「じゃ、正式な婚約は明日執り行うぜ」
「ああ」
「わかったよ」
ロマーリオが明日の段取りを説明するのを、ディーノと雲雀は黙って聞いていた。
本来なら雲雀はこんな形式ばったものどうでもいいのだが、ディーノや部下たちに頼み込まれて仕方なくきっちりと受けることにしたのだ。
「お披露目の時はこの辺の住民たちもみんな集まっから、盛大になるぜ!」
「え…?」
雲雀の表情が固まった。
「何それ、そんなに群れるの…?」
「そりゃーみんなボスの婚約となれば祝いたくてしょーがねえんだよ。人気者だからなあ、うちのボスは!」
そう言って、ロマーリオは豪快に笑っている。
雲雀は頭痛を感じて頭を抑えた。
この辺一体の人間の集まりの、その中央に自分がいなければならないなんて。
「わりーな、恭弥。明日だけ我慢してくれよ」
「………わかったよ。出来る限り、我慢する」
いつだって人の中心にいるようなこの男に惚れてしまったのなら、仕方のないことだ。
「ただいまー!」
その時、扉が開いて街に行っていたツナたち三人が帰ってきた。
「お帰り、はや…」
言いかけた雲雀の目の前に、獄寺が花束を差し出した。
「何これ…ブーケ?」
「そう!近くで結婚式やっててさ、花嫁のブーケ」
「隼人が取ったの?」
「いや、取ったのは山本」
そう言って、獄寺は後ろにいる山本を見やった。
山本の横で、ツナも顔を輝かせる。
「凄かったんだよねー、山本。走ってってジャンプして見事にキャッチしたもんね!」
「はは、こっちに向かって飛んできたからつい取っちまった」
それも野球の条件反射というヤツらしい。
「ふうん…。それで?」
「恭弥にやるよ。オレはまだいらねーし」
「え……僕もまだいらないんだけど」
「んなこと言うなってー!どーせオレよりは先だろ!いーから貰っとけよ!」
獄寺にぐいぐいと押し付けられて、雲雀は手の中のブーケをじっと見下ろした。
色とりどりの花で丸く形作られたブーケは、花嫁の象徴そのものだ。
「…そんなに言うなら、貰うよ。ありがとう」
獄寺に笑いかけてから、雲雀は「そうだ」と口を開く。
「このお返しに、僕のブーケは隼人にあげるから」
「へ…っ!?」
「また山本にキャッチして貰えばいいよ」
雲雀の言葉に、獄寺の顔が赤く染まった。
「おう、任しとけ!」
そう言って、山本はどんと胸を叩く。
「だ、だから気が早いってーの、お前らはっ!!」
翌日。
屋敷の中で形式どおりに契約を交わし、着飾った二人はそのまま街の中へと出る。
街中の人々が、二人の姿を見て歓声を上げた。
「ディーノ坊、立派になったなあ!」
「まあまあ、キレイなお嬢さんだこと!ディーノ坊ちゃんには勿体無いわ!」
「〜〜〜お前らなあ、いつまでもガキ扱いするなってーの!」
口を尖らせるディーノの横で、雲雀はくすくすと小さな笑いをこぼす。
「きょうや〜〜…」
「ごめん。あなたって、本当にみんなに愛されてるんだと思って」
「ったく…。ま、この街全体がオレの家族みてーなもんだからな」
「そうだね、そんな感じ。この街のどこにいても、まるであなたといるみたいで、すごく落ち着くよ…」
「恭弥…」
「僕、この街好きだよ。人ごみは、やっぱり好きになれないけど」
「へへ…そっか」
と、人ごみの中からぶんぶんと手を振る銀髪の少女。
「恭弥ーーー!おめでとーなーーー!」
「ありがと、隼人」
獄寺に手を振り返していた雲雀の肩を、ぐいとディーノが引き寄せた。
そうして、そのまま二人は濃厚な口付けをかわす。
観衆たちが一気にはやし立てる中、雲雀が獄寺に目を向けると、案の定真っ赤な顔でその場に固まっていた。
まったく、いつまで経っても反応が初々しい。
ディーノと目が合うと、何やら悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。
そうして、ディーノは観衆に向かい声を張り上げる。
「おーーーい!!てめーらも恋人に激しいヤツかましてやれーーー!!」
そう言われては、さすが陽気で開放的な国の人々だ。
みんな横にいた妻や恋人の肩を抱き、ブチュブチュと濃厚なキスを始める。
「な、な、なっ……」
びっくりしたのは山本やツナと一緒に人ごみの中にいた獄寺だ。
四方八方で濃厚なラブシーンが繰り広げられ、すでに思考回路はショート寸前になっている。
とん、と獄寺の肩が後ろにいた相手―――山本に触れた。
慌てて離れようとしたところで、山本に肩を掴まれ動きを封じられる。
「や、やま、も…」
「獄寺……」
「よ、よせっ!こんなとこで…っ!」
「周りもみんなしてんだもん、気にすんなって」
「けど…っ」
獄寺は傍にいるはずのツナの姿を探した。
けれど、いつの間にかツナの姿は人ごみに流されその場から消えている。
「獄寺、オレだけ見て」
「………っ」
真剣な声で、真剣な瞳で、まっすぐに見据えられる。
ぎゅうと瞳を閉じると、そのまましっかりと唇が重ねられた。
「おーーー、けっこう激しいのかましてるぜ、アイツら」
獄寺と山本の様子を眺めながら、にやにやと楽しそうなディーノ。
その横で、雲雀が呆れ顔で息をついた。
「…その反応、オヤジくさいってば」
「まあそう言うなよ。あいつらこーでもしねえと進展しねーんだもんなあ」
「それはそうなんだけどね…」
雲雀は心配げに獄寺の様子を見守っている。
山本がなかなか解放してくれないので苦しそうだ。
その目じりに涙が浮かぶのを見て、むぅ、と雲雀は顔をしかめた。
「少しやりすぎだね…。懲らしめてくるよ」
「ってこらこら、今日の主役が暴れんな!」
獄寺救出に向かおうとした雲雀を引き止めて、ディーノはやれやれと息をついた。
「ほっとけよ。いつまでもオアズケじゃ山本が可哀想だぜ」
「だって…」
むぅぅ、とますます顔をしかめる雲雀。
「はいはい、機嫌直して笑ってくれよ。未来の花嫁さん?」
そう言って、ちゅう、とディーノは雲雀に軽い口付けを送る。
しぶしぶながらも、雲雀はディーノに腕を絡めて寄り添った。
「なんだか娘を嫁にやる気分だよ」
「なんだそれ、スモーキンボムはオレらの子どもか?」
そう言って、ディーノはけらけらと笑った。
「だったらいいのに。隼人なら子どもに欲しいな」
「お前が言うと本気に聞こえるぜ…」
「本気だもの」
雲雀の言葉に、ディーノは苦笑する。
「ま、いつかほんとのガキが出来たら思いっきり可愛がってやればいーさ」
「………うん」
ぽんぽんと頭を撫でられ、雲雀は小さく頷いた。
「隼人みたいな銀髪の可愛い子がいいなぁ…」
「いや、それは普通に無理だから」
うっとりしながら言った婚約者の言葉に、思わず突っ込みを入れたディーノだった。