獄寺のマンション。
山本が手早く作った夕食を食べ終えて、山本が台所で食器を洗っていると、獄寺がひょいと顔を覗かせた。
「風呂沸いたぞ。お前汗臭いから先入れよ」
「あ、そんなら一緒に入ろーぜ」
「なっ!バカなこと言ってんじゃねー!」
赤くなって、獄寺は山本の足を蹴り飛ばした。
「いーじゃん、ヒバリとは入ったんだろ?」
「アレは銭湯だからだ!なんでうちの狭い風呂に二人で入らなきゃならねーんだよ!」
「だいじょーぶだって。獄寺軽いからオレの膝の上に乗ればいけるぜ?」
「この変態っ!」
今にもダイナマイトを取り出しそうな様子の獄寺に対して、山本は不満げに口を尖らせた。
「だってさー……獄寺、エッチん時は電気消さねえと怒るし……オレ、あんま獄寺のハダカまともに見せてもらってねー気が…」
「見せるよーなもんじゃねえっ!」
獄寺は山本の背中を押して、風呂場に無理やり押し込んだ。
「なんだよ、獄寺のケチーーー!」
「うっせー!ちゃんと汗流さねぇとヤらせねーかんな!」
風呂場のドアの向こうで喚いている山本にそう言ってやると、ようやく山本はおとなしくなった。
何しろ、親公認で付き合っているとはいえ、その親のせいで淫らな行為を禁じられている二人なのだ。
せっかくのチャンス、ここで恋人に機嫌を損ねられては堪らない。
その頃、雲雀宅。
雲雀は自室のクローゼットから真新しい洋服を取り出した。
先週のデートでディーノが買ってくれた女物だ。
前までは女らしい服なんて一着も持っていなかったし、クローゼットに入っているのは黒やグレーのような地味な色の服ばかりだった。
けれど、デートのたびにディーノがあれこれ試着させては服をプレゼントしてくれるので、今ではなかなかのコレクションとなっている。
もっとも、休日でさえ学ランで活動することの多い雲雀なので、コレクションを活用するのはデートの時だけに限られていた。
もとより、ディーノ以外に見せるつもりもない。
服を着替えて、これまたディーノの買ってくれたルージュを引く。
化粧品を買ってやろうかとディーノに言われた時、一番簡単そうだと思い選んだ代物だった。
店には色んな化粧品が並んでいたけれど、正直言って、他は使い方がわからなかった。
最後に鏡で髪の毛を整え、雲雀は家を出た。
空港でタクシーを降り、すっかり覚えてしまった到着ロビーまでの通路を歩く。
イタリアからの飛行機は、つい先ほど到着したようだった。
「恭弥!」
手を振りながら、スーツ姿のディーノが降りてくる。
雲雀も駆け出し、ディーノの腕の中へと飛び込んだ。
「ただいま、恭弥」
「お帰りなさい」
「その服こないだ買ったやつだな。すっげー可愛い」
「大変だったよ。ここに辿り着くまでに何度も変な外人に声かけられたんだから」
「無事だったか?」
ディーノが顔を曇らせて問いかけると、雲雀はけろりとして一言。
「僕はね」
「だよな…。相手の方が無事じゃねえか…」
納得顔で、ディーノは苦笑した。
たとえ格好が変わったところで、彼女が最強無敵の風紀委員長であることには変わりないのだ。
「夕飯どっかで食ってくだろ?」
「ホテルの中のレストランでいいよ」
「恭弥あそこのハンバーグ好きだもんな〜」
「うん」
その頃、獄寺のマンション。
「お願い、獄寺!豆だけ!豆だけでいーからっ!!」
「ダメだっ!!」
ベッドの上に向かい合って座り、山本は獄寺に両手を合わせて懇願する。
だが、獄寺はそれをすっぱりと切り捨てるように断った。
「オレ、ちゃんと獄寺の顔見ながらイきてーのな!だからお願い、豆電でいーからつけたままヤらせて!?」
なおも食い下がり、必死な様子で頼み込む山本。
部屋が明るいままでは恥ずかしいという獄寺に対して、豆電球だけならどうか、と提案してみたのだ。
「だからダメだっつってんだろ!しつけぇぞ、テメェ!」
「じゃあ獄寺は、ヤってる間オレの顔見ていたいとか思わねぇの!?」
「なっ……」
絶句してしまった獄寺の手を取り、山本はその甲に口付ける。
「オレがどんな顔で獄寺を抱いてるか、ちゃんと見ててよ」
そう言って、山本はとろけそうな顔で獄寺に笑いかけた。
獄寺はそんな山本を睨みながら唇を噛み締めていたが、やがてヤケクソな様子で口を開く。
「〜〜〜覚悟しやがれ!果てる瞬間のアホ面、じっっっくりと拝ませてもらうからな!」
「じゃあ……」
「いいっつってんだよ!オレの気が変わらねーうちにとっとと始めろ!」
「お、おう!」
慌てて返事をして、山本は獄寺の体をベッドの上に倒した。
そうして、そのまま覆いかぶさるように口付ける。
「やまもと……電気」
「わかってるって」
山本はサイドテーブルに置いてあったリモコンを手に取り、部屋の照明を落とす。
蛍光灯の豆電球だけがついた状態になると、薄暗い中に、お互いの姿が浮かび上がった。
山本は獄寺の頬に手を当て、嬉しそうに笑う。
「やっぱ顔見れる方が幸せなのな」
「………言ってろ、バカ」
「恭弥ぁー、風呂沸いたから入ろうぜーっ」
ホテルの部屋で雲雀がくつろいでいると、風呂場の方からディーノの呼ぶ声が聞こえてきた。
雲雀が脱衣所に入ると、ディーノは一足先に風呂場の中にいるらしい。
衣服を脱ごうとしたところで、ぐしゃぐしゃのままかごの中に放り込まれているディーノのスーツが目に付いた。
「もう…」
呆れ顔で息をついて、そのスーツを綺麗にたたみ直す。
雲雀が中に入ると、浴槽に浸かっているディーノが来い来いと手招きした。
「遅かったな」
「あなたのせいでしょ」
「ん?」
「…いい」
浴槽の中で雲雀を膝に抱え、ディーノはその顔を見下ろす。
「卒業式は何日だ?お祝いしねえとな」
「休み取れるの?」
「その日だけはなんとしても取るさ。なんたって恭弥の卒業式だからな」
「……忙しいくせに」
言いながらも、雲雀は嬉しそうに微笑んでディーノの胸に頬を摺り寄せた。
「しっかし、恭弥の学ラン姿も卒業式で見納めかー」
「…………そう思う?」
「へ?だって…そーだろ?それともお前、高校にも学ランで通うつもりか?」
「まさか。さすがにもう無理だよ。僕が言ってるのはそういう意味じゃなくて…」
言いかけて、雲雀は言葉を止めた。
「恭弥?」
「まあいいや。当日のお楽しみってことにしといてよ」
「えー?なんだよ、気になるじゃねーか」
雲雀はついと顔を上げ、不満げに言うディーノに口付ける。
「服なんて、脱いじゃったらおんなじでしょ」
「…ま、それもそーか」
プレゼントされた服だって、いつもすぐに脱ぐ羽目になってしまう。
どうせこんなふうに、自分たちは裸で愛し合うだけだ。
「卒業祝い、何が欲しい?」
ディーノが尋ねると、雲雀は珍しく逡巡する様子を見せ。
「………大きいものでもいい?」
「なんだよ、遠慮するなんて恭弥らしくないぜ。いーから言ってみろって。あ、ひょっとして新しいバイクとかか?」
「ううん、もっとずっと大きいもの。あのね…」
何かを企むような笑みを浮かべ、雲雀はディーノの耳に唇を寄せた。