「ところで、あれからどうなの?」
「あ?何のことだよ?」

唐突に問いかけられて、獄寺は目の前の雲雀を見つめ返した。

「山本武。本気でまだ夢だと思ってるわけ?」
「ああ。別に疑ってる様子はねえ。山本だしな

獄寺から見て、あの海以来特に山本の様子がおかしいという感じはなかった。

と、応接室に並中の校歌が鳴り響いた。
雲雀が制服のポケットから携帯を取り出す。

「もしもし?―――うん…今から?……別に、構わないけど。……わかったよ、それじゃ」
「跳ね馬か?」

電話を切った雲雀に問いかけると、雲雀はこくりと頷いた。

「今夜の飛行機で帰るからその前にメシでも食べようって」
「ふーん。そういや、跳ね馬はお前が女かもって疑ったりしてねえの?」

中学生の山本と違いディーノはれっきとした大人だ。
それに雲雀とは恋人同士の間柄。いつ気づかれてもおかしくないはずなのだ。

「全然気づいてないよ。付き合ってると言っても、まだデートらしいデートもしてないしね。付き合う前と何も変わらない」

それはもちろん、ディーノがとてつもなく多忙なせいなのだが。
二人でいても電話で緊急の連絡が入って帰ってしまうことだってある。

「じゃあ、僕は行くけど……隼人は野球部が終わるまでここにいていいから」
「ああ」

雲雀が出て行ってしまうと、獄寺はいつものように窓辺によって、グラウンドで練習する野球部を見下ろした。












「山本先輩っ!あのっ、これ差し入れです!」
「へ?」

背後から聞こえた可愛らしい声に山本が振り向くと、一年の女の子が顔を真っ赤に染めて紙袋を差し出していた。

「クッキー焼いてみたんです!美味しくないかもしれませんけど…」

女の子の顔には見覚えがあった。
しょちゅう野球部の練習を見に来ており、ロリ系の巨乳美少女、と野球部の間では密かなアイドルになっている子だ。
実際、中学一年生にしては立派なバストをしており、顔立ちはそれと対照的にあどけない。

緊張のためかふるふると震えているその様が可愛らしくて、山本は苦笑した。

「サンキュ、いただくな」
「は、はいっ、ありがとうございますっ!」

喜びに満ちた笑顔で彼女はぺこりと頭を下げ、離れて見守っていた友人たちの中へと小走りで戻っていった。

本当に可愛らしい。男なら、ああいう子に好意を寄せられて嬉しくないはずがない。
そう、自分だってそのはずだ。

けれど―――と、山本はクッキーの入った紙袋を見下ろした。

可愛いとは思うし、嬉しいとも思う。
でも、あの子を自分のたった一人の特別な存在―――『恋人』にしたいかと言われるとそうではない。
だって、自分が好きなのは―――。

自然と、山本は応接室の窓を見上げた。
今日もおそらく雲雀に会いにあそこに行っているであろう友人の顔を思い浮かべる。

わかっている、男同士だ。

一緒に帰ろうと誘っても断られはしないから、最初の頃ほどには嫌われていないのだろうけど。
けれど、現実に彼が自分のことを好きになって気持ちに応えてくれる事なんて、有り得ないとわかっている。

あの、あまりにも幸せな夢の中。
女の子の姿で現れたことよりも、自分の差し出した腕に素直に腕を絡めてくれた、そのことの方が嬉しかった。

あんなことはきっと、現実には起こらない。









「び…っくりしたぁ……」

窓の下に座り込み、獄寺はドクドク脈打つ胸を押さえた。
ファンの女の子から何か受け取るのを睨むように見ていたら、ふいに山本がこちらに顔を向けたのだ。

「み、見つかってねーよな……」

獄寺はガシガシと髪をかき回し、溜め息をついた。
あんなふうに笑顔で差し入れのできる女の子が沢山いるのに、どうして自分はこうなのか。
応援すら素直に出来ないのだ。
こうして隠れるように見ているだけのくせして、ファンの子相手ににやけているのを見るとむかついてしまう。
オレだってお前が好きなんだぞ、と、そう言ってしまえたらどんなに楽か。

「山本の好きそーな女だったな……」

小柄で胸もそこそこあって、女の子らしい可愛い雰囲気をしていた。
オレが勝ってるのなんて胸の大きさくらいか、と獄寺はサラシで覆い隠している自分の胸を見下ろす。

胸で山本の気を引けるなんて思わな――――いや、思うが。
それだって別に、山本は女を胸の大きさだけで選ぶような男じゃない。














「お!獄寺、今帰りか!?」

校門のところで見慣れた後ろ姿を見つけて、山本は駆け寄った。
呼び止められた獄寺は、いつものように仏頂面で振り返る。

「なんだ、てめーも今帰りか」
「一緒に帰ろーぜ!そーだ、うち寄ってメシ食ってけよ!」
「…ああ」

答えながら、獄寺は山本の手に後輩から貰ったはずの紙袋がないことに気がついた。

「お前、忘れてねえか?」
「へ?何を……あっ!」

一瞬きょとんとした山本だが、ふいに思い出して声を上げた。

「いけね、部室に置いてきちまった!獄寺、ちょい待ってて、すぐ取って来…」

部室へと引き返しかけて、山本がぴたりと立ち止まる。

「なんで獄寺が知ってんの?」
「……っ!」

しまった、とばかりに獄寺は口を押さえた。

「ひょっとして、応接室から見てた?」
「……ぐっ、グーゼンだ、グーゼン!グラウンドの方見たら、その、お前が一年の女子に…」
「…そっか。んじゃ、わりーけどちょっと待っててな」

そう言うと、山本は部室へと駆け足で戻っていった。





しばらくして、紙袋を提げた山本が戻ってくる。

「お待たせ、獄寺!」
「…ったく、人から貰ったもん忘れんなよな。お前の好きそうな女子だったじゃねーか」
「なんでそー思うの?」
「なんでって、その……なんででもだっ!」

海でもオレの乳ばっか見てたじゃねーか、と心の中でぼやきつつ、獄寺は誤魔化すように怒鳴った。

「うーん。確かにモテそうな子だったけど、オレは興味ないのなー」
「はあ?お前趣味おかしいんじゃねーの?可愛かったじゃねーかよ」
「獄寺はああいう子が好きなの?」
「オレのことはいーだろ、別に」
「答えて、獄寺」

妙に真剣な顔で尋ねてくるので、獄寺はふいと顔を逸らした。

「別に……あんなん、好きじゃねーよ」

すると途端に、山本はいつもの穏やかな笑顔に戻り。

「そっか。んじゃ、さっさと帰ろうぜ!」

そう言って、獄寺の手を引っ張って歩き出した。

「わ!こ、こら、放せよ!見っともねーだろっ!」
「オヤジに頼んでマグロ握ってもらうのなー♪」
「人の話を聞けーーー!!」

 


進展しないな、この二人…。
山本が巨乳好き設定でスイマセン。でも絶対好きだと思う。
(2007.9.14UP)

 

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