥ずかしいやら呆れるやらで、オレは眉をしかめて山本を睨んだ。

「…あのなあ、たぶんホントに男とキスしたら気持ち悪いと思うぜ」
「だから、獄寺以外は気持ち悪いって…」
「そーじゃねえ」

顔を見れずに、視線を逸らした。

「獄寺?」

今だ。今、言わなければ。
そう思うのに、どう言いだそうか、と頭の中で色んな言葉が現れては消える。

「……ひょっとして、キスしたの気持ち悪かった?」

その声に、慌てて顔を上げた。

「獄寺は、男同士ってやっぱイヤなんだよな?」

そーじゃねえよ。そーじゃなくて!
勘違いして勝手に沈んでいる山本のシャツをぎゅうと握り締め、その胸板に額をくっつけた。


「………女、なんだよ」


やっとの思いで、そう言った。

「誰が??」

わかっていない様子の山本を睨み上げ、自らの顔を親指でぐっと示す。

「だから、オレが!」
「え…?」
「悪かったな!騙してて!けどなあっ、オレだってまさか男のフリしてて男に告白されるなんて思わなかったし…」

そこで言葉を切り、窺うように山本の顔を見る。

「だから、その……お前、オレが女でも平気、か?」

山本は思考回路が止まったかのようにぽかんとしていて。
何を思ったか、突然両の手のひらをオレの胸にぺたりと当てた。

「ぎゃあ!!」
「たいらなんだけど…?」
「サラシ巻いてんに決まってんだろが!でなきゃ女ってばれるだろ!」
「見せて」
「なあ!?」
「だって見ないと信じらんねーし」
「疑うのかこのヤロー!」
「獄寺が女の子に見えないって言ってるわけじゃねえよ?だって、なんか……夢みたいで」

そうは言われても、はいそうですかと胸をさらけ出すほどの度胸はない。
けれど、他に証明する手立ても思いつかない。




「……シャツ、だけだからな。あんま見んじゃねーぞ」

ようやくの思いで言うと、山本は素直に頷いた。
シャツに手をかけてボタンをはずそうとするけれど、指が震えてうまくいかない。
オレがもたもたしていると、山本が代わりにオレのシャツに手をかけた。

「おい…!」
「オレがやる。じっとしててな」

冗談じゃない、と振り払おうとしたが、ボタンをはずす山本の指はオレ同様に震えていたから。
だから何も言えなくなって、オレはそのまま山本が一つ一つボタンをはずすのを黙って見ていた。

シャツの前が肌蹴て、その下の白いサラシがあらわになる。
サラシで押さえつけている胸の膨らみは、確かにオレが女であることを主張していた。
じっと凝視している山本の視線を避けるように、オレはシャツの前を掻き合わせる。

「これでわかっただろ?」

反応がない。オレは首を傾げて、山本の顔を覗きこんだ。

「おい、山本?」

途端、がばりと山本に抱きしめられる。

「おわ!!?」
「オレ、マジ幸せ。なんかまだ夢見てるみてー…」
「わかった、わかったから放せ!」

まだシャツのボタン留めてねえし!

「なんだよ、さっきは男でも女でも関係ないみたいに言ってたくせに、女の方がいーんじゃねーか」
「だって、これでも告白するまで結構悩んだんだぜ?男を好きになるなんてなんかの間違いじゃないかって思ったし、獄寺が女の子だったら話は簡単だったのに、とか」

この野球バカでも悩んだりしてたんだな…。
きゅん、と小さく胸が鳴った。

山本の背中に腕を回し、そのシャツをぎゅうと握る。

「男だって騙してて、怒らねーのかよ…?」
「そりゃ、嘘つかれてたのはショックだけどさ…でも、獄寺も、なかなか言い出せずに悩んでたんだろ?」

そう言って、山本はあやすようにオレの頭を撫でた。
ふいに、じわり、と目のふちが熱くなる。

「だって!お前オレのこと男だと思って告ってきたし…!オレ、ホントは女なのに女らしくねぇし、可愛くねぇことばっか言ってるし…!だから………き、嫌いに、なっちまうんじゃねぇかって……」

言葉の途中で、ちゅ、と山本の唇が額に落ちてきた。
そのまま、山本は目、鼻、頬、とオレの顔の至る所に口付けを落としていく。

「ち、ちょ、山本…!」
「可愛いよ、獄寺」
「嘘付け…っ!」
「嘘じゃねえって。すっげ可愛い」
「オレなんかのどこが…っ!」

たまらなくなって顔を俯けると、あごを捉えられ。

「そーゆーとこ」

そう囁かれて、唇を塞がれた。







やっぱりこいつはバカだ、大バカだ。
オレなんかにこんなに惚れて、オレなんかをこんなに嬉しくさせて。

………でも、こうなったらしょーがねえ。

いつか女に戻る時には、こいつの隣でこいつに相応しい女であれるように。
そんな自分になっていられるように、オレは生きよう。

10代目の右腕に相応しいマフィアになることだけじゃなくて。
もちろんそれは今でも一番の目標だけど。

でも、女としてくらいはこいつのために。

そのくらいはしてやらねーと、このバカ、報われねーだろ?



だから、しょーがねえんだ。

 


なんで男のフリしてんのかは特に考えてません(適当すぎ)

シャツのボタンまではずしちゃったらこのまま押し倒すべきだったんじゃないのかな。
あーでも女体の時はゆっくり進展して欲しい気がするな、中学生っぽく!
(2007.10.28UP)

 

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