10年ごしのプロポーズ
日本―――。
飛行機を降りたディーノは、いつもよりも神妙な面持ちで空港のロビーに立った。
ジャケットのポケットに手を入れ、そこに納まっている小さな箱を握り締める。
付き合い始めてもうじき3年。今日こそ、これを愛しい恋人に渡すのだ。
単独行動を好み群れるのを嫌う彼女が、家族というものを必要とするとは思えないけれど。
それでも、キャバッローネのファミリーたちとは違う、自分にとって唯一の家族となるのは彼女しかないと思っていた。
「受け取ってくれっかな……怒りだす可能性の方がたけーかも…」
そんなことを呟いて、ディーノは小さく息をついた。
「あれ?ディーノさん!」
商店街を歩いていたディーノは、後ろから声をかけられて振り向いた。
並盛高校の制服を着たツナが嬉しそうに駆け寄ってくる。
「来てたんですか!」
「ああ。たった今着いたとこだ」
可愛い弟分を見下ろして、ディーノも嬉しそうに笑った。
高校生にしては背丈も小さく相変わらずの童顔だが、ボスとしての実力は恭弥もしぶしぶ認めるほどだ。
「もう授業終わったんだな。恭弥のヤツまだ残ってっかな…」
「連絡してから来たんじゃないんですか?」
そう言って、ツナは不思議そうに首を傾げた。
何しろかなり気分屋な彼女なのだ。
恋人のディーノであっても、毎回機嫌を伺ってから来ていたはずだが。
「あー……まあ、今回はちょっとな、ビックリさせよーと思ってよ」
ディーノが曖昧な笑顔で答えていると、ツナの後ろにフゥ太たち小学生組が姿を見せた。
「あっ、ディーノ兄!こんにちは!」
ディーノに気づいたフゥ太が挨拶してきたが、フゥ太の横でランボとイーピンはいつものように喧嘩している。
と、イーピンの剣幕に押されたランボが10年バズーカを取り出した。
「イーピンのバカ!10年後のランボがやっつけてやるもんね!」
そう叫んで、バズーカの引き金を引こうとしたランボだったが。
「わ、わわっ!!」
石ころにつまずいたディーノが、ランボの体に体当たりをかまし。
その弾みで引き金を引かれたバズーカの口は―――ディーノに向けられた。
ドガァァァァン!!!
「…あれ?オレ、日本にいたはずなのに……」
見慣れた部屋の中に立ち尽くして、ディーノは目を丸くした。
ここはどう見てもキャバッローネの屋敷の中にある自分の書斎だ。
少し考えて、どうやらランボのバズーカに当たったらしいと理解する。
「てことはここは10年後か…。家にいる時で良かったぜ」
とその時、勢い良く書斎のドアが開けられた。
「なんだ!?」
さっとムチを構えたディーノの目に映ったのは、ドアから転がるように飛び込んできた少年だった。
「わあああん!助けてぇーーー!!」
そう泣き叫びながら、子どもはディーノの体にしがみついてきた。
見たところ小学校の低学年くらいだ。少しクセのある金の髪に、可愛らしい顔立ち。
大きな瞳に涙をいっぱい溜めて、子どもはディーノを見上げた。
「助けてよぉ!かーさんに殺されちゃうよう!」
「こっ、殺される!?」
ディーノはぎょっとして問い返した。
いくらマフィアだからって実の母親に殺されるというのは穏やかじゃない。
ていうか、この家の中でかーさんとか言ってるこの子どもはもしかして。
ディーノはまじまじと自分にしがみついている少年の顔を見つめた。
髪の色も瞳の色も、その顔立ちの一つ一つまでも怖いくらい自分に似ている。
疑いようもなく、自分の息子だった。
ええーーーと…ちょっと待てよ、10年後にこんなでかい子どもがいるってことは、結婚したのはいくつん時だ…?
ディーノが考え込んでいると、子どもがディーノの体を叩いた。
「ねえ、とーさん!かーさんをとめてよお!」
「ちょ、ちょっと待て、殺されるって冗談だろ?まさか母親がそんな…」
「とーさんだってかーさんの怖さ知ってんだろお!?」
この子のいう「かーさん」とやらがディーノの予想通りの人間ならば、確かにその怖さは身をもって知っている。
ディーノはそわそわしながら、咳払いを一つ。
「な、なあ、かーさんの名前は?」
「なにボケたこと言ってんだよー!ぼやぼやしてっとかーさん来ちゃうってば!」
「ボケてねーよ!オレにとっちゃ重要な…」
とその時、ドンドンと書斎のドアが叩かれた。
「わあぁ!来たああ!!」
少年は真っ青になって縮み上がった。ディーノにしがみつく腕にいっそう力を込める。
「隠れてないで出ておいで。そこにいるのはわかってるんだから」
聞こえてきた声は、ディーノの期待通りの相手だった。
かなりドスのきいた声だったのだが、そんなのお構い無しにディーノはじぃぃぃんと感動に浸る。
自分の妻となった10年後の恭弥がこのドアの向こうにいるのだ。
となれば、是が非でも見たい。
だが、ドアに向かおうとしたディーノの足を息子ががっちりと捕まえた。
「開けちゃダメだからな!とーさんのバカー!」
「はーなーせーーー!」
二人が部屋の中央で互いに身動きできなくなっていると、突如激しい打撃音が響いた。
トンファーの一撃を食らったドアの破片がバラバラと砕け散る。
息子だけでなくディーノも思わず蒼くなって、そちらに顔を向けた。
ドアがなくなってぽっかりと空いた空間の向こうに、すらりとした女性の姿が見えたかと思った次の瞬間―――。
「お?」
気づけば元の商店街で、ツナたちがディーノの様子を窺っていた。
「ちぇ、5分たったのか…。もーちょいで顔見れたのになぁ」
ぼやきながら頭を掻く。
と、高校の方角から女子の制服を着た雲雀が歩いてきた。
「何群れてるの?」
「わああっ!ヒバリさん!」
思わず声を上げるツナ。
「すいませんでした!オレたち失礼します!」
勢い良く頭を下げ、ツナはランボたちの手を引いて走っていってしまった。
「なんであなたがここにいるの?」
ディーノに顔を向け、雲雀が問いかける。
言い方にはトゲがあるけれど、かと言って機嫌が悪い感じではなかった。
「あ!そ、そーだ、オレさ、お前に渡したいモンが…」
そう言って、ディーノはポケットに手を突っ込む。
だが次の瞬間、ディーノの動きが固まった。
ない。
「……………」
「どうしたの?渡したいものって?」
確かにポケットに入れておいたし、並盛に着いた時は確かに持っていた。
それなのに、なぜ。
「マジかよ!?じょーだんだろ!?」
大慌てで、ディーノはジャケットのポケットからズボンのポケットまで、すべてのポケットの内布を引っ張り出して探しはじめる。
「何をなくしたの?」
「そりゃ、婚約指輪に決まってー…」
言いかけて、しまった!とディーノは慌てて口を塞ぐ。
だが、時すでに遅し。雲雀は怪訝な顔でディーノを見つめていた。
「婚約指輪…?」
「う、いや、その……お前ももーじき高校卒業だし、そろそろ考えてもらえっと嬉しーかなーなんて…」
しどろもどろにディーノが言うと、雲雀は呆れ顔で息をついた。
「それで、その婚約指輪をなくしたって?」
「………すまん」
ディーノはがくりとうな垂れて。
「絶対探してみせっから!だから、お前もオレとのこと真剣に…」
「いらない」
冷たく言い放って、雲雀はぷいと顔を逸らした。
「恭弥ぁ…」
背を向けてしまった雲雀にディーノが必死にすがっていると、そのまま雲雀がぽつりと呟く。
「くれるなら、結婚指輪の方でしょ」
「………へ?きょ、恭弥、それって…」
ディーノが戸惑っていると、くるりと雲雀が振り返る。
そうして、雲雀は綺麗に微笑んだ。
「だって、婚約なんてまどろっこしいじゃない?」
「恭弥…っ!!」
ディーノは感極まった様子で、がばりとその体を抱きしめた。
一方、10年後。
たった今10年前から戻ってきたばかりのディーノは、目の前で崩壊している自室のドアに頭を押さえた。
「恭弥、家を壊すなってあれほど…」
「あなたがその子をかくまうからいけないんでしょ」
そう言って、雲雀は父親の後ろで震えている我が子を睨んだ。
息子は真っ青になってぶるぶると震えており、さっきと父親の姿が変わったことにも気づく余裕はなさそうである。
「おいおい、落ち着けって。今度は何だ?またイジメられたのか?赤点とったのか?」
「ケンカを売られたのにそのまま逃げ帰ってきたんだよ」
「あー…」
父親そっくりでへなちょことあだ名をつけられている息子には、よくあることだった。
けれど、ボンゴレでも最強の守護者と称される彼女としては、自分の息子がへなちょこ呼ばわりされ、ケンカでも負けてばかりなのが我慢ならないらしい。
「今日こそその根性を叩きなおしてあげるからね」
「ま、待ってかーさん!これっ!!」
そう言うと、息子は手の上に小さな箱を載せ、母に向けて差し出した。
「…?あーーーっ!!」
声を上げたのは、雲雀ではなくディーノである。
「おまっ、それ…!」
「さっきとーさんのポケットから抜き取ったんだ。これ、かーさんにあげるんだろ?」
見覚えのある箱を息子の手から取り、ディーノはその蓋を開けた。
中には細かい装飾の施されたエメラルドの指輪が納まっている。
それは確かに昔、ディーノが雲雀のために用意したものだった。
そう、きっかり10年前。雲雀にプロポーズするためにと持ってきてなくしたはずの婚約指輪だ。
「なんだよ〜…いくら探しても見つからないはずだぜ…」
ディーノは力が抜けて、がっくりとうな垂れた。
10年前のあの後、ファミリー総動員して並盛の町中を必死に探したというのに。
「何、それ?」
首を傾げている妻に歩み寄り、ディーノは箱から指輪を出す。
「ごめんな、見つけるのに10年もかかっちまった」
「じゃあ、それひょっとして…」
雲雀は驚いた顔で、じっと指輪を見つめた。
「10年前から変わらないオレの気持ちだ。もらってくれるか?」
すると、雲雀はトンファーを手放してディーノを睨んだ。その頬が赤く染まっていく。
「あなたったら、待たせすぎだよ…。結婚して何年たったと思ってるの…?」
「ああ。婚約指輪なくすなんてほんとにサイテーだよな」
はめてあった結婚指輪をはずし、雲雀は左手をディーノに差し出す。
「それ、はめてくれる?」
ディーノはその手を取り、薬指にそっと婚約指輪を差し込んだ。
そのまま抱き合い、二人は熱い口付けを交わす。
二人の世界に没頭してしまった二人は、ここぞとばかりに息子がこそこそと抜け出したのにも気づかなかった。
こうなった両親がしばらく元に戻らないのは知っている。
だからこそ、彼は母に叱られるといつも父の元へ逃げ込むのだ。
だって、彼の父は最恐の彼の母が唯一可愛くなってしまう相手なのだから。
でも可愛いなんて言ったらかーさんは真っ赤になって怒り出すに決まってるから。
だから、自分がそんな風に思ってることは………内緒。
6666打を申告してくださった三船屋様にささげます!女体化で子どもネタということでしたが……ご希望のものと違ってたらスイマセン(汗)
雲雀は自分の子が弱いなんて我慢できないと思います。あ、でもさすがにトンファーで殴ったりはしませんよ?きっとお尻ぺんぺんするくらいですよ。雲雀のお尻ぺんぺんは半端なく痛そうですがね!
(2007.11.10UP)
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