アザヤカナセカイ
黒を基調とした、モノトーンの部屋。
初めて僕の部屋に入った時、ディーノは「恭弥らしい」と声を立てて笑った。
確かにその部屋は僕らしかった。
余計な色彩など一切なく、すべて黒と白だけで統一された世界。
それは僕の心と同じく、一片の乱れもなく。
穏やかで、他を寄せ付けない。
でも。
その中に、突如としてぽつんと鮮やかな色が紛れ込む。
明るい色の髪をして、明るい声で僕の名前を呼ぶ。
白と黒だった僕の世界は乱されて、全てが狂わされて。
直さなければと思うのに、どうしてもうまくいかないんだ。
「恭弥?」
呼ばれた声に、我に返った。
少し視線を上げると、シングルベッドで体を寄せ合い、僕に腕枕をした体勢で向かい合っているディーノの顔が目に入る。
「何考えてたんだ?」
あなたは、僕の世界に唯一つの異質なもの。
「……あなたのことだよ」
そう答えると、ディーノは嬉しそうに「そっか」と笑った。
「なあ恭弥、オレも何か手伝おっか?」
そう言って、朝食の支度をする僕の周りをうろちょろするディーノ。
「ジャマなだけだから、大人しく座っててよ」
冷たく言うと、ディーノは少しうな垂れてリビングの椅子に座った。
手持ち無沙汰に部屋の中を見回し、それから口を開く。
「なあ、花でも飾ったらどーだ?あんまり殺風景すぎるぜ」
「…そんなことないと思うけど」
「えー?」
不思議そうなディーノの前に皿を並べて、僕はその瞳を見つめた。
「今のままで十分だよ」
もう僕の世界は黒と白だけじゃない。
あなたが、いる。
そこまで考えて、ふと気付いた。
ああそうだ、ディーノがイタリアに帰っている間はどうしようか。
あなたがいないと、また黒と白の世界に戻ってしまうもの。
……そういえば、沢田の髪もけっこう明るい色をしてたんじゃない?
「沢田を連れてこようかな……」
「へ?ツナが何?」
ふいにでてきた名前に、ディーノはきょとんとした。
「あなたがいない間、沢田に泊まってもらおうかと思って」
思いついた言葉をさらりと口にすると、ディーノが椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がった。
「んなッ!?何いーだすんだよ恭弥!駄目!ぜってー駄目!!」
「泊めるだけだよ。なんなら赤ん坊も一緒に…」
「だーーーっ!!よけーに駄目だっ!!」
ディーノが息を荒くして反対するので、それならと他の案を考える。
「写真」
ぽんと浮かんだそれを呟いて、僕はディーノの顔を見上げた。
「あなたの写真が欲しい」
「…写真なんてどーすんだ?」
「部屋に飾るんだよ。あなたがいない間、部屋が殺風景だから」
すると、ディーノは虚をつかれたように目を見開いた。
そうして、赤くなった顔を掻きながら口を開く。
「それってさ、殺風景だからっつうより寂しいからって言うんじゃねえ?」
―――寂しい?
ぽかんとしていると、ディーノが頬を緩めて笑う。
「恭弥、オレがいないと寂しいんだろ?」
そうなのかな。
これが“寂しい”ってことなのだろうか。
ディーノがいないと物足りなくて落ち着かなくって、無性に会いたくなって―――。
そこでようやく、納得がいった。
ああそうか、僕は寂しいんだ。この人が傍にいないことが。
好きになるってことの意味が、ようやくわかった気がする。
「どーせなら二人一緒の写真撮ろーぜ。オレも恭弥の写真欲しいし」
無邪気に笑うその顔を見て、僕は小さく頷いた。
写真を撮るのは好きじゃなかったはずなんだけど。
どうしてだろう、あなたはどんどん僕を変えていく。
「あっ、そーだ、ロマーリオにカメラ持ってきてもらお」
そう言って携帯電話を開くディーノの手から、それを取り上げた。
ディーノの携帯はすでに発信ボタンを押されている。
ワンコール鳴り終わる前にそれを切ると、僕は携帯をテーブルの上に置いた。
「恭弥?」
呼ばないで。
必要ないんだ、あなた以外。
「カメラくらい、あとで買いにいけばいいよ」
そう言って、ディーノに体を寄せた。
彼しか存在していないのを確かめるかのように、その体に腕を回す。
すると、それに応じて、ディーノも僕の体を抱きしめてきた。
誰かと体を寄せ合うなんてこと、今までなかった。
幸せでくすぐったい、そんな瞬間。
「好きだぜ、恭弥」
耳元で囁かれる言葉なんてもう聞き飽きたはずなのに、毎回嬉しくさせられるんだ。
いつもは心の中で応えるだけだけれど、今日くらいは特別にしてみようか。
ディーノの喜ぶ顔を目に浮かべながら、僕はそうっと口を開いた。
「僕も好きだよ、ディーノ―――」
ディーノの登場でだんだん色を変えていく雲雀の世界、みたいな感じで。
今頃ロマーリオがディーノからのワン切りに気付いて血相変えてんじゃないかな。キャバッローネのおじさんたち大騒ぎ。
(2006.8.6UP)
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