I'm only yours

 

「デートしよう」
「…は?」

目の前の相手の言った言葉に、草壁は口をぽかんと開けた。
聞き間違いではないと確信したところで、恐る恐る確認する。

「あの、今…なんと?」
「だから、デートしようって言ったんだよ」
「はあ…デートですか。楽しんでいらしてください」
「何ボケたこと言ってるの。君とするんだよ」
「は…っ?」
「さっきから反応が鈍いね。そんなに物分りの悪い男だったかい、草壁?」

じれったそうに、ソファに座っている雲雀は眉を寄せた。

「あの、しかしお言葉ですが、委員長はディーノさんとお付き合いされていたはずでは…?」
「ディーノと付き合ってるからって君とデートしちゃいけないってことはないよ」

いや、世間一般の常識ではしちゃいけないんじゃなかろうか―――と内心思ったが、草壁はあえて言わないでおいた。

「まさか嫌だとか言うんじゃないだろうね?」
「い、いえっ、とんでもありません!私でよければ喜んでご一緒します!」
「じゃあ、決まりだね。明日の土曜日、12時に並盛公園の噴水前だよ。遅れたら咬み殺すからね」
「はあ…」

なんだか狐につままれたような気分で、草壁は頷いた。












翌日。

「っかしーなー、どこにいるんだ?」

空港のロビーに立って、ディーノは首をかしげた。

日本に着いたものの、恋人の携帯はずっと圏外でつながらない。
電池切れか、もしくは地下にでも潜っているのか。

「せっかく内緒で来て驚かそうと思ったのになぁ」
「だから連絡してから来た方がいいって言ったのによ」

あきれた様子のロマーリオに、ディーノは口を尖らせて反論する。

「だってよー、恭弥ならどうせ並盛にいるだろうと思って」
「まあ、そーだろうがな」

とりあえず家に行ってみて、いなかったら学校に行ってみよう。
ディーノは車に乗り込み、エンジンをかけた。












「あれ食べたい。買ってきて」
「はい」

草壁がクレープを買いに行ってしまうと、雲雀はベンチに腰掛けた。

土曜日の昼とあって、公園の中にはカップルや親子連れの姿が多い。
どの人も楽しそうに笑っていた。
デートとくれば、あんな風に笑うのが普通なのだろう。

けれど、とそこで雲雀はイタリアにいるはずの恋人の姿を思い浮かべた。
その横に自分の姿を並べてみて、目の前の恋人たちになぞらえようと試みる。

―――うまく、いかない。自分はあんな風に笑えはしない。

「お待たせしました」

目の前に差し出されたクレープを受け取り、雲雀はいつの間にか俯いていた顔を上げた。
草壁はそんな雲雀から少し距離をとって、隣に腰掛ける。
その手にも、生クリームたっぷりのクレープが握られていた。

「君もそういうもの食べるんだね」

雲雀が意外に思って言うと、決まりが悪そうに草壁は苦笑した。
いかつい風貌に小さなクレープはどう見ても不似合いで、滑稽ですらある。

「恥ずかしながら、初めてです」
「そう…。僕もだよ」

そう呟いて、そっとクレープを口に運ぶ。
初めて食べるその味は、驚くほど甘ったるかった。

「どうして食べようと思われたんですか?」
「なんとなく」
「では」

そこで言葉を切り、草壁は目を細めて雲雀の姿を眺めた。

「そのお姿も…なんとなく、ですか?」
「………これは……」

雲雀は言葉につまり、自らの格好を見下ろした。
今日の彼女は可愛らしいショート丈のワンピースに、レースのついたカーディガンを羽織っている。
普段から男と間違えられるような格好しかしない彼女のこんな姿を見るのは、付き合いの長い草壁でも初めてだった。

「ディーノさんにお見せしたかったのでは?」
「…………」
「ディーノさんからデートに誘われでもしましたか?」
「…やっぱり、草壁はお見通しなんだね」

ため息とともにそう呟いて、雲雀はうなだれた。

「僕、わからないから。デートの仕方も、どう振舞ったらいいのかも……」
「それでシミュレーションしてみようと思われたんですね」
「だって…ディーノが僕とデートしてみたいって言うんだ…」

不安だった。
他人や物を破壊することしかできない自分に、普通の女の子のようにデートなんてできるだろうか。
ディーノの隣で、ちゃんとそれらしく振舞えるだろうか。
だって自分は、喧嘩の仕方しか知らない―――。

「心配されなくても、委員長が普段のあなたらしくしていれば大丈夫ですよ」

草壁の声に、雲雀は顔を上げた。

「ディーノさんが、あなたに変化を求めたことがありましたか?」

そんなことは、一度だってない。
雲雀が女の格好をしないことも、喧嘩をやめないことも。
それを心配することはあっても、ディーノが今の彼女を否定するようなことは一度だってなかった。

そう、何も彼はデートで腕を組んで甘えてくるような女の子が欲しいわけではない。
彼はデートの相手が雲雀恭弥であることを望んでいるのだ。

「…うん、ありがとう」

小さく笑って、雲雀は立ち上がった。
そうして草壁の手を掴み、引っ張って立ち上がらせる。

「せっかくだから、もう少し付き合ってよ」














「っかしーなー。家にもいねーし学校にもいねーなんて…」

浮かない顔で、ディーノはぐしゃぐしゃと髪を掻き回した。

「どーする、ボス?町中探させるか?」
「んー…」

とその時、ディーノは人ごみの中にひときわ目立つリーゼントの頭を発見した。
今時あんな髪型をしているのは、並中の風紀委員以外にありえない。
ちらりと見えたその顔は、間違いなく副委員長の草壁だった。

「ちょーど良かったぜ。あいつなら知ってっかも。おーい、くさか…」

草壁に向かって声を上げかけたディーノだったが、その傍らにいる少女を見て動きを止めた。
丸っこい後ろ頭はいつもどおりだが、短いワンピースの裾から伸びる白い足がまぶしい。
その手は、草壁の腕に掴まるように添えられていた。

「きょう、や…?」

信じられない思いで、ディーノは目を見張る。

「おいボス、ありゃどーなって…」

ロマーリオの言葉を最後まで聞かず、ディーノは走り出した。











「ずいぶんと群れてるね」

はぐれないように草壁の腕につかまりながら、雲雀は顔をしかめた。

「仕方ありません。最近この先にできたテーマパークのせいですよ」
「テーマパーク?それ、今から行ける?」
「行けないことはないですが……」

そこで言いよどみ、草壁は苦笑する。

「ディーノさんと行かれた方がいいですね。恋人同士向けのところらしいですから」
「そう…。じゃあ、そうする」

とその時、人ごみを掻き分けてきた手が雲雀の腕を掴んだ。
それを見た草壁が、その手を掴んでひねりあげる。

「この!委員長に何をするか!」
「い、いでででで!!」
「草壁、ちょっと待って!」

聞こえてきた悲鳴に雲雀が声を上げると、草壁も慌てて手を放した。
赤くなった腕をさすりながら、ディーノが人ごみの中から姿を見せる。

「なんであなたがここにいるの?」

雲雀が呑気に問いかけると、ディーノはいつになく険しい顔で雲雀を見据えた。

「なんでってなあ、それはこっちのセリフだぜ!どこにもいねーと思ったら、草壁と二人でずいぶんと楽しそうじゃねえか!」

ディーノの怒りの理由がわからずに、雲雀は困惑げな表情を浮かべている。
と、ディーノは草壁に顔を向けた。

「草壁、どういうつもりだ!?よくも恋人のオレの前で恭弥とデートなんてしてくれたな!」
「ちょっと落ち着いてください、ディーノさん。これはデートではなくて…」
「何言ってるの、デートでしょ」
「委員長!この場合はデートと言わない方が話が丸くおさまるんです!」

頭が痛いとばかりに草壁は額を押さえた。
と、ディーノは雲雀の方に顔を戻す。

「恭弥!お前、オレがデートに誘ったら嫌そうな顔したくせに…」
「だって嫌だったんだもの」
「なっ…」

ガァン、とショックを受けているディーノの腕を取り、雲雀はぐいと引っ張った。

「行こう」
「へ?行くってどこ…」
「テーマパーク」

戸惑っているディーノをよそに、雲雀はその腕をひっぱりながらすたすたと進んでいく。

「では、私はこれで」
「うん。ご苦労だったね、草壁」

草壁が去っていくのを首を後ろに向けて眺めてから、ディーノは「おいっ」と雲雀に顔を戻した。

「恭弥、なんのつもりだ?草壁とデートしてたと思ったら…」
「そうだ、言ってなかった」

と、ディーノの言葉をまったく聞いていない様子で、雲雀が立ち止まった。
そうして、雲雀はディーノに顔を振り向ける。

「僕とデートして」
「へ?」

ぽかんとして、ディーノは雲雀を見つめた。

「…ダメ?」

上目遣いに見上げられて、ディーノの心臓が跳ねる。
いつもと違う可愛らしい服装で、どことなく不安げな表情で、そんなふうに言われたら断れようはずもない。
元より断るつもりもないけれど。

「…ダメなわけ、ねーって」

顔を手で覆って、ディーノは息を吐いた。
こんなに可愛いのでは、怒ろうとしていた気持ちもあっという間に萎えてしまう。

「…良かった」

ほっと息をついて、雲雀は細い腕をディーノに絡めた。









腕を組み、二人はテーマパークの中を歩いていく。
草壁の言っていたとおり、テーマパーク内にはカップルしかいなかった。
西洋風の街並みが、ロマンチックな雰囲気をかもし出している。

どこを見ても、幸せそうに笑いあう恋人たちの姿。

けれど、自分たちだって恋人同士だ。
負けられない、とばかりに、雲雀はディーノにいっそう体を寄せて寄り添った。

そんな雲雀を見下ろして、ふいにディーノが口を開く。

「なあ、恭弥」
「なに?」
「他の男とデートなんてするなよ?」

頭上から聞こえてきた言葉に、雲雀は顔を上向けてディーノの顔を見つめる。

「イヤなの?」
「当たり前だろ。お前とデートしていーのはオレだけなの!」
「ふうん…。じゃあ、しないよ」

顔を正面に戻し、ディーノに見えない角度で雲雀は嬉しそうに笑った。






あなたがそう言うんなら、しない。




だって僕は、あなただけのものだから。

 


7400打を申告してくださった冬生子様にささげます!
女体化でデート&嫉妬話ということでしたが……途中まで草ヒバでディーノの出番が少なくてどうしようかと思いました。
草壁は誰よりも雲雀のことを理解してくれてればいいと思いますよ。雲雀が自覚してないところまでわかってればいい。でもあくまで主従関係。
二人ともまったくお互いを異性としては意識してないくらいが萌えます。
(2007.12.4UP)

 

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