「嬉しそーじゃん、ディーノと何かあったのか?」
応接室にやって来た獄寺は、校歌を口ずさんでご機嫌な雲雀にそう問いかけた。
雲雀は獄寺に目を向け、それから嬉しそうに笑う。
「ディーノ、僕のこと好きなんだって」
その言葉に、獄寺は一瞬目を丸くし。
それから、くしゃりと顔を崩して雲雀の肩を叩いた。
「良かったじゃねーか!両思いだなんてよ!…あれ?でも跳ね馬、お前のこと…」
「うん。女だって気づいてなかった」
「じゃー何か?跳ね馬はお前を男と思いながら好きになったのか?」
微妙な表情で問いかける獄寺。
「そうなるね。元から男が好きなわけじゃないみたいだけど」
「じゃ、お前がほんとは女だって知って喜んだだろ?」
獄寺が訊くと雲雀は首を横に振った。
「女だって教えてない。好きだとは言ってあげたけど」
「お前それ、いじめてねーか?」
獄寺が引きつって問いかけると、雲雀はふふと楽しそうに笑う。
「やっぱり女がいいとか言い出さないとは限らないでしょ?当分男だと思ったまま好きでいてもらうよ」
「性格わりー」
「ありがとう」
そう答えてから、「それにね」と雲雀は獄寺の顔に手を伸ばす。
「僕がディーノにばらす時には、隼人も山本にばらしてほしいって思ってるから」
「オ、オレはいーよ!お前みたいに両思いなわけじゃねーし!」
「そんなのわからないじゃない。ばらしてから惚れるってこともあるし」
「け、けどよ…あいつなんて野球ばっかでそーいうの考えてなさそーだし…」
「そうかな」
「そーだって!オレのことは構わないでいーから、お前はさっさと跳ね馬にほんとのこと言ってやれ!」
「…そのうちにね」
隼人と一緒にばらしたいというのは本当。
けれど、ディーノに女だとばらさないもう一つの理由。
きっと、何も言わないけれど隼人も察してはいるだろう。
ディーノに守られる存在になりたく、ない。
対等でいたいのに、僕が女だと知ったらディーノはきっと僕を守ろうとする。
そんなのは嫌なんだ。
他の誰よりも、一番女扱いして欲しくない人なんだ。
女としてディーノに惚れてるのに、こんなのは矛盾してるってわかってるけど。
でも、それでも。
女扱いされるのだけは、僕の中のプライドが許さない。
だから僕は、素直になれない。…いつだって。
「あんま、気ぃ張るなよ」
雲雀の心情に勘付いたのか、獄寺が背中から雲雀の体に腕を回した。
そのまま柔らかく包み込むように抱きしめる。
雲雀は正面に回された獄寺の腕に、自分の手を添えた。
「可愛くないよね、こんな僕は」
「そーだったら、跳ね馬はお前に惚れてねぇって」
「…そうだね、ありがと」
普通の女の子のようになりたいと思っているわけじゃない。
今さらそんなの無理だと言うこともわかっている。
どうすることが一番良いのか、まだわからない。
わかるのは、自分はディーノが好きだということだけ。
「海に行くぞ」
「「!!?」」
唐突に聞こえた声に、獄寺と雲雀は揃って窓に目を向けた。
応接室の窓にちょこんと座っているのは、リボーン。
「やあ赤ん坊、どういうことだい?」
「言ったとおりだ。海に行くから、おめーたち一緒に来い。ツナも一緒だからな」
「10代目もですか…。しかし、海と言ってもオレたちは泳ぐわけには…」
万が一知り合いにでも会おうものなら、女だとばれてしまう。
「大丈夫だ。知り合いからプライベートビーチを借りてある。山本やハルには内緒だしな」
「けど、なんで僕たち二人を?」
「おめーたちの水着姿が見たいからに決まってるぞ」
「決まってるんですか……」
「そーいうことだ。水着用意しとけよ」
言い出したら確実に押し通すリボーンの物言いに、獄寺と雲雀は顔を見合わせて苦笑した。
性別を偽っているせいで日ごろ泳ぐことなんてできないし、気分転換にいいかもしれない。
「…ねえ、本当にばれないの?」
「だーいじょうぶだって。お前なんてみんな学ランのイメージしかねーから」
日曜の昼近く、駅前の商店街。
難しい顔で電柱に隠れている雲雀を振り返り、獄寺は呑気に笑った。
獄寺はいつものような男物の服ではなく、可愛らしい女物の服をまとっている。
ミニスカートから覗くのは白い足。目立つ銀の髪は茶髪のロングヘアのカツラで隠していた。
「なんだって僕がこんな格好…」
そう言う雲雀の方も、いつもの学ランではなく獄寺同様のミニスカート。
こちらは黒髪なので髪はそのままだ。
「しょーがねーじゃん、リボーンさんの命令なんだから」
海に連れていってやると言い出したリボーンに水着を持ってないと言ったところ、「水着を買ってこい」と言われたのだ。
二人が水着を着るとなれば、当然女物。
けれど、男のナリで女物の水着など買いに行ける筈も無く。
それで仕方なしに、こうして女の服を着て買いに出ることになったのである。
「けど、よく女物の服なんて持ってたね」
「ああ。リボーンさんがアネキから借りてきてくれたらしい」
ビアンキのファッションと言えば、オシャレはオシャレなのだがスカートは超ミニばかりだし、全体的にセクシーだ。
おかげで中学生の二人が着るには少しばかり刺激が強い。
ちなみにカツラはリボーンのコスプレコレクションからお借りした。
「んーーー…こっちのがいーかな…」
店に入る前は女物なんてどれがいいかわからないとぼやいていた獄寺だが、
元々ファッションにはうるさいタイプ。
選び出した途端、様々なデザインの水着を手に取り難しい顔で迷いだした。
「なあ、これどっちがいーと思う?」
「どっちでもいーんじゃないの」
あふ、と欠伸をして雲雀は気のない返事。
雲雀の方は着れさえすれば何でもいいという考え方なのだ。
「お前もちゃんと選べよ!リボーンさんに言われただろ!?」
「興味ない」
「ったくもー!よし、お前の分もオレが選んでやるっ!」
そう言うと、獄寺は今度は雲雀に似合う水着を物色し始めた。
こうして、それから二時間ばかしふたりは店の中で試着を繰り返すこととなる。
「疲れた…」
ぶすっとした顔で、雲雀はアイスコーヒーのストローをくわえた。
「まーまー。おかげでいーの買えたじゃねーか」
満足のいく買い物が出来た獄寺は、ご機嫌でケーキを口に運んでいる。
水着を選び終えた後、疲れ果てた二人はそのまま近くの喫茶店に入っていた。
「それ、めちゃくちゃ甘いんじゃないの?」
「甘くてうまいぞ。お前も食えばいいのに」
「やだよ」
甘党の獄寺と違い甘いものが苦手な雲雀は、ケーキを見ているだけでむかむかする。
と、二人はウインドウの外に映る光景に目を見張った。
「すいませんすいません!!」
「謝って済むと思ってんのか、中坊が!」
必死にぺこぺこと頭を下げているのは、補習で学校に行っていたツナ。
その正面にいるのは、体格が良く強面の高校生。
「クリーニング代、払ってもらうからな!」
「えっ!あのっ、今持ち合わせが…」
「ああ!?てめーがオレの靴に泥つけたんだろーが!」
そう言って、高校生は靴の上の小さな汚れを指で示した。
「勘弁してください〜〜〜!!」
たまらず、ツナはその場から走って逃げ出した。
「待ちやがれ、このヤロウ!!」
「ひいっ!!」
後ろから追いかけてきた高校生が、ツナの襟を掴もうとした、次の瞬間。
ツナの横からにゅっと出てきた白い脚が、高校生の横腹を蹴り飛ばした。
「大丈夫ですか、10代目!?」
「え?あっ…獄寺くん!」
カツラのせいで一瞬戸惑ったツナだったが、何しろツナを「10代目」と呼ぶのは彼女しかいない。
「このアマ!!」
体勢を立て直した高校生が獄寺に殴りかかってくる。
ところが。
風を切る音と、それに続く打撃音。高校生の体は勢い良く吹っ飛んで、壁に激突した。
「…弱すぎ」
「ヒバリさん!」
トンファーを構えた雲雀が、いつの間にか隣に立っていた。
「二人ともありがとう!でも…なんでそんな格好で…?」
ちら、と二人の足に目をやったツナだったが、慌てて目線を上げた。
「あ、今日水着を買いに行ってたんすよ!ほら、リボーンさんが海に連れてってくださるって」
「ああ、そーいえば…」
二人の水着姿かぁ…、と思わず想像したツナの顔が赤くなる。
女の子の格好をした二人は、黙っていればかなりの美少女だ。
もちろん自分には京子ちゃんがいるんだけれど、こんな二人と一緒に海に行けるなんてラッキーかも、なんて自然と顔もにやけてくる。
「おい、見ろよ。あそこ」
「すっげ可愛いんじゃねえ?」
聞こえた声にツナが顔を向けると、ガラの悪い男たちがこちらを見て下卑た笑いを浮かべていた。
「おい、そんな冴えないガキといねーでオレたちとどっか行かねーか?」
一人の男が獄寺の腕を掴む。が、獄寺は逆に男の腕を掴んで捩じ上げた。
「ああ?冴えないってのはまさか10代目のことじゃねーだろうな?」
「い…っいでででで!」
男は悲鳴を上げ、助けを求めて仲間のいる方を振り返る。
だが、そこにはトンファーの返り血を振り払う雲雀と、屍と化した仲間が転がっているだけだった。
「ああもう…これだもんなぁ」
瞬時に男たちをのしてしまった美少女二人に、ツナは額を押さえてうな垂れた。
雲雀はツナじゃなくて獄寺のため戦ってます。雲雀が獄寺のこと好きすぎる気もする…。
次は海水浴ー。
(2007.9.3UP)
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