初恋
応接室へと戻ってきたところで中から聞こえてくる話し声に気づき、雲雀はドアにかけた手を止めた。
「恭弥のやつどこ行ったのかな〜」
「どこも何も、今授業中じゃねえのか、ボス?」
その声は、元家庭教師のディーノと、その右腕のロマーリオのものだった。
家庭教師が終わった後も、彼は暇を見つけてはこうして雲雀に会いにくる。
相当多忙な生活をしているにも関わらず、だ。
その意味するところは雲雀にはわからなかったが、彼女は密かにそれを待ち望んでいる自分に気づいていた。
こうして男のふりをしていながら、おかしいとは思うけれど。
「ところでボス、例の初恋の女の子なんだがな」
ロマーリオの言葉に、雲雀はドアを開けようとした手を再び止める。
「見つかったのか!?」
「いいや。もうこの辺にはいねえのかもしれねーな。何にせよ情報が少なすぎるぜ」
「そーか…」
気落ちしたようなディーノの声。ズキンと雲雀の胸に痛みが走った。
サラシを巻いた胸を押さえ、雲雀はその場にうずくまる。
『初恋の女の子』『もうこの辺にはいない』
たった今耳にした情報が、頭の中でぐるぐると回る。
その女の子を探すために、彼はこの場所を訪れていた?自分に会うためではなく?
「恭弥!?」
頭上から聞こえた声に顔を上げると、ドアを開けたディーノが驚いた顔で自分を見下ろしていた。
「どーした、どっか悪いのか!?」
そう言って体を支えようと、手を伸ばしてくる。
「平気だよ…触らないで」
その手を跳ね除け、雲雀は立ち上がった。
この人は自分のものにはならない。
この人にとって特別な存在は他にいるのだ。
ズキズキと、繰り返し胸が痛む。
「恭弥?お前、顔色わりーぜ?」
「平気だったら…」
「何が平気なんだよ!いーからこっち来い!」
声を荒げ、ディーノは雲雀の手を引っ張った。
そうして、そのまま応接室のソファへと導いて座らせる。
「ロマーリオ、わりーけどなんかコイツに飲み物買ってきてくれ」
「了解、ボス」
ロマーリオが出て行ってしまうと、部屋の中には気まずい沈黙が流れた。
「恭弥、なんでこっち見ないんだ?オレ、なんか怒らせるようなことしちまったかな?」
正面に座っているのに視線を合わせようとしない雲雀に、ディーノは困惑気味に問いかけた。
雲雀は俯いたままで黙っている。
ふいに、ディーノの手が伸びて雲雀の頬を撫でた。
「やなことでもあったか?」
びくりと雲雀の瞳が揺れる。
ディーノに目を向けて、雲雀は口を開いた。
「…どうしてそう思うの?」
「泣きそうな顔してっから」
「そんなわけないじゃない、この僕が……泣くなんて」
「わかってるさ。けど、そう見えるんだ。…なあ、オレのせいなのか?」
顔が熱くなるのを感じて、雲雀は勢いよく立ち上がった。
そのままトンファーを構えてディーノに殴りかかる。
「わ!ちょ、ちょっと待て!急にっ、何をぉっ!?」
「あなたがいけないんだ!」
ガスッ!とトンファーがディーノの頭をかすった。
ディーノは慌てて後ろに下がり、体勢を整える。
「あなたが会いにきたりするから、僕は…!」
「待てって、恭弥!落ち着いて話を…」
部下なしのディーノが雲雀の攻撃を避けられるはずもなく、強烈な一撃がディーノに命中した。
ディーノは呻いてその場にうずくまる。
とどめの一撃が降りてくるかと思った、次の瞬間。
カラカラと音を立てて、トンファーがディーノの目の前に転がった。
それと同時に、ぽつぽつと床に落ちる滴。
ディーノは痛みに顔をしかめながらも、視線を上げて雲雀を見上げた。
雲雀の目から零れ落ちる滴が、次々と床を濡らしていく。
「恭弥…?」
「あなたの顔なんか見たくない。さっさとその女の子とやらを探しにいきなよ…!」
ディーノはどうにか立ち上がると、雲雀の頬の涙をぬぐいながら、優しく笑いかけた。
「聞いてたんだな」
「あなた、初恋の女の子を探すためにここに来てたんでしょ」
「う…まあ、探してたのは確かだ。けど…」
そこで言葉を切り、ディーノは苦笑した。
「そろそろ探すのやめようかと思ってたとこだ」
「どうして?見つからないから諦めるの?」
「そーじゃねえよ。初恋はそれはそれで大事なんだけど……今は」
ディーノの手のひらが雲雀の頬に触れ、その顔が近づく。
「目の前のお前の方が、オレにとっちゃ大事だから」
「……!」
「好きなんだ、恭弥。男同士で好きとか言っても、お前が困るだろうと思って言い出せなかったけど……でもオレは、お前のこと一番大事だし、恋愛対象として見てる」
ぽかんとして、雲雀はディーノの真剣な瞳を見つめた。
女だって知らないくせに、僕のこと好きだって言うの?
ねえ、僕、女の子なんだよ?あなたの初恋の女の子とおんなじ……。
その時、雲雀は足元に何かが落ちているのに気がついた。
どうやら写真のようだ。誰かが写っている。
雲雀はしゃがんで、それを拾い上げた。
「これ、あなたの?」
「あーーーっ!!や、それは、その…っ!!」
途端にディーノが大慌てで声を上げる。
その写真に目を落とした瞬間、雲雀の表情が固まった。
写真には、七五三の着物を着て着飾った女の子が写っている。
七歳の七五三らしく、長い黒髪を綺麗に結い上げ化粧もして、まるで人形のように可愛らしい。
「なんでこれをあなたが持ってるの…?」
「あのなっ、初恋っつってもほんとに一回見ただけで………へ?」
言い訳の言葉を止めて、ディーノはきょとんとした。
「なんでって……恭弥、ひょっとしてこの写真の女の子知ってんのか?」
「先に答えて。なんでこの写真をあなたが持ってるの?」
「えっと……8年前かな。この辺に来た時にすぐそこの神社で見かけたんだ。あんまり可愛くて見とれちまって……で、気づいたらシャッター切ってた」
そこまで言ってから、ディーノは再び慌てて口を開く。
「あっ!?でもな、ほんとにそれだけだぜ!?探してたのも、お前のこと好きだって自覚してなかったからだし、今のオレはお前のことが…!」
「……バカみたい」
ぽつりと呟いて、雲雀はディーノの腕の中に倒れ込むようにだきついた。
「恭弥!?」
「あなたも僕も、バカみたいだよ」
「???」
僕だって昔からこうだったわけじゃない。
小さい頃は両親にされるがまま、女の子らしい服を着て、髪も伸ばしていた。
だから、そう。この着飾った女の子は7歳の僕。
まだ髪も長くて、女の子として暮らしていた頃の僕だ。
ディーノがこの女の子を探して見つけられなかったのも当たり前。
こうして、男の格好で傍にいたんだから。
たまらなくおかしくなってきて、雲雀はくすくすと笑いをこぼした。
ディーノは初恋の女の子の正体に驚くだろうか。僕が女だということに驚くだろうか。
わけのわからない様子のディーノを見上げ、雲雀は楽しそうな笑みを浮かべた。
「ええと…何から教えてあげようか―――?」
小さい頃は雲雀も女の子の格好してたんじゃないかと思って書いたんですが、14歳で7歳の子に一目ぼれってぶっちゃけロリコ…(黙れ)
しかも初恋14歳って遅いやろ…。
そのままイタリアに連れ帰って紫の上みたく育てればよかったよね!(それ犯罪)
なんで日本に来たのかは、家光に会いに来てたとかそんなとこですよ。
(2007.11.16UP)
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