そんなに僕がいいの?

 

「着いたぞ。ここがキャバッローネの屋敷だ」
「へーーー。ここがディーノさんの…」

キャバッローネの屋敷前に立ち、ツナたち一行はそれを見上げた。
リボーンと山本以外のツナ、獄寺、雲雀にとっては初めて来る場所である。
それは城と見紛うほどの大きな洋館だった。

「おお、よく来てくれたな!」

屋敷の中からやって来たロマーリオが、ツナたちを出迎える。

「恭弥も来てくれるとはな!ボスが喜ぶぜ!」

感激した様子で、ロマーリオが屋敷の中へ案内していく。
その後ろを歩きながら、ツナはリボーンにひそひそと耳打ちした。

「けどよくヒバリさんが来てくれたな。群れるの嫌いなのに」
「獄寺のドレス姿を見たくねーか?っつったらあっさり落ちたぞ」
「…………」

ツナは前の方を歩く雲雀と獄寺を眺めた。
男のフリをしている女、という同じ境遇に惹かれたのか、雲雀は獄寺のことをいたくお気に入りなのだ。
それは獄寺の彼氏である山本がたびたび妬くほどの気に入りようである。

お気に入り、といえば、ディーノも雲雀のことをひどく気に入っている。
家庭教師をしていた頃から、家庭教師を終えた現在でも、日本に来るたびに応接室に顔を出しているらしい。
もっとも、当の雲雀は毎回それを鬱陶しいと追い返しているのだが。
今回も、獄寺で釣らなければ、ディーノの誕生日パーティーに連れてくることは出来なかっただろう。











男女別に客室に通されて、クローゼットを開ける。
そこには、ロマーリオが用意しておいてくれたパーティー用の衣装が入っていた。

「…何これ」

用意されたものを手に取り、雲雀は顔をしかめる。

「なんで僕までドレスなの?」
「女なんだから仕方ねーだろ。オレだってほんとは男の正装の方がいーんだ」

そう言いながら、獄寺はさっさとドレスに着替えていく。
淡い紫色のドレスを手に取り雲雀がむくれていると、獄寺がその背中を叩いた。

「ま、跳ね馬の誕生日なんだし、喜ばせてやれよ」
「こんなので喜ぶとは思えないよ」
「喜ぶに決まってるって。あいつ、お前に惚れまくってんじゃん」
「面白がってかまってるだけでしょ」

ディーノはことあるごとに雲雀に好きだ好きだと言ってくるのだが、恋愛感情というものを理解しない雲雀には、いまだに信用してもらっていない。
もっとも、伝わっていないのは雲雀本人だけなので、周りの人間はいつもそんなディーノを気の毒に思っていた。








着替えを終えた雲雀と獄寺が部屋から出ると、目の前の廊下をランボが走り抜けていった。

「ガハハハハ!パーティーだもんね〜!」
「こらランボ!走るなよ、転ぶぞー!」

慌てて追いかけるツナの忠告の甲斐なく、ランボは勢いよくすっ転んだ。
その拍子にランボの髪の毛から10年バズーカが転がり落ちる。

「うああああん!!」

泣き出したランボがバズーカを構えて引き金を引く。
だが、プスンと小さく鳴っただけでバズーカが発射されることはなかった。

「あーあ、転んだ拍子に壊れたんじゃねーのか?」

そう言って獄寺がランボに歩み寄ったその時、バズーカの砲身がチカリと光る。

「隼人!」

雲雀が獄寺の体を押しのけた次の瞬間、バズーカから飛び出した弾丸が雲雀の体に命中した。





















10年前、キャバッローネの屋敷―――。

「……ふうっ」

にぎやかなパーティー会場を抜け出して、少年は息をついた。
誰もいないのを確認して中庭の芝生の上に腰を下ろす。
ネクタイを緩め、セットされた金色の髪をぐしゃぐしゃと崩した。

「ったく、あんなマフィアばっかんとこいられねーよ」

自身もマフィアのボスの一人息子であるにもかかわらず、そう言って少年は息をついた。
少年の名はディーノ。
キャバッローネファミリー9代目の一人息子である。
今夜はキャバッローネの屋敷で、ディーノの誕生日パーティーが催されていた。

多くの人々が自分を祝うために集まってくれていることは有り難い。
けれど、今の自分にはそれが重くもある。
自分にはボスとして―――このファミリーの10代目として、人々の期待に応えられる自信がない。

「はぁ…オレにはマフィアなんて無理だよ……」

浮かない表情で月を見上げる。
と、雲一つないはずの月夜に影がさした。

「ん?」

月を覆うように現われたその影は、だんだんと大きくなる。
何かがこちらに向かって落ちてきているのだと気づいた時には、それは避けきらないくらいまで近づいていた。

「わああっ!?」

得体の知れないそれが、ディーノの真上に落ちてくる。
恐怖のあまり瞳を閉じた直後、墜落の衝撃がディーノを襲った。

「い、いてて…」

無事だったことにほっとしつつ、ディーノはいったい何が落ちてきたのかと恐々目を開く。
仰向けのディーノの上に跨っていたのは、人間だった。

ディーノよりも少し年長に見える彼女は、淡い紫のドレスを着て、ショートの黒髪にドレスと同色のリボンを飾っている。
先ほど、10年後の世界で10年バズーカに当たったはずの雲雀がなぜか、ここにいた。

雲雀は切れ長の黒い瞳で、じっとディーノを見下ろしている。
美しいその姿に、ディーノは一目で心を奪われた。

すっ、と雲雀の細い指がディーノの顔に伸びてきて、頬に触れる。
温かな体温を感じて、ディーノの心臓が跳ね上がった。

ぎゅむ。

「ひててててっ!?」

ふいに物凄い力で頬を引っ張られ、見惚れていたディーノは声を上げた。

「あにすんらよっ!?」
「この顔、ホンモノ?」

じいっとディーノの顔を覗き込みながら、雲雀は訝しげにそう問いかける。

「ホンモノに決まってんだろー!いてーったら!」

ようやくその手が離れると、ディーノは痛む頬を擦りながら、涙目で雲雀を見上げた。

「いつまで乗っかってんだよ!いい加減にどけよなっ!」

言われて気がついたかのように、雲雀はディーノの上から降りる。
ディーノが立ち上がる様を見つめながら、雲雀は口を開いた。

「それにしても似てるな…。君ひょっとして、ディーノの弟?」
「は?」
「僕、屋敷の中にいたはずなんだけど、いつの間に外に来たんだろう…」

そう言いながら、雲雀は屋敷の方に目を遣った。

「ディーノはオレだけど」

そう言ってディーノが自分の顔を指差すと、雲雀は怪訝そうな表情で彼を見つめ。
それから、射殺しそうな視線で睨んできた。

「何ふざけてるの。咬み殺すよ?」
「ふざけてなんかねーよ!オレはキャバッローネファミリー9代目の一人息子のディーノ!今日はオレの誕生日パーティーなんだぜ!?」
「本当に……君がディーノ…?」

奇妙なものでも見るかのような表情で、雲雀はじいいっと見つめている。
ふいに、その手のひらがディーノの頭に触れた。

「君、幾つになったの?」
「13」
「そう……そういうこと」
「?なあ、なんでオレのこと知ってるんだ?お前は誰なんだ?」
「僕が誰かなんてどうでもいいよ」

雲雀は小さく息をついて、不満そうにディーノの顔を睨んだ。

「人がせっかくこんな格好までしたっていうのに……どうして勝手に若返ってるわけ……」

と、ディーノのよくわからないことをぶつぶつ言っている。

「な、なあっ、オレの誕生日祝いに来てくれたのか!?」
「まあね。正確には今の君じゃないんだけど…」
「そっか!へへっ、サンキュ」

ディーノは嬉しそうに笑った。
そんな笑顔は10年前から変わらない。

「なあ、中に入ってくれよ。外じゃ冷えるし…」

そう言ってディーノが雲雀の腕を引こうとした、その時。

「伏せて!」

雲雀が叫んで、ディーノの体を引き倒した。
その直後に響き渡る銃声。

「わ!?」
「あなたを狙ってるみたいだね」

暗闇を睨みながら、雲雀はドレスの裾をたくし上げた。
白い脚を露わにしたかと思うと、そこに隠していた武器を手に取る。
トンファーを両手に携え、雲雀は暗闇へと駆けだした。

「お、おいっ!?危な…」

ディーノの制止の声より先に、暗闇から打撃音が響く。
茂みに隠れていたヒットマンの位置を正確に把握してそれを仕留めた雲雀は、平然とした様子でトンファーを納めた。

ディーノがぽかんとしていると、雲雀は落ち着いた足取りでこちらへ戻ってきて、首を傾げる。

「どうかした?」
「すげーな、お前…。いったいどこのヒットマンなんだ?」
「僕はどこにも属さないよ」

雲雀がふいっと顔を逸らすと、ディーノの腕がその肩を掴んだ。

「じゃあ、マフィアじゃないのか!?」
「うん、風紀委員」
「良かった!」

ディーノはぱっと顔を明るくして、雲雀の顔をまっすぐに見つめた。

「じゃあさ、オレと付き合ってよ!急にこんなこと言っても信じらんねーかもしんねーけど、一目惚れなんだ!」

その言葉に、切れ長の瞳が一瞬見開かれる。

「だ、ダメ…か?」

ディーノが恐る恐る問いかけると、雲雀は困ったように微笑んだ。

「まいったね…。信じるしかないのかな」

10年前のディーノまでまったく同じセリフを言うなんて、どういうことだろう。
あなたってば、そんなに―――僕がいいの?

「じゃあっ…」

ディーノの顔が輝いたが、雲雀は首を横に振って口を開く。

「ダメだよ」
「なっ、なんでっ!?」
「僕、好きな人いるもの」
「えっ…」

ズキン、とディーノの胸が痛んだ。
目の前の恋しい少女が自分のものにはならないことに愕然とする。

「それって…恋人なの?」
「まだ違う」
「まだって…?」
「僕、ずっと応えてなかったんだ。でも、そろそろいいかなと思って」

だって気づいてしまった。
彼が自分を思ってくれていることを、嬉しいと感じる自分に。

どうやって元の時代に戻ったらいいんだろう―――と雲雀が腕組みしていると、ディーノがその腕を掴んできた。

「今からそいつのとこ行くのか!?」
「うん。僕が来るの待ってるから」

そう言って、雲雀は微笑んだ。
ディーノはその腕を掴んで、正面からその顔を見つめる。

「行くなって言ったら!?」

雲雀は一瞬きょとんとしたが、「ふうん」と面白そうに口を緩めた。

「本当に、変わらないね」
「へ?」
「僕は、僕の好きなディーノのところに行くよ」
「それって、どーいう…」
「まだ君じゃあ無理ってこと」

そう言うと雲雀は少し身を屈めて、ディーノの頬にキスをした。

「さようなら、小さなディーノ。また10年後に会いに来るよ」

ディーノの頬に柔らかな感触を残して、その次の瞬間には、雲雀の姿はその場から消えていた。



















「恭弥が消えた!?」

パーティー会場でツナたちを出迎えたディーノは、獄寺の報告に声を上げた。

「10年バズーカが壊れて暴発したんだ。んで、オレを庇って恭弥が当たっちまって…。そしたらアイツ消えちまってよ…」

獄寺は泣きそうな顔で落ち込んでいる。
いつもの威勢もなく、ドレス姿でうな垂れるその様子は、か弱い女の子にしか見えなかった。
山本がその肩を引き寄せ、優しく頭を撫でる。

「獄寺、きっと5分経ったら戻ってくるからさ」

その時、山本の肩に乗っかっていたリボーンが上を見上げて「お」と呟いた。
その声につられて、全員が天井を見上げる。

パーティー会場の高い天井に備え付けられた、豪華なシャンデリア。
そこから何かが落ちてくる。

「ヒ、ヒバリさん!?」
「…っ恭弥!」

顔はよく見えないけれど、天井から落ちてきているのは雲雀のようだった。
ディーノは床を蹴り雲雀に向かって駆け出した。

スライディングで見事に滑り込み、雲雀の体を受け止める。

「恭弥、大丈夫か!?」

体を抱きかかえたまま顔を覗き込むと、雲雀がぱちりと瞳を開いた。

「ディーノ…?僕…」
「良かった…」

ディーノがほうっと息をついた次の瞬間、雲雀がその首に腕を回して抱きついてきた。

「わっ!?恭弥!?」
「…ねえ、もう一回聞かせて」
「へ?」
「10年前から……気持ちが、変わってないなら」
「……!」

ディーノの脳裏に、一つの記憶がよみがえった。
13歳の誕生日パーティーで出会った不思議な少女。
あの時は振られてしまったけれど、それ以来ずっと自分の心に残っていた。
夢だったのかと思いながらも、忘れきれずにいた。
そういえば、あの少女もこんな紫のドレスを着て―――。

「……そっか、恭弥だったんだな」

10年前も、そして今も。
自分が好きになった少女は、ただ一人。
同じ人間に二回も一目惚れするなんておかしな話だけれど。

ディーノは雲雀の頬に手を添え、その顔を至近距離で見つめた。

「10年前も、今も、これから先もずっと……お前だけが好きだ。オレの恋人になってくれるか……?」

すると、雲雀は嬉しそうに頬を染めて、小さく頷く。

「10年も前からじゃ、仕方ないね。しつこいのは嫌いだけど……許してあげるよ」
「良かった。今度は振られねーんだな」

ディーノがほっと息をつくと、雲雀はその胸に顔を寄せて、ようやく気づいた自分の気持ちを伝えるべく、口を開いた。

「好きだよ、ディーノ。気づくのが遅くなって……ごめんね」

 


ボス、誕生日おめでとうございます!
色々と設定がむちゃくちゃですいません…!
キャバッローネの皆さんは毎年盛大にボスの誕生日を祝ってそうです。

↓10年バズーカの故障はつまりこういうことです。

10年後ではなく10年前と入れ替わり。ただし、場所は入れ替わらない。
なぜか空中から落下。なんかディーノの上に落下させたくなったんです(…)
(2008.2.4UP)

 

BACK

inserted by FC2 system