ココロのカタチ

 

「はぁ…」
「さっきから溜め息ついてるけど、何かあったの?」

ツナの横を歩いている山本が、何度目かわからない溜め息をついた。
いつもニコニコと笑顔を絶やさない彼がこんなに沈んでいるなんて、実に珍しい。
屋上ダイブ再びなんて事態になっても自分が困るので、ツナは思い切って問いかけてみた。

「もーじきバレンタインだろ。今年もチョコ貰えねーだろーなと思ってさ…」
「あー…」

山本の悩みの原因に思い当たって、ツナは納得顔で頷いた。
女子に大人気の山本は、当然のごとく、去年同様に多くの女子からチョコレートを貰うに違いない。
彼が言っているのは、ある特定の相手からのチョコレートのことなのだ。

獄寺隼人。
イタリア育ちの帰国子女で、ボンゴレ10代目の右腕(自称)であり、嵐の守護者。
―――そして、名前も言動も男みたいだが、正真正銘の女の子。

山本はそんな彼女を出会った時から気に入って必死にアプローチしているのだが、獄寺の方は鈍いのかそもそも恋愛事に興味が無いのか、今のところちっとも伝わっていない感じである。
それでなくても、普通の女の子らしいことをしない彼女がバレンタインにチョコレートを用意する光景なんて、まったく想像がつかなかった。

「はぁぁ…獄寺から貰えるなら、例え義理チョコでもすっげえ嬉しいだろーな…」
「で、でもホラ、去年は獄寺くん、日本のバレンタインのこと知らなかったわけだし!今年はひょっとしたらひょっとするかもしれないよ!?」

頼むから屋上ダイブはしないでくれと心の中で願いつつ、必死に元気付けるツナだった。


















2月14日、朝。

「10代目、これ貰ってください!」

家を出たところで、待ち構えていた獄寺がツナの前に笑顔で何かを差し出した。
綺麗にラッピングされた四角い箱。中身は考えるまでも無い。

「え!?お、オレに!?」
「はい!オレの気持ちですから!」

10代目として慕ってくれているだけだと思っていたのに、まさか獄寺くんがオレのことを―――?
そう考えたツナの頭に、大好きな京子ちゃんの顔と同時に
山本の顔がよぎった。まさかの屋上ダイブな事態だ。
獄寺の気持ちは嬉しいが、非常に困る。
だって万が一にも屋上ダイブなんて事態になってしまったら、確実に自分が死ぬ気モードで助ける羽目になるんだから。

「ちゃおっす、獄寺」

と、ツナの後ろからリボーンが出てきた。
すると、獄寺は手にしている紙袋からツナに渡したのと同じ包みをもう一つ取り出す。

「おはよーございます!リボーンさん、これ、オレの気持ちです!」

そう言って、獄寺はリボーンにもチョコレートを差し出した。

「おう。サンキューな」
「え?え!?あの、獄寺くん、これってひょっとして…」
「リボーンさんに教えていただいたんすけど、日本のバレンタインは日頃世話になってる人にもチョコレートを贈るのが礼儀らしいっすね。去年はオレ勉強不足で知らなかったもんで…10代目に感謝の気持ちを表せずにスイマセンでした」

要は義理チョコというものの存在を知ったので、配ろうということらしい。教えたのがリボーンというところが少しひっかかる。
紛らわしい渡し方をするなあ…と思いつつも、ツナは安堵して微笑んだ。

「ありがとう、獄寺くん」
「いえっ!とんでもないっす!」
「他にも誰かに配るんだね」

まだ膨らんでいる紙袋を見て、ツナは問いかけた。
他に獄寺が世話になっている相手といえば―――と考えを巡らす。

「はい。シャマルと山本のオヤジさんと……あとまあついでに山本にも」
「そっか!良かった、山本喜ぶよ!」
「そーっすか?どーせ今年も大量に貰うだろうから1個増えたところで…」
「そーじゃなくてね…」

どうしてこんなに鈍いんだろう―――と思いながら、ツナはうな垂れた。

















その日の放課後。

「ふー、やっと解放された…」

山本は今朝から一日中、女子に取り囲まれていた。
部活が終わったところでも待ち構えていた女子に捕まってチョコを渡され、ようやく長い一日が終わった。
他の野球部員もみんな帰ってしまい、すでに校内に人影は無い。

「やっぱ獄寺からは貰えなかったな…」

それ以前に、今日はまともに話す機会すら無かった。
がっくりとうな垂れ、山本は大量のチョコを持って校門を出る。
そこで、予想外の人物の姿が山本の視界に映った。

「遅せえ!」

不機嫌そうにそう言うと、獄寺は壁に寄りかかっていた体を起こし山本の正面に立った。

「おい野球バカ、この寒い中いつまで待たせんだ!」
「えっと、待ってたって……なんで?」
「ああ?んなの、決まってんだろーが」

ズイッ、と山本の眼前に差し出されたチョコレートの箱。

「ほら」
「え……」

突然の事態に、山本はぽかんとしてそれを見つめる。

「んだよ、いらねーのかよ?」
「いっ、いるいるっ!すっげえいるっ!!」

慌ててそれを受け取ると、山本はごくんと唾を飲み込んで獄寺の顔を窺い見た。

「あの、獄寺……これ、獄寺の気持ちってことでいーの?」
「当たり前だろ。バレンタインだぞ」
「だってまさか獄寺から貰えるなんて、オレ、夢見たいで……」
「あのな、オレだって素直になる時くらいあんだ。これでもお前のすげえとこはわかってるつもりだし、これからも付き合っていかねえとならねーんだし…」

照れくさい気分になって獄寺がぼそぼそ言っていると、ふいに山本の手がその肩を掴んだ。
そうして、山本は真剣な眼差しで獄寺に詰め寄る。

「獄寺、ホントに!?…ホントに、オレと付き合ってくれんの!?
「あ?ああ、そりゃ…お前だって同じ守護しゃ…」
「獄寺っ!!!」

がばり、と山本は勢いよく獄寺を抱きしめた。

「なっ!?」
「オレ、すっげ嬉しい!絶対幸せにすっから!!
「は?お前、何言って…」

何かマズイ事態になっているらしいと察した獄寺だったが、背中に回された山本の腕が震えていることに気がついて言葉を止めた。
山本が獄寺の耳元に唇を寄せ、口を開く。

「好きだよ、獄寺」

身体同様に、その声も震えていた。
それに呼応するかのように、獄寺の身体にもぞくりとした震えが走る。
言いようのない焦りが、獄寺の胸に広がった。

だって違う。
こんなふうに……こんな声で「好きだ」と言われて名前を呼ばれることなんて、想像もしていなかった。
こんな……身体の奥がぞくぞくして、心臓が破裂しそうで……。

「獄寺…」

くい、と山本の手が獄寺の顎を捉えた。
顔を上向けられると、まっすぐに見つめてくる瞳と至近距離で視線がぶつかる。

「好きだ…大好き…」
「わああっ!!」

その顔が近づいてきて、獄寺は思わずその身体を突き飛ばした。
尻餅を着いた山本は、ぽかんとして獄寺の顔を見上げる。
獄寺は身体を震わせながら後ずさった。

「…獄寺…?」

唇を噛み締め、首をぶんぶんと横に振る。

こんなはずじゃなかった。
自分はただ、山本にチョコレートを渡して、これから先も10代目の守護者としてともにやっていこうと、そう言いたかったはずで……それだけだったはずなのに。

それなのに……自分の心はそれを望んでいない。
自分の心が望んでいるのは―――。

山本が転んだ拍子にアスファルトの上に落ちたチョコを拾い上げると、獄寺は山本の制止の声も聞かずにその場から逃げ出した。











「ま、待てよ、獄寺っ!」

獄寺のあとを追おうと、山本はワケのわからないまま立ち上がった。
その時、ポケットの中で携帯が鳴る。ツナからだった。

「…はい」
「あ、山本?獄寺くんからチョコもらえたでしょ?」
「あ…ああ、その…」

うきうきした様子のツナの声に、山本は歯切れの悪い返事を返した。
何しろ、いったんは貰ったものの、当の獄寺がそれを持っていなくなってしまったのだ。

「頑張ってね!今年は義理だけど、来年はきっと本命貰えるからさ!」
「………え?」

その言葉に、山本は思わず携帯電話を落っことした。

義理だと、確かにツナはそう言った。
そういえば、獄寺も別に本命とは言っていなかったし、好きだと言われたわけでもない。

それならば、自分は義理で貰ったチョコを本命と勘違いして、獄寺に思いをぶつけてしまったことになる。
そうして、その結果、獄寺がチョコを持って逃げてしまったということは………。

「…そっか。オレ、振られちまったのな……」

山本は力なく笑いを漏らす。

元々望み薄だとはわかっていた。
それでも、その身体を抱きしめた瞬間、ようやく手に入れたと思い、理性なんてどこかに飛んでしまった。
抱きしめてもなお愛しさは増すばかりで、もう離すものかと思った。

本当に、大好きな相手なのだ。














「おう!お帰り、武!…なんでい、そのシケた顔」

山本が家に帰ると、山本の顔を見るなりそう言って剛が顔をしかめた。

「おめーも獄寺くんからチョコ貰ったんだろ?いやー嬉しいねえ、いつも寿司おごって貰ってる礼だってよ」

剛が嬉しそうに握り締めているのは、先ほど獄寺が山本に差し出したのと同じチョコレート。
やはり複数配った義理チョコのうちの一つに過ぎなかったのだ、と思い知らされる。

「わりい、オヤジ。オレ、もう寝るな」

そう断ると、山本は自室へと逃げ込んだ。








それからどのくらい経ったのだろう。
いつの間にかベッドで眠りかけていた山本は、窓に何かがぶつかる音に目を覚ました。
コツン、コツン、と繰り返し何かがぶつかっている。

起き上がりカーテンを引くと、窓目掛けて飛んでくる小石が見えた。
それから、家の前に立ってこちらに小石を投げている人物の姿を暗闇の中に捉えると、山本は部屋を飛び出した。




「獄寺…っ!!」

玄関を出て、そこにいる相手の名前を呼んだ。
外灯の下のその姿を確認して、思わず山本の足がすくむ。
獄寺は私服の上にコートを羽織り、両手をポケットに突っ込んだ体勢で白い息を吐いていた。

「あの、獄寺、さっきは…」

とにかく謝りたい、と山本が口を開きかけたところで、獄寺がポケットから出した拳を突き出してきた。
殴られても仕方ない、と目を閉じて覚悟を決めた山本だったが、その拳が山本の顔面に届くことはなかった。

そろりと目を開くと、拳は顔の直前で止まっている。
その拳がゆっくりと開かれた。
その手の中にあったのは、小さな小さなハート型のチョコレート1個だった。

「受け取れ」
「え…?」

山本はワケがわからずに獄寺を見つめた。
獄寺は首まで真っ赤に染めて、顔を俯けている。

「今度は、ちゃんと……こめてきたから」
「何を…?」
「だからっ!」

そこで言葉を止め、獄寺はしばらく口をつぐむ。

「…………オレの気持ち」

それは消え入りそうなか細い声だったが、確かに山本の耳に届いた。

「それって」

山本は獄寺の手の上のハート型のチョコを見つめ、その手首を掴む。

「これは義理じゃねえって……そう、期待してもいーの?」

山本の問いかけに獄寺は小さく体を震わせ、こくりと頷いた。
山本の顔が泣き笑いの表情にゆがむ。

「チョコ持ってっちゃったから、もう貰えねーんだと思った…」
「だって…さっきのチョコじゃ、ダメだと思ったから…。義理で用意したチョコなんか、お前にだけは渡しちゃダメだって…そう、思って…。だって、オレは………お前が」

そこで言葉につまり、獄寺は戸惑うように瞳を揺らす。

「オレが?」

山本は優しく促がし、その続きを待った。

「好き…だから…」

やっとの思いでそう言うと、獄寺は顔を手で覆った。
それでも誤魔化せないほど、その顔は真っ赤になっている。
山本はその身体をそうっと包み込むように抱きしめた。

「ありがと、獄寺。オレ……もー死んでもいいくらい幸せ…」

その顔を上向けさせ、山本は上気した獄寺の顔を見つめる。

「キスしてもいい?」
「さっきは聞かないでしようとしたじゃねーか…」
「…はは。そーだったな」








2月14日、聖バレンタイン―――。
ようやく手に入れたその唇は、とろけそうなほどに甘かった。

 


今回は珍しく男のフリをしていない獄寺くんで。
こんな渡し方じゃあ山本は誤解するに決まってら!義理なら義理ってはっきり言って渡さないと!
(2008.2.14UP)

 

BACK

inserted by FC2 system